傑作
30.12.25
配送日当日に配送日の変更通知
日本の食材等を扱う日本企業 (in NZ) の内の一社に、初めてオーダーを入れてみた。
25 日の昼過ぎにオンラインで配達予約できた日を選択し、待っていたのだが、配達日の朝 8:16 になってこんなemail が届いて愕然。
Dear XXXX
Thank you for your order.
Please be informed that your order #6XXX will be delivered next Monday ( 05/01) due to the holiday delivery schedule.
Thank you for your understanding.
Regards,
Yoxxxmi
ホリデイ デリバリー スケジュールって、事前にオンラインショップ上に反映されていて然るべきではないのか... 配達日が年明けしか選べなくなっていたのであれば、オーダーは思いとどまったのは確実だ...
来年 1 月 5 日配送と勝手に配達日を変更し、Thank you for your understanding. とはよく言えたものだ。
年末に作る予定の餅のために、どうしても必要だった『餅米』目当てでオーダーした私は、年が明けてから届くことになってしまった餅米をよそに、更に余分な餅米を買いに行かなくてはならなくなり、腹立たしいことこの上ない。
何か質問があれば、その email に返信するようにとのことだったので、配達日になって配達日が 1 週間後と知らされ驚いている旨と、(デリバリーではなく)オーダーしたものを今日中にピックアップできるようであればそうしたいと書き、迅速な返事をお願いしたいと書き添えたが、丸一日経った現在でも音沙汰無し。
インド人経営のショップでさえも、自分たちの不手際については丁寧な謝罪と迅速なレスポンスで対応してくれるというのに、一切の謝罪も、迅速な返答も無く、完全無視の姿勢を貫き通している、極めて不誠実と言わざるを得ない "日本企業" には呆れ果てるばかりである。
日本人の私でさえ苛立ちを覚えるこのお粗末な対応を、日本人以外のカスタマーはどのように感じるだろうか?
海外で暮らす日本人として、これは『不衛生』という保健省の評価を貼って堂々と営業していた日本人経営のラーメン屋と並んで、非常に恥ずかしい一事例である。
26.12.25
異様な雰囲気の一角
T が 8 月中旬から頻繁に働きに行っている会社のオフィスは、俗に K-Road(Karangahape Road)と呼ばれている一角にあり、昼になると近くにランチに出かけることになる T は、会社から一歩外に出ると、何やら異様な雰囲気に包まれるのだと言っていた。
一昔前に比べたらかなり綺麗になっている地域と言えるのだが、依然としてホームレスが多く居り、ヤク中とおぼしき奇声を発している人やらが常に徘徊しているような状態なのだとか...
昔から薄暗かったフードコートで食事をすると、ホームレスが隣のテーブルに座っているというのは日常茶飯事。私も以前そんな場面に遭遇したことが幾度となくあった。
ホームレスはまだいいのだが、奇声を発して徘徊するヤク中は勘弁してほしい...
仕事場でも、最初、本来の契約であるビデオ エディティングよりもグラフィック デザインをさせられることの方が多かったようで、ストレスが溜まりまくっていた中で、ランチで心機一転を図ろうとしても、外に出ればそのような状況... 気楽に街を散策する気にもならないと嘆いていた T だが、それでも 4 ヶ月も通っているとさすがに慣れたようで、その様子が時たま話される時には笑っている。
私は、ほとんどの個人経営の店が空き店舗になってしまっている Newmarket に先ごろ行って来たが、閑散とした街を歩いていても、今のところ奇声を発している人はおらず、危ない感じもしなかった。(とは言っても、常に周囲の状況を警戒しながら歩いてはいたが)
Newmarket で少しは活気があるのは Westfield S.C. のみと言っても過言ではないほどの、落ちぶれようだ。
(少し前、日本の人気のあるユーチューバーが オークランドにやって来た折に Newmarket にも立ち寄っていたが、彼が訪れたショッピングセンターの外の商店街が空き店舗ばかりだということには触れていなかった。ちなみに、ビデオの最初の方に出てくるブリトマート駅を出た目の前に比較的新しいショッピング モールがあるのだが、彼はその存在に気づかなかったのか、紹介されてはいなかった)
どこの国でもそうだろうとは思うが、この国でもまた、コロナ以降、経済は上手く回っていない。
街の活気は廃れてしまい、ポストショップでさえも、クレジットカードの支払いに手数料をチャージして来るようになってしまっていることを、少し前に知って驚いた次第だ。
私たちがここ NZ に来た当初は 1NZ$ が ¥47 ほどだったのに、最近では ¥90 付近を行ったり来たりと、日本円が恐ろしく弱くなってしまっている。それに加えて NZ 国内の異常な物価高... 年金暮らしの身にはかなりキツい。
今年、H のパートナーは自営のタイル張りの仕事が受注薄で、充分な収入を見込めなくなり、本来の仕事とは無関係の一般企業に、フルタイムで働きに出るようになったとのこと。
せっかく高い/確かな技術を持っているのに、『お粗末極まりない技術(+当然のことながら手抜き)だが低賃金で働く某国から来た労働者たち』に 施工費用で太刀打ちできる術もなく、そのスキルを発揮する環境を奪われてしまったという話を聞いて、T と私はやり切れない気持ちになった。正真正銘の『職人』がどんどん消えていく時代...
こんな状態がいつまで続くのだろうか?
幸いなことに H の職場環境は良く、この不景気の中でも昇給し続けている。
だが、先のことは予想がつかない。
来年は T や H の関係する広告業界に、少しは活気が戻るのだろうか?
先日久しぶりに姉に連絡をすると、「NZ は経済が弱くて、オーストラリアに働きに行く人が多いと報道されていたのを目にしたよ」と言っていた。
仕事を求めて NZ から隣国オーストラリアに渡る人は年々増えているようだが、オーストラリアの "狂った物価高" でも生活して行けるほど給料がいいということなんだろうな... などと考えてみても、やはり T と私はオーストラリアで生活したいとは思わない。
私たちは NZ の方が好きだ。
好きな国に住む権利があるということだけは、幸せだなと思っている。
24.12.25
来年の目標は身辺整理
横になって眠ることができないという状態が 3 日間続いた。
突然右顎関節周辺の激痛に襲われたのは、3 日前の晩。
頭の位置をどの方向に動かそうが、一向に痛みは治らず、起き上がり、鏡で腫れがないかどうかを確認し、左右の頬にさほどの違いがあるようには見えなかったが、取り敢えず、はるか昔に使用期限の切れた(母からもらってあった)日本の湿布薬を右耳の下周辺に貼り付け、痛み止めのパナドールを飲んだ。
そのような処置をし、しばらく時間を置くと、座っている分には痛みを感じなくなったのだが、ベッドに横になろうとすると依然として激痛が走り、枕を高いものから低いものに変えても症状は変わらず...
仕方なく、ベッドの背もたれに寄りかかるようにして、座って眠る方法を取った。
しかし、うとうとしたかと思うと体がずり下がり、また激痛で眼が覚めるという悪循環を繰り返すばかりで、疲労困憊するばかり。
いよいよベッドで寝ることを諦め、深夜リビングのソファに移り、座った姿勢で夜を明かすことになるのだが、それも 2 日目ともなると『横になりたい』という欲求がつのり、何とか横になって眠る方法はないものかと、YouTube で『首の凝り』関連の治療法を観たりし、様々な方法を試してみるも、全て不発に終わった。
2 日目の昼には、日中起きていても同箇所の痛みが絶えずあり、加えて胸までもが締め付けられるように痛み、それと同時に汗が出てきて、これはいよいよまずいかなと、既にクリスマス休暇に突入している H に、こんな状態だと連絡をした。
H は、それはハートアタックの症状ではないかと心配し、私のもとに来てくれると言ったが、大丈夫だと思うから来なくていいと返事をし、すぐに病院に行くようにも勧められたのだが、メッセージのやり取りをしているうちに胸の痛みは治り、汗も出なくなったため、病院には行かずに終わった。
痛みと不眠で疲弊していた私を心配した T は、仕事帰りに近くのフードコートで夕飯を調達して帰って来てくれた。
その夜もまた、ベッドのヘッドボードに寄りかかり、座ったままの姿勢でうたた寝を続け、細切れにしか眠れない苦痛を、ずっとエコノミー座席に座ったまま、飛行機で移動し続けているようだなどと、どうでもいい事を考えながら、鎮痛剤を飲み続ける日々が続いた。
座ってしか眠ることのできなかった日が 3 日続いた後、持っていた一番薄っぺらな枕に頭を置き、恐る恐る横になってみたら、痛みが出なくなっていた。
そんなわけで、使用期限がとっくに切れた湿布と、鎮痛剤とを使用し続けて、今回は何とか快方に向かった私だが、歳も歳なので、いつ病に倒れてもおかしくはなく、その時のために、できる限り身辺整理をしておく方がよさそうだと、改めて肝に銘じた次第である。
10.12.25
Free power day
私の契約している電気会社では、1 年に 3 日、電気料金が無料になる日を設定できるようになっている。
今日はその内の 1 日...
T が仕事に出かけるとすぐに、シャワーを浴びながら、ついでにシャワールームの掃除をした。
次に、ずっと気になっていたダイニングの窓に掛かるカーテンのカビ取りを試み、まずはつけ置き...
つけ置きしている間に窓と窓枠の掃除をし、掃除が終わった段階で、つけ置きしておいたレースのカーテンを洗濯機に放り込み、ランチ休憩...
洗濯が終わり、見事にカビの落ちた真っ白なカーテンを広げてみると、カビの生えていなかった部分がボロボロに破れてしまっていて、びっくり仰天。
買い替えざるを得なくなってしまったという嘆きよりも、あまりに見事な破れ方に思わず笑ってしまった。
遮光カーテンも同時に塩素系漂白剤につけておいたが、カビの跡は落としきれておらず、おそらくこちらも近い内に買い替えとなるだろう。
まぁ、取り敢えずはカビ退治したということで、カーテンレールに元通り取り付けて乾かしているところである。
洗濯機を回している間には掃除機を動かし、電気料無料の日にできたことはここまでということで、疲れ切ってしまった私は、ソファに座って、麦茶を飲みながら編み物の続きを少々...
