父が亡くなる直前の夢を見て、涙を流しながら起きた。状況は実際のところとは全く違っていた。
携帯で時間を見ると朝の1時4分だった。
咄嗟に、雲の上のお師匠さんのことが気がかりになった。
いまだ現役で精力的に働いているとは言え、病気を患っていることを少し前に公表したことが私の頭をよぎったのだ。
あの時...
父が危篤状態だと連絡を受けたのが夜の10時。
同居人達がすぐさま飛行機の予約をしてくれ、フライトは翌朝出発の便が取れた。
スーツケースを持ち出し、慌てて旅支度をし始めたことはおぼろげながら覚えているが、頭の中が真っ白になっていた私は何をどうしていたのか全く覚えていない。
支度を終えてから出発するまでに数時間あり、眠れぬ真っ暗な早朝に、「これからしばらくは facebook をアップできなくなるから、きっとお師匠さんが心配するに違いない」との思いが頭に浮かんだ。
お師匠さんに事情を説明し、しばらくは日本に居ることになる旨を伝えるメッセージを送ると、すぐに返事が届いた。
気をつけて行って来るようにと。父が生きている内に会えるようにと。そしていつものように私を気遣いながら沢山書いてくれてあった。
出発間際までお師匠さんとのメッセージのやり取りが続き、私はお礼を述べて出発した。
もう3年も前のことになる。
その後、お師匠さんとは、父の死を伝えた後一度だけ連絡を取ったのみで、多分、私はもう彼の頭の中には存在していないだろうが、私にとって彼は永遠の『お師匠さん』であることに変わりはない。
「楽園で会いましょう。もし神の約束が本当に成就し、私がそこに入ることができたら」
私の今後の人生を真剣に考えてくれていたお師匠さんに向って私が放った言葉は、お師匠さんの思いやりに満ちた計画を打ち砕いた。
できれば、私の方がお師匠さんよりも先にこの世を去ることができますように。
いつもそう思いながら、私は彼の "隠れフォロワー" で居続けている。
携帯で時間を見ると朝の1時4分だった。
咄嗟に、雲の上のお師匠さんのことが気がかりになった。
いまだ現役で精力的に働いているとは言え、病気を患っていることを少し前に公表したことが私の頭をよぎったのだ。
あの時...
父が危篤状態だと連絡を受けたのが夜の10時。
同居人達がすぐさま飛行機の予約をしてくれ、フライトは翌朝出発の便が取れた。
スーツケースを持ち出し、慌てて旅支度をし始めたことはおぼろげながら覚えているが、頭の中が真っ白になっていた私は何をどうしていたのか全く覚えていない。
支度を終えてから出発するまでに数時間あり、眠れぬ真っ暗な早朝に、「これからしばらくは facebook をアップできなくなるから、きっとお師匠さんが心配するに違いない」との思いが頭に浮かんだ。
お師匠さんに事情を説明し、しばらくは日本に居ることになる旨を伝えるメッセージを送ると、すぐに返事が届いた。
気をつけて行って来るようにと。父が生きている内に会えるようにと。そしていつものように私を気遣いながら沢山書いてくれてあった。
出発間際までお師匠さんとのメッセージのやり取りが続き、私はお礼を述べて出発した。
もう3年も前のことになる。
その後、お師匠さんとは、父の死を伝えた後一度だけ連絡を取ったのみで、多分、私はもう彼の頭の中には存在していないだろうが、私にとって彼は永遠の『お師匠さん』であることに変わりはない。
「楽園で会いましょう。もし神の約束が本当に成就し、私がそこに入ることができたら」
私の今後の人生を真剣に考えてくれていたお師匠さんに向って私が放った言葉は、お師匠さんの思いやりに満ちた計画を打ち砕いた。
できれば、私の方がお師匠さんよりも先にこの世を去ることができますように。
いつもそう思いながら、私は彼の "隠れフォロワー" で居続けている。