23.4.15

特殊な鑿?


父の持っていた鑿の中に、おそらく西洋では見られないだろうと思われる鑿が幾つかあった。
写真の最も大きなものは刃の幅が 4.5cm と、鑿にしては異例の広さで、尚かつ浅くカーブしており、更には刃のつき方が西洋で使われる一般的な gougeと反対になっている。
写真の3本の鑿は何れもカーブの内側を研いであり、外側は研がれていない。

シャープに研ぎ直し、どの程度の深さに彫れば綺麗な仕上がりになるのかを探りながら、少しずつ々掘り進めていった。

これまで、木のスプーン作りは大きめの gouge がないと綺麗に仕上がらないと思い、作るのをためらっていたのだが、この鑿とカード スクレイパーで何とか綺麗に凹みを作れそうな気がしてきた。

刃を保護する為の鞘は、父が作ったものか、はたまた祖父が作ったものか定かではないが、よく出来ている。(私なら、皮革をその形に縫って作っただろうと思うが)

私が小学校に上がる前、父と祖父が一緒に家の裏で大工仕事をしていたのを鮮明に覚えている。とりわけ、父がとても長い角材を鉋がけしていて、薄く長く出て来る鉋屑を「わー、きれいだな〜」と感動して見ていた光景が頭に焼き付いている。

大工仕事を見ているのが本当に好きだった。


15.4.15

血を継ぐということ

私のスタジオには電動工具が幾つかある。

どれもお値打ち価格の(=安い)、中途半端な大きさのテーブル ソー1台、ドリル3台(内1台はオークションで競り落とした数多の工具類の中に入っていたもので、出品者曰く「フル充電してもパワー不足で、恐ろしく早くバッテリー切れになる最低レベルのドリル。猫を脅すのには使えるかも知れない」シロモノらしいが、まだ試していないので、次に隣りの猫がうちの庭に忍び込んで来た時に試してみようと思っている)& 小ぶりのドリル プレス1台、ルーター2台(内1台はテーブル ソーに備え付けて使っている)、サンダー3台(同居人が以前購入した2台+"猫脅しのドリル"と共に入っていたもの1台)等に加え、中古と言えどもお高かったスクロール ソー1台… 以上は木工用。
ガラス用グラインダーとガラス用バンド ソーはどちらも高価だったが、グラインダーは10年以上使用しても壊れないので、そう考えれば、まぁ納得できるかなという価格である。バンド ソーについて言えば、ほとんどのガラス カットはペン型ガラス カッターを使ったハンド カットなため、出番はほとんど無いに等しく、持っていなくても一向に差支えない物のように思う。高価且つ特殊な模様/テクスチャーのガラスを、難易度の高いカーブを含むパターン通りに、失敗無くカットしたい時には必要だったが、NZに来てからそのようなガラスにはほとんどお目にかかっていないので、バンドソーは無用の長物となってしまっている。

それら電動工具に加え、父親から譲り受けたプラグに繋がないハンドツールが今回どっと加わったため、狭いスタジオを整理するのに四苦八苦している状態がいまだ続いている。

片付けをしている途中に、「これって、どうやって使うんだ???」と疑問が膨らむばかりの父の特殊なノミを手に取って、取りあえず要らない板を削ってみたりしているため、余計に片付けがはかどらない。
が…
これがけっこう楽しくて、気がつくと何時間も削り続けている始末。


工具の話はさておき...

今回日本に一時帰省し、私の作った透かし彫りを施したアロマ ボックスを手に取った身内の中には、誰一人として「女だてらに木工なんて」と口にする人は居なかったことに、今更ながら気付いた。
それが何を意味しているかと言えば、正しく『血を継ぐ』ということに他ならないのだと、今日ハッとした。

誰も私が木工を始めたことを不思議に思わない。なぜなら、私は父の血を継ぐ者だからで、性別に関わらず、『出来得る』或は『あり得る』と誰もが容易に想像できたからだ。

父方の叔父や叔母が、「うちの家系は皆器用だな」としみじみと話したことを聞いた。
その叔父(父の一番下の弟)が、数年前に、使っていない工具を譲って欲しいと父に頼んだところ、送られてきた物の中にはやはり父が大事に使っていた物はなかったと、伯母が私に話してくれた。もちろん叔父は私よりも木工の心得はあるに決まっているし、工具を粗末に扱うような人ではないのは、父が最もよく知っていただろうと思うが、その時はまだ叔父には全て渡せなかったのだ。
もしも私が木工を始めていなかったら、工具は全て叔父が譲り受けていたことだろう。もしも私が木工を始めていても、父に作ったものを見せていなかったら、工具類は私のもとに来たかどうかはわからない。
葬儀の後も、叔父は形見に工具を分けてくれとは言わなかった。親族全員が、私が工具類を引き継ぐことに異議を唱えず、私に要る物は全て持って行くようにと言ってくれた。

父が酸素吸入をしながら、私の作ったものを手に取り、瞬時に不完全な部分をいくつか指摘してくれた後、「始めたばかりでこれだけできればたいしたものだ」と褒めてもくれ、「俺の道具を持って行け」と言ってくれたことは、私にとってとてつもなく深い意味のあることだった。

いまだに父のことを思い出し、涙が溢れ出る日が続いている。





「ありがとう」ではなく「すみません」

病院に面会に行き、エレベーターが自分の居る階に来るのを待っている時の光景... 到着したエレベーターから降りる人は、必ずお辞儀をしながら降りてくる。 乗り込む際、最後に入ってくる人もまた、お辞儀をしながら入ってくる。「すみません」と言いながらお辞儀をする人が圧倒的に多い。 また、...