さて、夕食は何にしよう...
25.11.25
ありがたいフィードバック
ここしばらく、某サイト(オンライン)で手作り品を販売させてもらっているのだが、以前使用していた TradeMe と違って、値切る人も出て来ず(TradeMe は酷かった)、これまでのところ、届くメッセージも全て思いやりのある温かいものだ。
ある一時期、近くで定期開催されていたクラフト マーケットにも出店していたことがあったが、そこでもやはり値切る客がいたり、何が気に入らなかったのか、言われる筋合いなど全く無い嫌味を浴びせかけてくる輩がいたりと、あまり良い思いはしなかった記憶が、いまだ脳裏から離れないでいる。
勿論、そのマーケットに出店していた他のベンダーさんたちは、制作の苦労を十分理解している人ばかりなので、そのような『何にでも難癖をつけて回る輩』に辟易していたのは同じで、人種は違えど、皆助け合い、仲良くやっていたのは、私にとって大きな救いだった。
先ごろ、Tailor's Clapper を作ってもらうことはできるかと、また問い合わせがあった。
その人は、私が以前販売したことがあることをネットで見たらしく、「もし自分のために作ってくれることができたら有難い。でも、製作者の中には注文は受け付けないという人もいることは承知しているから、無理にでは無いんだけど...」と、非常に丁寧に聞いて来てくれたのだ。
私は、言葉の端端にその人の人柄が現れているなと、非常に温かい気持ちになった。
作り溜めておいたものがあったので、早々に 2 点出品し、その人に出品した旨のメッセージを送っておいた。
問い合わせてくれたことにまずお礼を言い、それを作るのに相応しい板のストックが限られているため、以前販売した物とはサイズが異なっているので、購入前に確認して欲しいとも書き添えた。
その人は速攻で注文を確定すると同時に、振込までも完了してくれていた。
そして、それから半日も経たないうちに、2 点目も売れた。
2 点目のものを買ってくれた女性は、それまで作っていた物とは少々違う形状であることを特に気に入ってくれたようで、工場の流れ作業ではおそらく作ることのできない、正に一つ一つ丁寧に作られたとしか想像しようの無い "手作り品" を、大層喜んでくれていた。
彼女達の裁縫箱の中、或いは裁縫台の上にずっと存在し続けるだろう私の作った物...
私がこの世から居なくなった後にも、私が存在していたことを表す物が少しでも残っているというのは、なんだか嬉しい。(この世から消え去る前までの感情だろうが)
たとえ、どんなに小さな物でも、丹精込めて作る。
手を抜かない。
如何にもこうにも体が動かないという状態になるまでは、例え恐ろしいほどにゆっくりでも、何かを作り続けようと、再度思った次第である。
7.11.25
MANAWA BAY アウトレット モール
久しぶりにランチにやって来た H に、似合わなくなったピンクのシャツ ブラウスを着る?と持ち掛け、羽織らせてみた。
若干ゆとりがあるものの、タンクトップの上から羽織れば全然おかしくないよねということで、色調の違うピンク色のブラウス 2 枚を処分することができた。
髪を上げていた私を見て、「ピンク色、別に似合わなくないんじゃない?」と言った H も、髪を下ろしてピンク色を合わせてみせた私を見るなり、私の意見に納得。
ピンク色はグレイヘアを非常に薄汚く見せることになってしまうのだ。
抑えたトーンの薄いピンクでも、若干濃いめのピンクでも同じ。
そんなわけで、私のワードローブからピンク色は消え、暗い色やら紫系のものが増えた。
昨日は、T が買いたい物があるというので、オークランド空港から程近い場所にあるアウトレット モールに初めて行ってみた。(H が「行ってみるといいかもよ」と言っていたため)
車に乗り込むと焼けるほど暑く、春を飛び越えて夏になってしまった感があったが、ジメジメした冬が終わると、やはり清々しい気持ちになるものだ。
平日とあって、モールには客も少なく、のんびりと見て回ることができたが、自宅から空港に行くよりも遥かに遠い(おそらく倍近く時間のかかった)所まで赴いた甲斐もなく、T のお目当ての物は見つけられず...
Lindt の店で、買おうかどうしようかと迷ったティラミス味のチョコレートを運よく試食でき、あまりの味の濃さに買うのを止め、興味のあった Dubai Style Chocolate(一般のスーパーマーケットでは $25.00 もする板チョコ)は、少しは安いとは言え、それでもまだ $22.00 という馬鹿げた値が付けられていたため、当然買わずに帰って来た。
私の感覚では、板チョコ 1 枚に約 ¥1,900 の価格を付けるなどあり得ない。
近頃、何処のレストランも信じられないほど値を釣り上げていて、フードコートでさえも驚くべき状態だ。
当然のことながら客足は遠のき、多くのレストランは経営が苦しくなっている。
そんな中で、薄利多売で経営難を乗り切ろうという店が現れないのは実に不思議である。
何処もかしこも恐ろしく値上げをしている中で、一昔前の価格に据え置いて営業をしている店だということをアピールすれば、必ずや客が殺到するはずである。今の時代、SNS を使えばあっという間に情報は拡散されるだろうに...
ちなみに、レストラン関係ではないが、コスコで某バターが 1kg $9.99 で売られていた時には、SNS でそれを知った業者やら、転売屋やら、個人客やらが入荷日に殺到し、大変な騒ぎとなったことがあった。
大量に入荷したその日の夕方には完売という事態が何ヶ月も続き、店が客の要望を受けて購入個数制限を課すようになり、ようやくそのような異常事態が緩和されてきたと思ったら、今度は販売側が価格を頻繁に上げるようになってしまった。(現在は 1kg $13.89 ?)
近所のスーパーマーケットと同等程に価格が上がってしまったら、客は見向きもしなくなるのは世の常だ。どうしても必要な時にしか買わない。しかも、わざわざコスコに買いに行くこともしなくなる。結果として在庫が増え、賞味期限が近づくと割引して売り切らざるを得なくなる。
店としては、単にバターだけの問題ではないはずだ。
バター目当てに店に来た客でも、他の商品に一切目もくれずに帰るというのは一部であり、多くは +α の収入を見込めるはずである。
1kg $9.99 で売ることで多大な赤字を出しており、それを埋め合わせるのに四苦八苦していたのならいざ知らず、そうでなければ、総収入は目に見えて落ちているはずだ。
客の購買意欲を高めるのも、一気に客離れを招くのも、営業部門の裁量次第...
Lindt の信じ難く高額な板チョコも、安くせざるを得なくなる日が来るのだろうか?それとも早々に廃番となって、二度とお目にかかれない幻の "デュバイ スタイル チョコ"となるだけで終わるのか?
そんなことを考えながら、モール内のフードコートを素通りし、喉が渇いたので Wu Cha で飲み物を買っただけで帰ることとなった。
途中、Sylvia Park S.C. に寄り、そこで T は予想価格以下で欲しかったジャケットをゲットし、私は、ジャパン マートで米と冷やし中華、蕎麦を買いなどして家に戻った。
そのショッピング センターから、今年 12 月に開店予定となっている IKEA の大きな建物が見えた。目と鼻の先である。
私も T も、IKEA の場所は Sylvia Park の反対側の、もう少し離れた場所かなと想像していたため、(私たちにとっては)突如として現れた感のある巨大な看板に非常に驚いた。
開店からしばらくはその一帯の交通渋滞が思いやられることだろう。その近辺に住んでいなくて本当によかった。
特別 IKEA で買う物は無さそうな私たちは、開店熱がすっかり冷めた頃に(& 暇を持て余していたら)一度覗きに行くかも知れない。
25.10.25
『高瀬舟』作:森鴎外 朗読:窪田等 作業用BGMや睡眠導入 おやすみ前 教養にも 本好き 青空文庫
編み物をしながらこの方の朗読を聴くのが習慣となっている。
この『高瀬舟』は、これまで幾度となく本で読んではいるのだが、この朗読を聴いて、思わず声を出して泣いてしまった。
私の中ではカミュのペスト、異邦人等々と並び、トップ 5 に入るだろう名作である。
15.10.25
父親の血筋
人生後半の私の生活は、丹精込めて作った物を、会ったこともない人にオンラインで買ってもらい、オンラインでメッセージのやり取りをする以外には、人との関わりもほとんど無く、極めて静かで平和なものだ。
これまでのところ、買ってくれた人々から寄せられたフィードバックは、ありがたいことに、私の手仕事へのお褒めの言葉と、また感謝の言葉で満たされていて、正に職人冥利に尽きるという他ない。
フィードバックを受け取るたびに、無事に問題なく届いた安堵の気持ちと、温かい人々の心遣いに癒され、そして、毎回、亡き父の、仕事に対する真摯で手を抜かない職人魂に倣う心持ちがあってよかったと、しみじみ思うこととなる。
この不況下にあって、ネットで探せば幾らでも安い物が買えるだろうに、それらを選ばず、年老いた私が細々と作っている物を、高い送料を払ってまで購入してくれることに、心の底から感謝せずにはいられない。
先日プラント スタンドを購入してくれたジュリエットもまた、非常にありがたいフィードバックを残してくれていた。
Absolutely beautiful stand, and very well made, thank you very much.
思わしくない体調を理由に、作るのを断ろうかと何度考えたことだろう。だが、苦戦しながらも、放り投げることなく作業し続けて、本当によかった。
作品に刻印も無く、何処の誰が作ったかも定かでないプラント スタンドは、NZ の、とある街にある美術館のエントランス ホールの片隅で、上に乗せられた植物の引き立て役となることだろう。
別に有名になる気の無い私は、自分の作った物を使ってもらえるだけで、ただそれだけで満足である。
11.10.25
忍耐強く待っていてくれたジュリエット
「勤務する美術館のエントランスに置く、プランターのスタンドを作ってもらえるか」という質問が来ていた。
比較的大きなプラント スタンドになるため、プラントの重量に耐え、尚且つ無骨過ぎないデザインにするべく、考えるのに時間がかかり、板を選ぶのにも結構な時間がかかった。
それに加え、注文を受けてから 2 ヶ月近く、なかなか作業に集中できずにいたのは、ただただ歳を取ったからだろう。
一日に数時間作業したかと思えば、数日間スタジオに降りていく気力もないという日々を送り、ようやく完成に近づいたら、今度は滑り止めのゴムを海外に発注し、それを待っていたりと、信じられないほど長く掛かったプラント スタンド作りだったが、ようやく『(今の私には)これ以上堅牢には作れない』と言えるところまで、手を抜かずに作りあげた。
ハードウッドにアクセントとしてパープルハートのデコレーションを埋め込み、mortise & tenon ジョイントには、更に頑丈にすべく、同じパープルハートで作ったピンを差し込んで固定した。
ちなみに、パープルハートはハードウッドの中でも際立って硬い木で、今回この細いピンを手作業で作るのに、えらく苦労したのだが、おそらく、パープルハートを扱ったことのある限られた人にしか、この苦労は伝わらないだろう。
プランター スタンドがぐらつかないよう、下の部分にも補強として板をはめることにしたのは、他の部分を組み上げてしまった後だったため、作業が通常よりも大変になってしまった。
そして、その部分の補強用のピンは、上のパープルハートのピンよりも細くしたかった為、やむなく真鍮の棒を使うことにした。(この細さだと、木製のピンは心許無く思える)
この床に接する面には、海外から届いたばかりのゴムの滑り止めを貼ったため、外側からはジョイント部分は見えない。
どんな物が出来上がったかを、掲載可能な 4 枚の写真に収め、サイズも書き込み、私が唯一使用している販売サイトにアップしたのが昨日の夕方...
出品すると同時に、質問をくれた人宛に、だいぶ時間がかかってしまったことを詫び、もしまだ相応しい物を見つけられていなかったら、よかったら私が作ったものを見てみてくださいとメッセージを送っておいた。
今日の昼前、販売サイトから、そのプラント スタンドが売れたと通知が来た。そして、買ってくれた人からのメッセージには、遅くなったことなんて気にしなくていいという温かい言葉が添えられていた。
送るための丁度いい段ボール箱が無かったため、家にあった大きな段ボール箱を切ったり貼ったりし、パッキンを詰めて荷造り... いつも完璧な荷造りを絶賛される私だが(「あなたなら生卵も割れずに送り届けられる」と言われるほど)、結構な神経を使い、時間をかけて梱包するのは一仕事だ。
NZ Post のオンラインで送付手続きを済ませ、来週月曜日にクーリエがピックアップに来ることになっている。
オンラインで支払いを済ませればクレジットカードの使用手数料はとられないが、わざわざポスト ショップに出向いてクレジットカードで支払いをすると、サーチャージを請求されるという、全くもって割に合わないことになるため、もうポスト ショップになど行きたくはない。
あとは、買ってくれた人が満足してくれることを祈るのみだ。
21.9.25
ルイボスティー 味比べ
先月天敵と会った際、彼は糖尿病を患っていると言っていた。
その日を境に、私は糖尿病について出来うる限りの知識を得ようと、ネットでの勉強が始まったというわけなのだが、日本語で調べると(当たり前のことだが)、食事療法は日本食がほぼ全てと言ってもいいほどで、イスラエル人である彼には少々的外れのような気がし、英語でも調べてみることに...
実際にかなりな体重を落としている彼だ、糖尿病についての知識は私よりも遥かに多いに決まっているが、先月会った際に、ランチでトムヤム スープとご飯を同時に食べていたため、
とりあえず、『血糖値を急上昇させない食事法(ベジタブル ファースト、カーブ ラスト)』を心がけるようにと、日本の複数名の医者が言っていた旨を伝え、丼物、或いはヌードルを食べる際には、野菜料理をもう一品注文し、それを先に食べてから、炭水化物は極力最後に食べるようにと勧めておいた。
他に、私に何か役に立てることがあるだろうかと、時間がある時は YouTube で様々なドクターのビデオを観たりして、ためになりそうなことを書き留めつつ過ごす毎日...
調べている最中にふと目に入ったルイボス ティーには血糖値を下げる効果があるという記事...
幾つかの記事を読むと、腎臓、肝臓に疾患がある人は飲むのを控えた方が良いとあったので、そこのところはまず最初に本人に聞いてみる必要がありそうだが、取り敢えず様々な味のものがあるというティー専門店に、各種サンプルを注文しておいた。(サンプルといっても無料ではなく、少量の注文と言うに他ならない)
美容と健康に良いとのことなので、自分用にもサンプルを購入。
飲めないほど不味いと感じるものを大量に買いたく無いため、お試し価格で購入できるのは、まぁ嬉しいかな... と。
緑茶やら麦茶も糖尿病患者が飲んで良いという記事が多数あったため、その店で緑茶系のサンプルも注文しておいたのだが、残念ながら麦茶の取り扱いは無かった。
これから夏に向かう NZ 、今度日本或いはアジア系のスーパーマーケットに行ったら、麦茶を仕入れてくる事にしよう。
31.8.25
コリント第一 10章
13 人に共通でない誘惑があなた方に臨んだことはありません。しかし、神は忠実であられ、あなた方が耐えられる以上に誘惑されるままにはせず、むしろ、あなた方がそれを忍耐できるよう、誘惑に伴って逃れ道を設けてくださるのです。
23 すべての事は許されています。しかし、すべての事が益になるわけではありません。すべての事は許されています。しかし、すべての事が築き上げるわけではありません。
苦しい時の神頼み...
極度の不安に苛まれ、一睡もできなかった夜、不安を拭いされるならと、"天敵" にLINE で連絡を取ってみた夜中の 3:00...
今どこにいるのかを尋ねると、彼はタイに居るとだけ答えた。(タイは夜 10:00)
滅多に自分から連絡を取ることの無い私が、しかもそんな時間に連絡をして来るなど、何かあったに違いないとはおそらく考えなかったのだろう、その後、何を聞いて来るでもなく、彼との精神的な深い隔たりを、あらためて強く実感してしまうこととなった。
翌日、日本に住む長男から別件で連絡が入り、皆元気でいるかという問いに、実はこんなことがあって... と打ち明けると、長男は一生懸命に対策を考えてくれ、私の心を労わろうとしてくれていた。
夕方になり、おそらく、長男が私の恐怖心を消し去ってくれるよう努力してくれたのだろうと思われる変化が感じられ、私は恐怖のどん底から一歩出られたように思えた。
神は『逃れ道』を設けてくださった...
それは天敵に助けを求めても得られるものではなかったことは明白で、身内にしか解決できなかったことであることは、疑う余地はない。
天敵に私の恐怖心を明かしても、それはただの『逃避』でしかなかったのだ。
私はまた、自分からは連絡することのない "冷酷な" 知人に戻ることになるだろう。
29.8.25
26.8.25
几帳面?
日本に居た時、洗った食器を乾燥棚に乗せて行き、洗い物を終えた途端、姉が言った。
「綺麗に並べたね」
それを見ていた姪にも、義兄にも「ほんと綺麗」と言われ、何も考えずに洗い物をしていた私は、「えっ そう???」と半信半疑状態...
母のトイレ介助で、トイレットペーパーを畳んで母に渡した私に向かって、「綺麗に畳んだね」と笑っていた姉...
その時も何も考えていなかった私。
以前、ランチに来た H が、自分が食事を終えて使った皿やらコップやらを皿洗機に入れるべく扉を開けた途端、「すごい綺麗に並べてある!」と、洗う予定で入れてあった食器類を見て言った。
「そうか??? 別に気にしてなかったけどな」と私が言うと、H はもっと乱雑に放り込んで良しとしていると...
何気ない日常の所作が『几帳面』と言われる私は、一般的に几帳面と言われる部類に入るのだろうか?
一緒に住んでいる T にその話をすると、全くそうは思えないけどねと大笑いしていた。
決して "病的に" 几帳面では無く、綺麗好きでも無く、けっこう(かなり)面倒臭がりで、几帳面さを発揮するのは工作をする場面に於いてだけだとずっと思い込んでいた私だが、側から見ると、日常生活においても案外几帳面だったりするのかも知れないなと、最近思い始めた次第である。
反対に、かなり几帳面だと私たちは信じて疑わなかった H のパートナー R だが、故郷であるネザーランドに短期間旅行に行くというので、もうすっかり支度は整っているだろうと思えたフライトの 5 時間前あたりに、「道中気をつけて行ってきてね」と伝えてくれるよう H にメッセージを送ると、R はいまだに買い忘れたものを買いに出掛けたりなんぞしていて、あたふたし続けているのだとか... H はそれを見ているだけでかなりのストレスだと嘆いていた。
人は見かけではわからないものである。
そんな『几帳面』と見られている私であるが、最近木工作業中に、全く集中できず、これまではコンマ何ミリの誤差を気にし、納得のいくまで作業の手を休めなかった自分がまるで嘘のように、「あ〜 面倒臭い」と中断すること数知れず...
それでも、自分が納得できないものを仕上げる気にはならないという性格が祟って、作業から離れている時間が長くなるばかり。恐ろしく効率の悪い仕事ぶりである。
これが歳をとるということか...
そんなことを考えながら、(私に取っては)木工ほどには集中力を要さない編み物をして一日を終えるという日の繰り返し。
頼まれたもの(木製品)を早く作らなくてはという強迫観念に苛まれながらも、肉体的にも精神的にも動けないというのは、実に歯痒いものである。
24.8.25
シェルビー コブラに乗る、実は素朴な?お隣さん
数日前、我が家の住所宛だが見知らぬ人宛ての荷物が届いた。
同じストリート名、同じ番地でも全く違う地方だったり、〇〇ストリートではなく〇〇ロードだったりと、紛らわしい場合があるので、私と T、そしてたまたまランチに来た H も、てっきりその手の間違いだろうと想像していた。
配達したポスト オフィスに連絡する前に、宛名に添えられていた電話番号にテキストを送ってみようという事になり、届いた荷物の写真と共に、「我が家にこれが届きましたが、あなた宛ての荷物で間違いありませんか?」と、H が私の携帯電話から連絡をしてくれた。
受信した人からはすぐに、「自分宛ての荷物に間違いない。住所を間違えて申し訳ない」と返事が来たのだが、別に教えてくれなくてもいい中身の情報まで書いてあって、H と私は笑ってしまった。
荷物を取りに来れるかどうかを尋ねると、「Yes, I'll be home in about 3/4 hr, thank you」との返事...
3/4 hr って、何??? 45分のこと???(そんな言い方するか?)もしくは 3 〜 4 時間のこと??
家に戻るのはいいけど、ここに取りに来るのはいつ????
と、私たちは?が点灯しっぱなし。
H が、「近くに住んでいるのか」と聞いて、ようやく正しい荷物の配達先はお隣(〇〇ストリート〇〇番地 - A)だったことが判明したというわけだ。
A まで忘れずにしっかり書こうよ...
引っ越して来てから一度も挨拶すら交わしたことの無いお隣さんは、何度も何度も誤り、また、ありがとうとも言ってくれていたが、何とも笑えるやり取りだったことを、仕事から帰宅した T にも話すと、やはり、「中身、別に言わなくてもいいし」と爆笑。
何かちょっと素朴な感じを受けたお隣さんは、(セキュリティ上より安全に違いないと確信できる)我が家の玄関先に置いておいた荷物を、黙って持って帰った。
そんなわけで、お隣さんとは未だ一度も話をしていない。
14.8.25
私が作るのは大量生産品ではなく、私は奴隷でもない
天敵が、おそらく私に収入を得させようとしてのことだろうとは思うが、私が以前作ったステンドグラス スタジオのサイン(天敵が名付け親)を、知り合いになった同じ名前の女性が欲しいと言っているのだが、売る気はあるか?と聞いて来た。
あのサインには深い思い入れがあるから、売る気はないと返事をすると、それでは新しく作ってくれるかと言う...
金額はいくらくらいになるかと聞かれ、サイズとデザイン、使用するガラスの価格によって違ってくるので、一様にいくらとは返事ができない旨を話すと、ステンドグラスについてはほぼ何も知識が無いと思われる彼は、「最も安いガラスで、サイズも小さなものでいい」と言って来た。
デザインに要する時間も、ガラスを一片一片 手でカットし、その後エッジをグラインダーで削る手間も、デザイン通りに形を整えたガラス片の周囲に銅のフォイル(粘着テープ)を巻き、それを木べらでしっかり密着させる作業がどれだけの時間を要するかも、彼はきっと何も考えていないだろうと察しが付いた。
ハンダ付けをする際にも、ハンダを銅のフォイルの表面に乗せるだけではなく、接着面全体に行き渡るように注意しながらの作業になり(裏面にハンダが流れ出すように熱を加えるのが正解 ー そうしないと接着面が脆く、崩れ易くなる)、簡単に見えるかもしれないが、強度を保つのと同時にハンダ面を綺麗に整えるのに、結構神経を使うのだ。しかも、ハンダの価格は信じられないほど高いときている。
私は、彼が安く手に入ると踏んでいただろうことに無性に腹が立ち、材料費はいくら位で、レイバー フィーはいくら位になると思うよと、彼が驚くだろう金額を伝えた。
(それでもレイバー フィーはかなり安く見積もってあり、おそらく最低賃金の半分以下になるはずだ)
彼は、その女性に連絡を取ってからまた返事をすると言っていたが、その高額なパネルを送るのに更に高額なイスラエルまでの輸送費がかかることを想像できる人であれば、十中八九、注文はしてこないだろう。
自分を卑下してまで手に入れたい仕事ではない。
これまで、既製の物を右から左に動かして収入を得るというビジネスをして来た天敵には、一つ一つ自分の手で時間をかけて作った物を、細々と売って家計の足しにしている私のような者の心情は分かりかねるのかも知れない。
「いつか分かり合える時が来るよ」
20 年近く前に彼が空港で言った言葉を思い出し、「そうかな?」と、今でも思ってしまう自分がいる。
7.8.25
私が死んだらこれを着せて...
昨日、姉から Line に連絡が来た。
母が転倒して大腿骨を骨折し、車椅子生活を送らざるを得なくなるまで住んでいた離れを、母亡き後ずっと姪っ子が片付けてくれていたらしいのだが、数多の山積みになった荷物をようやく一掃してたどり着いた洋服ダンス(かつて父が手作りしたもの)を開けたら、こんなものが出て来てビックリだったということで、添付されてきた写真を見て、私も思わず目を見開いてしまった。
送ってくれた写真には、離れの奥まった所にあった洋服ダンスの、その扉の内側にテープで貼られた紙が写っていて、母の直筆で「〇〇(母の名前)が死んだら 引き出し一番上にある服とスカート着せて」と書かれていた。
母にしては珍しく、書かれた日付が明記されておらず、いつ用意したものなのか誰にもわからないのだが、自分が死んだ時に着る服まで用意していたのかと、老いていく事の切なさをひしひしと感じてしまった日であった。
そのようなメモの存在など全く知らされていなかった姉は、母自身も書いたことを忘れていたと思うよと言っていたが、母のかつて抱いていた願いは、母亡き後 7 ヶ月半を経てようやく発見され、叶わなかった希望は虚しく幕を引いた。
姉からは、上記に加えて暑くてたまらない日々の様子が送られてきたが、私のかつて住んでいた市が外気温 41.4 ℃を記録したというので、私も T も、そして H も、そんな中じゃ生きていけないと目を丸くして驚いてしまった。
姉は、一日に 3 個もアイスを食べてしまった、冷凍庫にはぎっしりアイスが詰まってるよと、尋常でない暑さに熱中症気味になって慄いていることを書き連ねていて、おまけに降雨量が極端に少なく、駐車場脇に作った小さな畑に出てきた紫蘇の水やりが大変だと綴っていた。今年はきゅうりもナスも、何も植えていなかったのは幸いだったと...
日本にずっと住んでいても、近年の暑さは尋常ではなく、正に命の危険に晒されているのだ。
... そんな話を室温 11 ℃ のベッドの中で聞いていた時、別の人からメッセージが届いたという通知音がした。
先日 Line アカウントを共有したばかりの "天敵" が、律儀に、長い時間を経ても再会できたことを本当に嬉しく思っているとメッセージをくれたのだ。
私がどう返したかを聞いた T は思わず吹き出した。
喜んでいるステッカー(絵文字)をただ送っただけ...
きっと、彼もそれを見て吹き出していたことだろう。
6.8.25
" 天敵 "
2013 年 2 月初旬から数日前まで、同じ市内に住んでいただろうに、どこかで鉢合わせることも、電話をすることも一度も無く、この 12 年、お互いの近況も全く知らずに、全く別の人生を歩んできた "天敵" と私...
今月 2 日午後、携帯電話が鳴り、画面に表示された番号を見て、「あれ?この番号知ってるかも...」と瞬時に思ったものの、誰の番号か咄嗟には思い出せなかった。
何の用事でかけてきたのだろうかと思いながら、「Hello」と言った私に、おそらく一生忘れることのないだろう声が返答した。そこでようやく、あぁ、この番号は "天敵" の番号だったと思い出した。
「Hi, 〇〇だけど覚えてるかい?」
「もちろん覚えてるよ」
天敵はまず、こうして電話をかけることになったきっかけから話し出した。
最近何かの用事で会ったグループの内の一人が、偶然にも私につけてくれたヘブリュー名と同じだったことから、その女性にそのいきさつを話したのだそうだ。(相変わらず話好きだな)
話をしている内に当時の記憶が甦り、懐かしさと同時に、私がどうしているかと気になってしまい、以前私が渡したビジネス カードを探し出して連絡してきたということらしい。
彼は、長年主として経営していたフード ビジネスを終い、今はリタイア人生を送っていること、引っ越して別の地域に住んでいること、息子は私の家からほど近い所でアート関連の仕事をしていること、そして自分は 5 年前に離婚したこと等々をとめどなく話していた。
長い年月続けて来たフード ビジネスを畳んだことも驚いたが、離婚していたことには尚驚いた。
再婚したのかと聞いた私に、独身のままだと...
私よりも随分若いとはいえ、その年になって一人暮らしはキツかろうと私なんぞは思ってしまうのだが、実際のところはどうなんだろう?
「近いうちにお茶でも飲みに行かないか?」というので、無下に断るのも気が引けて、来週なら時間が取れるよと返事をした。
「私を見たらきっと驚くよ。見かけが完全にお婆さんだからね」と笑う私に、彼も、私も彼を見て驚くと思うよと笑っていた。「会っても誰だかわかるかな?」と以前のままの掛け合いに、お互い笑ってばかりいた。
だが、電話を切った後から、私は次第に落ち着かない気持ちになり、眠れない夜を、娘にもらったヘネシーを飲みながら過ごすハメになってしまった。
今の私の暮らしは 、T とH と、そして H のパートナー R との、極々限られた人間関係のみで成り立っていて、とても穏やかだ。
友達と出かけることもなく、木工やら編み物やら、H に頼まれた縫い物やらをしながら、パンを焼いたり、お菓子を作ったり... 他人に左右されない日々を過ごしすぎたせいか、買い物以外で外に出るのが億劫に思えてしまうのだ。
落ち着かないのは、相手が "天敵" だからではなく、ただ出かけるのが面倒だということかも知れない。
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そんなこんなで、12 年振りの再会となった昨日正午、我が家に迎えに来てくれた "天敵" は、ガンメタのベントレーの運転席で満面の笑みを浮かべて私を迎えてくれた。
かなり痩せてはいたが、ケビン コスナー似の目(似ているのは目だけ)は当然変わらず、口元も以前のままだった。見間違うほど痩せたというわけではなかったのは幸いだった。
形は素晴らしくいいのだが、乗り降りする際に何だか狭く感じるベントレーに乗り込むと、シートが温かくて感激。
ランチは彼の新しい住まいがある近くのボート ハーバー沿いのレストランで取ろうということで、連れて行ってくれたのはタイ レストラン。
中にはリタイアメント ホームの住人の集まりかとついつい想像してしまう集団がいて、騒ぐこともなく会話を楽しんでいたが、私たちが店に入る前から、ガラス越しに私たちをチラチラと幾度となく見る人が何人かいた。
以前から天敵と私は異質な感じがするとよく言われていたが、多分今でもそうなのだろう。
「あの人たち、どんな関係?」と想像させてしまうような風貌の取り合わせなのだろう。
魚は好きだけれど、フィッシュソースは苦手な私は、「何を食べる?」と言われ、即答で Deep Fried Tohu にすると... マンゴー ジュースも頼んだ。
彼は以前では考えられないほど少量の食事で十分だということで、食事はすぐに終わったが、しばらく店の中で話をし、その後ハーバーに出て、小雨の降る中、彼の所有するボートを岸から眺め、「夏になったらクルーズしような」と誘ってくれた彼に、「いやー、絶対行かない」と即答。「船酔いするのか?」と大笑いしながら、薬飲めば大丈夫だからと言い続けていたが、幼少期に母に連れて行かれた『栄螺(サザエ)の壺焼きを食べに行くツアー』で激しい船酔いの悪夢に晒され、サザエどころではなかった記憶が甦り、ボートになんか絶対に乗らないぞと、再度心に誓ってしまった瞬間であった。
その後、その周囲の絶景ポイントを案内してくれ、家でお茶でも飲みながら積もる話をしようじゃないかということで、案内された家には、かつて私が作ってプレゼントした、エルサレムのドームを模った、ステンドグラスのビジネスカードホルダーが、他の調度品と共に置かれていて、私の名刺もそこにあった。(今見ると、どちらもしょぼいなと思ってしまう)
昨日からキッチンにアリが出始めたというので、シナモンを撒いておくと来なくなるよと言ったのだが、当然常備しているだろうと思っていたシナモンは持っておらず、クローブの粉末じゃだめかな?とクローブを撒く天敵...
クローブは全く効果がないようで、彼は次にベーキング ソーダはどうかな?とやってみると、アリたちは見る見る弱って行った。
しばらく 2 人してアリと格闘し、入れてもらったお茶を飲みながらお互いの今の暮らし、そしてこれからのことを延々と話していた。
彼は電話ではリタイア生活を送っていると行っていたが、やはり生粋のビジネスマン。
今は NZ 国内とタイランドに数え切れないほどの不動産を保有していて、他にも手を拡げるべく常に思いを巡らしているようだった。
生活に困窮しつつある私とは別世界に住んでいる人のようにしか思えない。
そんな人なので、お金目当てに言い寄ってくる女性も多いらしく、魂胆が見え透いててうんざりだと話していた。
そんな人が多い中、出会ってからこれまで一度たりとも甘い汁を吸おうと目論んだことも、好条件のオファーを受け入れたこともなく、それどころか、いつも彼のビジネスに有益なことを無償で提供してくれていたと、私の "プライドの高さ" を高く買ってくれていたのが、今回よくわかった。(会えば喧嘩ばかりしていたが...)
1 年の内半年は行っているというタイでは、食費が 1 日 $5 もあれば充分だというので、それはかなり魅力的だねと反応すると、タイだったら綺麗な新築の家をプレゼントしてくれると言う...
ただ、タイに移り住むとなるとビザの問題と、それをクリアしたとしても NZ の老齢年金はもらえなくなるから、それだけがネックだなと、彼は一人で考え込んでいた。
いや、それよりも前に、私ではなく、私を常にサポートしてくれている T の生活のことを先に考えたいんだと、私は彼の思考を遮った。
「息子が世帯を持ったらどうするんだ?」と聞いてきた彼に、「そうしたら私の役目は終わる」と笑って答えるにとどまった。
お尻にホッカイロを当てられたくらい温かい(少々熱かった)ベントレーで家まで送り届けてもらう間も話し続け、別れ際に、「それじゃ、また 10 年後!」と笑って言った私に、「 1 年後、いや、1 ヶ月後にまた会おうな」と笑っていた。
私はただただ、彼が次に会う時も元気でいてくれることを願うのみだ。
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最近になって、フリーランサーとして生活している T のところに、フルタイムの仕事を受ける気があるかと問い合わせが来た。国内でもトップクラスの、ビリオン ダラー カンパニーの求人である。
シニアの年収は日本円にして 1 千万円近くになるというので、とりあえず CV(履歴書)は送っておいたとのこと。
CV を送った後で、今度は 5 週間のフリーランスの仕事が入ったらしく、一日 4 万円以上の収入ということで、引き受けることにし、今日から働きに出ている。
私の周りで何かが動き出した気がして、それがどのような展開になっていくのか、楽しみでもあり、不安でもあり...
まぁ、人生、成るようにしかなっていないのだから、私がどう足掻いてもどうしようもないのだろうな。
25.6.25
エボニー VS アルミニウム VS ステンレス
エボニー(黒檀)の輪針を使ってコットン 100% の毛糸を編んでいる。
非常に編みやすく、手も全く疲れない。
エボニー特有なのかどうか私にはわからないのだが、竹と比べると明らかに感触が違い、『滑らか』(という表現しか思いつかない)な感触が、非常に心地よく感じる。
チュニジアン クロシェットのかぎ針は、一度竹製を試したところ、少々滑りが悪く、スムーズな作業ができなかったため、アルミニウム製を使っている。
シャフトの長さも充分あり、今の所は満足しているが、青いコーティングがその内剥がれる可能性は否定できない。
これまで靴下を編む際には、日本で買ったクロバーの竹製輪針 『匠』(単品売りの、コードの付け根部分が回ると記載されている物なのだが...)を使っていたのだが、コードが捻れて編み辛いと感じることが多々あったことから、オンラインで見つけた(しかも激安になっていた)アルミニウム製の付け替え輪針セットを、ついつい購入してしまった。
前述の竹製輪針 1 本の価格以下で太さの違う 10 種類のシャフトと、長さの違う 4 本の付け替えケーブル + 付属品が入ったセットをゲット... あまりに安くて品質が心配なところだが、試し編みをすると、非常に編み易く、ラッキーな買い物だったと今は思っている。
小回りのきくサイズのものもあったら便利だろうと、深く考えずに(安くなったために)買ってしまったステンレス製の物は、シャフトの長さが違う 3 本が一組になっており、最も短いものは 5 cm ほど... 果たして私は使えるのだろうかと不安に思っていたが、最近になってようやく使い方がわかった。
Sockwonder というらしいこのテの編み針セットは、特に靴下とか帽子とか、筒状の物を編む際に便利だということで、右利きの人は右手に長い針、左手に短い針を持って作業するのだそうだ。そのようにして編んでみたら短いシャフトは気にならず、難なく編めはしたが、ソックヤーンは恐ろしく滑りが悪くて驚いた。竹製よりも悪い。
反対に、100% コットンは滑り過ぎて編み難い。しかも重量もあるため、ちょっと手を休めた隙にスルスルっと針が滑り落ちてしまい、目を拾うのに難儀をすることになる。
よって、丈夫さでは群を抜いているだろうが、私のステンレス製編み針の評価は最低ランクである。
私の影響が大きかったのか、 H も編み物をまた始めるようになった。
ニッケル アレルギーのある H は、慎重に針を選ぶ必要があり、更には "手がきつい" ので、木製/竹製は❌だとのこと。
ステンレスにしようかな?と話していたので、先日家に来た折にステンレス針を試させてあげたところ、やはり私と同じ意見に落ち着き、当面はアルミニウム製の針を使うことにしたようだ。
H の編み方を見て、「H もフランス式なんだ〜」と私が言うと、私に教わったから同じだよとのこと。教えた記憶が全く無い私よりも、H は遥かに難易度の高い物を編んで来ている。
私は簡単な物しか編んでいない。
ただ、性格上、編み目が揃っているかどうかは常に気にしていて、揃っていない箇所があると、何度でも編み直したりし、大した物も編んでいないのに、時間ばかりかかってしまうことになる。
今編んでいる(売れるかどうかもわからない売り物用の)ベビー ブランケットを編み終えたら、自分用に簡単なベストでも編んでみようかなと考える今日この頃である。
18.6.25
楽園...
少し前、誕生日が近い T と私の誕生日を祝うために H と R が来てくれた。
まずは恒例となっている飲茶レストランでの昼食会。
そして、H と R は目が飛び出るほど "お高い" ケーキを買ってから我が家にやって来た。
ずっしりと重いマンゴーが主役のケーキは、甘過ぎず非常に洗練された味で、さすがに高いだけあるというものだった。(私に作れと言われても絶対に作りたくないと思える、かなり凝ったもの)
話の中で、私が何度も引越しを経験している話になると、R が「これまで住んだ中でどこが一番好きだった?」と聞いてきた。
家族全員が最後に住んでいた場所は、片田舎で、私にとってはお世辞にも住みやすい所ではなかった。とにかく、全ての事において周囲と同じことをするよう要求される。良いか悪いかなど問題ではなく、有無を言わさず『右へ倣え』を強要されるのだ。
連れ合いがゴミ出しをした日には、「あの奥さんはご主人にゴミ出しまでさせているんだよ」と陰口を叩かれる。「まで」ってどういう意味だ? 我が家の家の中のことなど何も知らないだろうが... と、陰でそう言われているよと知らせてくれた知り合いに不満をぶちまけてみても、周囲の理不尽極まりない慣習が改善されるわけでもなく、あれほど居心地の悪かった土地は他には無かったと断言できる。
生まれ育った実家のある地域も嫌いだった。
上記の片田舎と似たり寄ったりの、他人の生活に異常なまでの関心を示す輩がウヨウヨしていて、噂話が三度の飯よりも好きだろうと思える断言できる隣人に辟易していたのをよく覚えている。
昨年母の介護のために帰省した折にも、昔から何も変わっていない状況を見てげんなりした次第だ。
電車の線路脇に建っていたアパートは、電車が通る度に騒音で TV の音も、電話の向こうの声も聞き取れないほどになったが、電停にはほど近かったため、買い物には便利な場所であったし、近隣の付き合いもほとんど無いに等しく、その点ではあの『片田舎』よりはマシだったと言えるように思えた。
他にもいくつか『たいして良くない場所』があったことを話し、全てを総括して、一番好きだった場所はハワイだっただろうなということになった。
ホノルルのアラモアナ S.C. 近くのコンドミニアムは、何をするのにも便利で、そのコンドのオーナーとも親しく、そこに配達に来ていた郵便配達人とも気さくに話をし、すこぶる快適な生活を送れていた。
悲しいかな、911 のテロが起こり、その時点で、全てのビザ取り扱いが期限を定めずストップしてしまったがために、私たちが既に申請していたビザも、何の審査もされないまま無効となってしまうという、とんでもない事態に陥ってしまった。
再度申請し直しても却下される恐れが無いとは言い切れず、却下されでもしたら、それから最低でも 5 年間、審査官によっては 10 年間はアメリカに入国できなくなる可能性があるということで、泣く泣く断念せざるを得なく、そこから『別の国』を探すことになったというわけだ。
それがきっかけで、残された家族全員が一緒に住むという私の願望は夢のまた夢となってしまい、今に至っている。おそらく、この先も私の願いは実現することはないだろう。
NZ を選んだのは、NHK の教育テレビで、NZ の幼稚園(保育園)の実態を放映していて、それに深く感銘を受けたのがきっかけだった。
NZ では、性別、年齢、人種、宗教、政治他殆んどあらゆる面において、差別してはならないと法律で定められているというのを聞いて、なんと素晴らしい国ではないかと、より深く調べずにはいられなかったのだ。
『差別を受けない権利』が法で定められているというのは、私が最重要視したところで、幼少期から "差別" が至る所で容認されているようにしか見えなかった日本を離れるのに、これほど相応しい国があるだろうかと、すぐさま NZ 行きのエアチケットを予約し、T とH を引き連れて下見旅行に旅立ったのが約 20 数年前...
NZ は静かで、煌びやかではなく、質素で落ち着いた国という印象だった。
下見旅行から帰るとすぐに、移住に向けて準備を始めたが、海外への引越しとなると、荷物の整理が半端なく大変で、来る日も来る日も『片づけ』に追われ、出発する日の朝、タクシーが迎えに来る直前まで、意識朦朧となりながらも、掃除し続けていた。
あまりに精神的にも肉体的にも追い詰められた状況が長く続いたがために、NZ に居を置いてからも、何度も何度も『片づけが間に合わない』という、切羽詰まった夢を見、うなされて起きるという悪夢の中にいたが、いつからかそのような悪夢にうなされることも無くなった。
一番好きだった場所 & 家はハワイだったが、ここ NZ はその次に好きだと言える場所で、現在のアメリカの状態を見ると、ハワイに居続けなくてよかったんだろうなと思わざるを得ない。
異常な物価高に加え、コロコロと変わる政策等々に、私はとてもついて行けるとは思えない。
NZ で最大のマイナス点は、家の値段が異常に高いということに尽きる。
"海外の投資家" が価格を釣り上げ始めてからというもの、ずっとこの状態が続いている。
何はともあれ、NZ は私にとって日本よりは遥かに居心地の良い国で、父が最期に私に言った『良い国に行って良かったな』という言葉を思い出しては、静かに頷いている次第である。
4.6.25
いよいよ病人の仲間入りか...と思った朝
早朝 5:00 きっかりに、右脇腹に近い腹部の激痛で目が覚めた。
あまりの痛さで横になっていられず、とりあえずトイレに行き、便器に座っていると吐気をもよおし、吐いたら腹痛がおさまるだろうかと、しばらく吐ける体制のまま(便器にしがみついて)いたのだが、込み上げはしても吐くまで至らず...
仕方なく、またベッドに戻り、痛む側を下にして横になり、膝を曲げて丸くなって寝てみたり、正座をした格好で頭を枕に押し付けたりして、悪戦苦闘してみたものの、強い痛みは一向に治る気配がなかったため、効くかどうか定かではないなと思いながら鎮痛薬パナドールを飲みに起きた。
ベッドの上で頻繁に体勢を変えながら、痛みと格闘することおよそ 1 時間、いつ眠りに落ちたのか全く覚えていないのだが、次に起きたのは 8:00 少し前で、その時には痛みは消えていた。
何が起こったのかまったくわからず不安ではあるが、痛みは消えたのでやれやれといったところだ。
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冬に向かい寒くなってきたオークランド。
家で仕事をする T のためにメリノウール 75%、ナイロン 25% のソックヤーンで靴下を編んであげた。T は背も高く、靴のサイズは 29cm と日本人にしては大きい。
私用に編んだ靴下と比べると、思わず「デカっ」と叫んでしまうような大きさだ。
最初、(一足分)左右同時編みをしたのだが、サイズが大き過ぎて非常に編みづらくなってしまったため、2足目は片方ずつ編んだ次第である。
ゴム編みどめは最近覚えたチューブラー バインド オフという編み方。
果たして足がすんなり入るほど伸びるだろうかと少々心配しながら編んでいたが、問題なく入ったようでホッとした。
これまで薄手の靴下しか持っていなかった T は、すごく暖かいと喜んでくれている。
昨年姉に編み方を教えてもらっておいて本当に良かった。
8.5.25
何故そんなに高いの?Tailor's Clapper
非常に価格にばらつきがあるテイラーズ クラッパー。
NZ 国内で売られているものは、値段の開きが NZ$84.50 〜 $20 台までと驚くべきものであるが、使用に際しては全くと言っていいほど差は無いはずだ。
作る側としては、余程値打ちのある木を使用しているのならいざ知らず、普通に手に入る板で $50 以上の値をつけるなど信じ難い。
木工用機械がほとんど無いに等しい環境下で、一つ一つ、全てハンドツールのみで作ったとしたら、まぁ時間はかかるし、それくらいの報酬は欲しいかなと思えなくもないが、売られているものはほぼ 100% 機械で板をカットし、溝を掘り、サンダーで仕上げているに違いなく、そうだとすれば、ものの数十分で幾つもの製品を作り出せるだろうことを考えると、『法外』な値段をつけているとしか思えない。
今、私はバンドソーを持っているので、厚みのある板も比較的楽にカットできる。(バンド ソーを買うまでは、ノコギリ一択で、厚みのある板で、おまけにハードウッドときた日には、心臓がバクバクするほどの作業となっていた)
かつては年代物の溝掘り用鉋で指を掛ける部分を根気良く掘っていたが、今はトリム ルーター/パーム ルーターの安いビットを手に入れたため、ガーッと掘って、その後手でサンディングするようにしたら、時間はさほどかからなくなった。
板の表面を平らにするのは、相変わらず鉋を使用していて、板目の複雑に入り組んだ板を使用した際には、鉋がけの工程が最も時間がかかる作業となるものの、家具作りと違い、所定の寸法通りに誤差無く削らなければならないというものではなく、決められた寸法というものも無く、ただ単に底が平らになっていて、扱い易くなっていればいいというだけの物なので、神経を尖らせる必要も無い。
先日も書いたように、丸みを付けるのはシントウ ノコヤスリで、角を取るのはカンナであったり、ルーターであったり、その日の気分で変わっている。
これも正確さがさして必要ではなく、手に馴染み、見た目がイビツでなければいいのである。
そんな言わば "楽な仕事" で収入を得られるというのは嬉しい限りであるのだが、問題は厚い板を安く手に入れることのできる店があるかどうかということに尽きる。
先頃作った 2 つは出品後 1 週間ほどで売れてしまい、手元にはもうテイラーズ クラッパーにできそうな厚い板が無く、手頃な値段で手に入る所はないかと探している最中に、「これから作る予定はあるか」と販売サイトにまた質問が来てしまった。
「相応しい板を見つけ次第作る予定だ」と返事をしたものの、はてさて、どうしましょうと考えあぐね、H がランチに来た折に、ファイヤー ウッドで使えそうなハード ウッドがないかと、ダメ元で聞いてみた。
H のパートナーが集めておいたファイヤーウッド(薪)の中に、2 年間天日乾燥させたハードウッドがあると思うよというので、早速週末に頂きに行った。(タダで貰うのも何だなと、近くでロシアのハニーケーキを買って、お土産に持って行った)
そのハードウッドは、カットしてみると、薪として焚べてしまうのは忍びないと思える Saligna で、私の好きな木だったのだが、何せ製材されていない "薪" 状態なため、形を整えるのに少々時間がかかってしまうという難点があった。
この薪でギリギリ 1 つの小ぶりの一般的な形の物と、個性的な形の物が 1 つ出来上がる予定だ。
このような "薪" を数個もらって来たので、しばらくはテイラーズ クラッパー作りが続くだろう。
朝と夜に(時には朝から晩まで一日中)精を出して編んでいたチュニジアン クロシェットのベビー用ブランケットは、2 枚できているが、水通しをしてスチームアイロンをかけたいので、まだ出品してはいない。
コットンのやや細い糸を使って編んだため、恐ろしく時間がかかっており、はてさて幾らで出品したらよいものやら... と、日々眺めてはため息をついている次第である。
『手編みの商品は高価』というのは知られているところだろうが、編み上がるまでにかかった時間を、たとえ最低賃金で換算したとしてもとんでもない価格になってしまうため、それでは買いたいと思う人などいないだろうと、そんなことを考えながら悩み続けている。
3.4.25
昼は木工、朝夕は編み物
朝、身支度を整え、コーヒーを淹れ、YouTube のサブスクリプションを観ながら(聴きながら)早速編み物を始めるようになった。
そして、T が起きて来ると朝食を用意し、一緒に食べた後は、午後までまた編み物の続きをする。
午後になるとスタジオに降りて行き、木工を始め、ある時は夕食の準備ギリギリの時間まで、またある時はキリの良いところまで作業して来るというのが、最近の日課になっている。
オンラインの販売サイトに、テイラーズ クラッパーの在庫があるかという質問が来ていた。
急ぎで必要ならば、私が自分用に作った物が手元にあるので、それをお譲りできるけれども、急ぎでなければ 1 週間ほどで出来上がるので、どちらがいいか知らせて欲しいと返事を送ると、私の物を取ってしまうのは申し訳ないし、急ぎではないので待っているとのこと。
早速に、厚みのある板の在庫を取り出し、サイズを違えて 2 個作るべく、鉋をかけ始めた。
今回の板は板目が一部分入り組んでおり、鉋で削るとその一部分がザックリとガサガサに深く削れてしまうため、その部分はキャビネット スクレーパーを使用せざるを得なかった。
使う人の手のサイズによって掴みやすい幅が違うだろうことを考慮に入れ、先細り気味に形を整えた上で、使用中に手が滑らないよう指の引っ掛かり溝を掘る。
そして、全部の角を少しだけ丸くし、持つ手にも、また直接押さえることになる布にも傷が付かないよう、言わばスベスベの状態にした。
余談だが、この非常に使えるシントウのノコヤスリは、昨年日本に行った際に買ってきたもので、日本で買えば ¥1,600 ほどで手に入る物なのだが、こちらで買おうと思うと$45 は下らないという、高級なヤスリとなってしまうのである。
ずっと欲しいと思っていても、こちらではなかなか手が出ず、『日本に行った時のお楽しみ』リストに入れていた物だったので、日本に行ってまず先に Amazon に注文を入れたのが、正にこれだった。
さて、出来上がったクラッパーの一つには、汚点と見られがちが部分があり、私も "雲の上のお師匠さん" に出会わなかったら、きっと「これは売り物にできるかな?」と考えたに違いないのだが、お師匠さん曰く、全ての木には、何十年、何百年の間、過酷な状況に耐え、生き延びるための対処の跡が残されていて、それが "傷" となって残されているのを見た時、より一層、捨て難い愛着が湧くのだと...
厳しい環境下に置かれながらも、何とかして乗り切ってきたのが、美しく整った木目を見るよりもなお一層よくわかる。
外面のみならず、内面に傷跡を残しているのを見ると、その木の方が、見るからに美しい板よりも、はるかに値打ちがあるように思えたりもする。
ここ数日、夜中に目が覚めてしまい、再び眠りに落ちそうにないと思った時には、リビングから編みかけのソックスをベッド ルームに持ち込み、ベッドの上で編み物の続きをしていた。
NZ$ 6 ほどで買った Opal のソック ヤーンでもう一足編めるかどうか、初心者の私には予想がつかず、手っ取り早い方法として、2 足目は左右同時編みで、編めるところまで編んでみることにした。
内側と外側から糸を使うことになったため、当然模様は合っていないが、左右同時編みは初めてで、最初のうちは楽しんで取り組んでいた。
(だが、途中で飽きてきてしまい、私はやはり木工の方が遥かに好きだなと確信するに至った。)
まぁ、住宅街に住んでいるので、早朝にも夜間にも、音の出る木工は御法度で、深夜に物音を立てずに制作活動ができる編み物は、音の出るミシンを使わざるを得ない洋裁よりも、ビジネスとしては使える技術かなと、そんな事を考えながら編んでいたら、夜が明けてしまった。
姉は完全なる趣味で編み物をしているが、私は収入源となり得るかどうかをいつも考えてしまう。持っている必要のない物を幾つも作る気になれない、貧乏人そのものだ。
22.3.25
SWATCH RULER (編み物ゲージ)
昨年暮れまで編み物にはさほど強い興味は無かったのだが、姉に感化されてソックスを編むのが楽しくなった私... (別に手持ちのソックスが足りていないわけではないのだが)
とはいえ、NZ 国内でさえ決して安くはない毛糸の価格に、"お金のかかる趣味" だなと、編むことを半ば諦めていたのであるが、最近通販サイトで、(時々ではあるが)世界的に有名なメーカーの毛糸を安く買えるチャンスがある事を知った。
果たして本物だろうか?と少々疑いながらも、NZ$ 6.00(¥500 そこそこ)ほどで(日本でも ¥2,000 近くするらしい)ソック ヤーンを購入してみた。
毛糸の帯に書かれていた文字はドイツ語で、どう見ても本物っぽいのだが、編み物全般について全く素人の私には判断しようがない。
まぁ、アクリル 100% のキュッキュした素材ではないことだけは確かなので、別に本物でなくてもいいか... と簡単に思ってしまうのが、knitting enthusiast との違いだなと笑えた。
(もし本物ならば、なぜそんなに安く売れるのだ?と疑問に思うと同時に、他の取扱店がどれだけのマージンを取っているのかも、非常に疑問に思えてきた)
姉に「輪針は質の高いものを買わないとダメだよ」と言われていたのだが、姉が購入したような物はべらぼうに高額で、おそらく姉のように頻繁には編み物をしないだろうと思える私は、上記の毛糸と同じサイトで売られていたエボニー(黒檀)製の手頃な価格の輪針セットを購入。評価がすこぶる良かったのが購入の決定打となったわけだが、私はどちらかといえば針先がもう少し尖っていたほうが使い易い気がする。 まぁ、他にマイナス点はなく、概ね良い買い物だったように思っている。
さて、幾つか毛糸も買い揃えたので、編み物をまた始めた H と自分用に、編み物ゲージ(10cm x 10cm)でも作っておこうかと思い立ち、簡単だが非常に精度の高い SWATCH RULER を制作。
余っていた 3mm 厚の MDF の端切れでとりあえず作ってみたが、使用に全く支障はないものの、やはり見た目が安っぽいため、販売することも視野に入れて、もう少し高級そうに見えるものを作ることを考えているところである。
7.3.25
順風満帆
H から「元居た会社に戻ることになったよ〜」と連絡が入った。
日本ではちょっと考えられないことかも知れないが、ここ NZ では、給料&待遇の良い別会社(同職種の "ライバル会社" である場合も少なくはない)にどんどん移って行き、巡り巡って、元居た会社にも何の違和感も抱くことなく再就職する(できる)というのは珍しい話ではない。
H も、数年前に引き抜かれて高待遇の会社に移ったのであるが、最近その会社の業績が思わしくなくなってきたようで、少し前から人材を縮小し始めたとのこと。まだ自分は解雇されはしないだろうが、社内の雰囲気やら人間関係もあまり好きではないので、求人の出ていた元居た会社に戻れたら戻りたいなと、先日会った際に話していたところだった。
元居た会社に戻りたいと連絡を入れると、その仕事にアプライした人がこれまで 70 人ほどいたが、誰もパーフェクトじゃなかったということで、H が戻って来れるのを大層喜び、ボス直々に「帰っておいで」と電話口で言ってくれたようで、H はホッとした様子だった。
しかも、給料は年額 $15,000(日本円にして約 128 万円ほど)上がるという嬉しいおまけ付き。
H は会社が変わる度にキャリア アップしている。
もちろん本人の努力無しには事はうまく運ばないだろうが、側から見ると非常に運が良く、全てのことがとんとん拍子に行っているように見える。(努力を惜しまず、尚且つ仕事ぶりを非常に高く評価されているにも関わらず、『運』が無い人が確かに居るのを見ると、やりきれない気持ちになったりもする)
H の『元居た会社』というのは、少し前に移転していたようで、我が家から徒歩 10 分足らずの場所になっているとのこと。
そこは様々な国のレストランが立ち並ぶエリアで、アジア、ヨーロッパ、中東、南米など、より取り見取り。更に昨年暮れに上記のビレッジが完成していたようで、一緒にランチに行くのが楽しみだね〜と H に言うと、「ね〜。ママっちにもランチに行っちゃう😋」と...
なかなかしっかりした子である。
28.2.25
トラウマ
今現在でも、トイレに行く度に母の介護時のことを思い出す。
呼び出し音が鳴り、トイレに行きたいという母の言葉を聞いて、まずは掛け布団を捲り上げ、ベッドを 60 度ほどに起こすようリモコンで足の高さ及び上半身の高さを調整する。
脱げかけた靴下をしっかりと履かせ、身体を起こしても手摺に掴まらないと立てない母のために、直角よりも鋭角に手すりを出し、歩いて数歩のトイレのドアを開けに行った上で、歩行器を用意する。
歩行器に掴まった際にズルッと滑らないように、両手で支えながら、母がしっかり立ち上がれるかどうかを注視していなければならない。
歩行器に掴まってゆっくりゆっくり歩く母の身体に触れるか触れないかという位置に手を添えて、万が一転びそうになった際に、咄嗟に支えることができるよう、細心の注意を払いながら後をついて行く。(一度、トイレの入り口で滑って転びそうになった母の身体を支えたことがあったが、30 kg にも満たない身体であっても、崩れ落ちるのを支えるのは容易なことではなく、咄嗟に「あーっ!」と叫んだ私の声を聞いて駆けつけてくれた姉、姪、義兄に助けられて、ようやく母の身体を起き上がらせることができた時のことは、おそらく一生忘れないだろうと思えるほど、強烈に頭に焼き付いている)
また、特に朝一番のトイレタイムには、オムツから尿が漏れ出てしまっていたことの方が多く、母が便器に座っている間に代えのズボンやら履くタイプのオムツと当てるタイプのオムツを用意し、着ていたズボンやら靴下を脱がせ、とりあえず腰から下を除菌シートでくまなく拭き、用を足し終わるまで少なくとも 5 分、長い時には 10 分近く(或いはそれ以上)見守っていなければならなかった。
待っている間に、姉にベッドシートと掛け布団が濡れていないかの確認を頼み、濡れていた場合は姉が速攻で取り替えをしてくれていた。一人では絶対にスムーズに事は運ばない。
母は、長年使い続けてきたはずのシャワートイレの使い方を忘れてしまったかのように見えた。どのボタンを押せばいいのかよくわからない様子を見て、それまでも介助しなければならなくなってしまったのかと、正直驚いた。
用を足し終わると、オムツとズボンを履かせ、母が手を洗っている間に、トイレ脇によけておいた歩行器を掴むことができる位置まで持って行く。
そしてまた、母のすぐ後をついてベッドのある部屋まで移動させるのだ。
ベッド脇に付いている手すりに掴まってドスンと尻餅をつくようにベッドに座るしかできなかった母...
姉が綺麗にしておいてくれたベッドに座らせたら、今度は尿漏れで濡れてしまったトップス(下着もろとも)を脱がせ、温かく湿らせたタオルで身体を綺麗に拭き、着替えの服を着せる。母は、着ることも、脱ぐことも自分ではできなかった。
ベッドに座って服を着替えた母は、横になるのも一苦労で、そのままゴロンと横になると頭の位置がかなり下になってしまい、上に引き上げるという作業が付いて回った。
尾骶骨が飛び出すほどに痩せてしまっていた母は、寝ると骨が当たって痛いと言って、骨が当たらないような位置にしてくれるよう懇願してきたが、訪問介護士が飛び出した骨の部分にクッション素材を貼り付けてくれたりしても効果が無く、医療レンタル会社のスタッフに事情を説明し、3 度もベッドを交換してもらったりもしたが、それでも改善せず、私たちも周りにクッションをかませたり、身体の向きを変えたりを試してみたが、あまり効果があったとは思えなかった。
母をとりあえず寝かせたら、トイレの便座やら床やらを拭きに行くのは私の仕事で、濡れた服やらベッドシートを洗面所に持って行き、洗濯前に水で軽く洗ってから洗濯機にかけるのは、主に姉の仕事だった。
姉が洗濯に取り掛かっている間に、私は次の仕事... 痰の吸引をしなくてはならなかった。
吸引機に取り付けるノズルは消毒液(赤ちゃんの哺乳瓶を消毒するための、ミルトンという消毒液を希釈したものを使用)に浸けておき、それを使用する度に熱湯に近いお湯で洗い流し、また、口の中を綺麗にするためのスポンジの付いた棒と歯ブラシを一緒に持って母のいる部屋まで戻る。
最初は恐る恐るだった吸引も、回を重ねるごとに難なくできるようになり、吸引による母の苦痛も少しは軽くなったようだった。
吸引が終わると、当然のことながらその片付けが待っている。ノズルは熱いお湯で洗ってから消毒液に浸けおき、歯ブラシとスポンジの付いた棒も、熱いお湯で洗って綺麗にしておく...
取った痰を溜める容器も綺麗に洗い、空にしておかないと次の吸引の際に手間取ることになる。
一つの事を成し終えるまでには、信じられないほど多くの工程があることを、おそらく介護の現場を見たことのない人は想像できないだろう。もしかしたら、介護されている側も、作業/工程の全てを理解できていないかも知れない。
吸引が終わると食事の世話...
誤嚥性肺炎/誤飲性肺炎だった母は、トロミをつけたドロドロの物しか口にできなかったのにも関わらず、それでも咳き込むことが多く、一匙一匙注意深く飲み込んだかどうかを確認する必要があった。トロミの付け方も、硬すぎてはならず、ゆるすぎてもダメという、かなり気を遣う作業で、食事の介助もけっこう大変ではあったが、大変さで言ったらトイレ介助には及ばないと断言できる。
トイレに行く度に、母の介助をした記憶が蘇り、私もその内にああなるのだろうかと、そんなことが頭をよぎり、居た堪れない気持ちになってしまう。
心的外傷...
まさか、母の介護で負うことになるとは考えてもみなかった。
もしかしたら最後の日本滞在になるかも知れない昨年の一時帰国時の想い出が、ただ大変で辛いというだけで終わらなかったのは、明るい姉一家のおかげだった事は間違いない。
姉たちが、頑張って慣れない日本の生活をしていた私のためにしてくれたことは、心の底から有り難く、感謝の気持ちしかない。
姉たちの気遣いがなかったら、私は精神的に立ち直れないほど病んでしまっていたに違いない。
23.2.25
H の誕生日をイタリアン レストランで祝う
数日前、自分で自分の髪を切った。後ろは切り辛いので、T を呼んでバリカンでチャチャっと切ってもらい(所要時間、ものの数分)、その後スキバサミやら普通のハサミで量を減らしたりし、あっという間に出来上がり。
髪が下に落ちないようにケープを被っていたので、さらに暑く、切り始めて間も無くしてやる気がどっと失せた。
結果として、自分で切ったのに、仕上がりが予想以上に短くなっていてびっくり。
まぁいいか、そのうち伸びるし... と、もうどうでもよくなっている。
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離れて暮らす(と言っても、モーターウェイを使って車で 25 分足らずの距離だが)H とは誕生日くらいしか一緒に食事をする機会がない。
ここ数年、誕生日には飲茶に行くのが恒例となっていたが、今年は R の家族がオランダから来ていた折に飲茶に行っているので、違った所に行こうということになり、H が選んだイタリアン レストラン(まだ我が家の誰も行った事がない)でのランチに決定。
レストランに向かう前に、予約しておいたバースデー ケーキを受け取りに家の近くのフレンチ ベーカリー(菓子屋?)に寄ってもまだ十分時間に余裕があるなと踏んで家を出たら、1 分もしないうちに激混みの道路に吸い込まれてしまい、一向に動かず...
通常 3 分もかからない店まで行くのに 20 分を費やしてしまい、レストラン到着時間は予約時間の 2 分遅れと表示された。
レストラン周辺にはおおよそそのくらいの時間に到着していたのだが、初めて訪れた場所で、おまけにレストラン名が外に表示されておらず、「ナビではこの辺りのはずなんだけど...」 と車で周辺をグルグル回る羽目となって、おまけに駐車スペースも近くに無く、予約時間を 10 分以上過ぎて、「本当にここで合ってるの?」と不安を抱えながら店に入った。
H たちは既に到着していて、私たちを待っていてくれた。常に" 5 分以上前行動" を心がけてきた私たちは、こんなに遅刻したのは生まれて初めてで、H たちに申し訳ない気持ちになった。
やっとのことで辿り着いた後、主役の H が美味しそうに思える料理を選んでくれ、すぐにやって来た飲み物で乾杯はしたものの、料理が出てくるのが予想を遥かに超えて遅く、「なぜそんなに遅いんだ?」と全員が疑問に思うほど待たされた挙句に出てきた料理の数々は、ほとんど全てが酸味がきつく、ラムにしても、ビーフにしても、肉の味がほとんど感じられなく、ソースも何だか物足りない味付けで、期待を打ち砕かれた格好となった。
全体的に、決して不味くはないが、物足りなさを感じる食事となって、全員の評価は 5〜6/10 にとどまり、また来て食べたいと思える料理は無かったということで、悲しいかな、4 人で $190 超えという料金に見合わない結果となった。
ピザを食べ終わるとすぐに店を出て、そのまま H たちの家に向かい、庭に設えてあった大きな大理石のテーブルの所に集まり、バースデー ケーキを食べながらティータイム。
H の家の犬たちに、当日朝、米粉とオーガニック黒胡麻ペースト(無添加)と、蜂蜜+水少々でクッキーを作り持って行ったので、いつも私の前でお行儀よくちょこんと座って、何か食べ物くれるかな〜と静かに待っている J に小さく切った一片をあげると、喜んで食べていた。
近くに来た L にもあげたところ、L は初めて食べる物には用心深いらしく、一度口から出してから食べ直し、美味しかったのかもっと欲しいという仕草をした。
H たちの家は庭が広く、L は太めの枝を持ってきて T の足元に落とし、投げてと身構え、遠くに投げてもらえると一目散に取りに行くというのを何度も何度も繰り返し、T が投げてくれなくなると、今度は私のところに持ってきて、投げて、投げてと、飽きる事なく走り回っていた。
方や J は、いつものように T や私の隣に来て寝そべり、まったりと過ごしていた。
犬も人間と同様、それぞれに個性があって面白く、どちらもとても愛おしい。
カヌレをまだ食べた事がないという H たちのために、前日に焼いたものを半分持って行った。
終盤少々焦げた匂いがしてきた前回とは温度設定と焼く時間を変えてみたが、今回は焦げる事なく綺麗に出来上がった... と思っていたのだが、温め直しても前回ほど外側がカリカリにならず、前回の方が食感が良かった分だけ美味しかった気がする。
これからは最初の温度設定で焼くことにしよう。
18.2.25
Shelby Cobra
大家さん一家が引っ越した後、しばらくして新しいテナントが入った。
大きな家なので、それなりに家賃も高く、それを支払える余裕のある人だというのは予想していたが、引っ越し荷物が我が家より少ないんじゃなかろうかと思えるほどで、引っ越し業者を使わず、自分たちで何度も行き来をして運んでいたのには少々驚いた。
全ての家財道具を運んでいないのでは? ...ということは、短期間の借りの住まいと考えた方がいいかも知れない。
引っ越し日から数日間は、けたたましい爆音を鳴り響かせて派手な車が何度も出入りしていた。
T 曰くシェルビー コブラだとのこと。オリジナルだと日本円にして 1,900 万円は下らない値がつけられるのだそうで、レプリカでもおそらく 600 万円はするだろうなと言っていた。
かつて私の "天敵" が真っ赤なフェラーリでやって来た事があるが、コブラの爆音はその比ではない。
flashy なものに全く興味が無い私は、お高い車を見ても羨ましくもなんともなく、ただただ隣人がパーティー好きな人たちで無いことを祈るのみだ。
今のところ、夜は誰も住んでいないかのような静けさである。
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💈 昨日は久々に T の散髪。少しは慣れたかな... 程度の進歩だが、T の散髪代は浮いた。
昨年、日本滞在中、姉に切ってもらった髪はだいぶ伸びてきた。
近々私自身の髪も切らなくては...
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誕生した時間
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