25.6.25

エボニー VS アルミニウム VS ステンレス


 エボニー(黒檀)の輪針を使ってコットン 100% の毛糸を編んでいる。
非常に編みやすく、手も全く疲れない。
エボニー特有なのかどうか私にはわからないのだが、竹と比べると明らかに感触が違い、『滑らか』(という表現しか思いつかない)な感触が、非常に心地よく感じる。


チュニジアン クロシェットのかぎ針は、一度竹製を試したところ、少々滑りが悪く、スムーズな作業ができなかったため、アルミニウム製を使っている。
シャフトの長さも充分あり、今の所は満足しているが、青いコーティングがその内剥がれる可能性は否定できない。


長年チュニジアン クロシェットをしていると見受けられる YouTuber の女性は、竹製の物もよく使っているので、竹製と言っても物によりけりなのかも知れないが...




これまで靴下を編む際には、日本で買ったクロバーの竹製輪針 『匠』(単品売りの、コードの付け根部分が回ると記載されている物なのだが...)を使っていたのだが、コードが捻れて編み辛いと感じることが多々あったことから、オンラインで見つけた(しかも激安になっていた)アルミニウム製の付け替え輪針セットを、ついつい購入してしまった。


前述の竹製輪針 1 本の価格以下で太さの違う 10 種類のシャフトと、長さの違う 4 本の付け替えケーブル + 付属品が入ったセットをゲット...  あまりに安くて品質が心配なところだが、試し編みをすると、非常に編み易く、ラッキーな買い物だったと今は思っている。



小回りのきくサイズのものもあったら便利だろうと、深く考えずに(安くなったために)買ってしまったステンレス製の物は、シャフトの長さが違う 3 本が一組になっており、最も短いものは 5 cm ほど... 果たして私は使えるのだろうかと不安に思っていたが、最近になってようやく使い方がわかった。


Sockwonder というらしいこのテの編み針セットは、特に靴下とか帽子とか、筒状の物を編む際に便利だということで、右利きの人は右手に長い針、左手に短い針を持って作業するのだそうだ。そのようにして編んでみたら短いシャフトは気にならず、難なく編めはしたが、ソックヤーンは恐ろしく滑りが悪くて驚いた。竹製よりも悪い。
反対に、100% コットンは滑り過ぎて編み難い。しかも重量もあるため、ちょっと手を休めた隙にスルスルっと針が滑り落ちてしまい、目を拾うのに難儀をすることになる。
よって、丈夫さでは群を抜いているだろうが、私のステンレス製編み針の評価は最低ランクである。


私の影響が大きかったのか、 H も編み物をまた始めるようになった。
ニッケル アレルギーのある H は、慎重に針を選ぶ必要があり、更には "手がきつい" ので、木製/竹製は❌だとのこと。
ステンレスにしようかな?と話していたので、先日家に来た折にステンレス針を試させてあげたところ、やはり私と同じ意見に落ち着き、当面はアルミニウム製の針を使うことにしたようだ。

H の編み方を見て、「H もフランス式なんだ〜」と私が言うと、私に教わったから同じだよとのこと。教えた記憶が全く無い私よりも、H は遥かに難易度の高い物を編んで来ている。

私は簡単な物しか編んでいない。
ただ、性格上、編み目が揃っているかどうかは常に気にしていて、揃っていない箇所があると、何度でも編み直したりし、大した物も編んでいないのに、時間ばかりかかってしまうことになる。

今編んでいる(売れるかどうかもわからない売り物用の)ベビー ブランケットを編み終えたら、自分用に簡単なベストでも編んでみようかなと考える今日この頃である。




18.6.25

楽園...

少し前、誕生日が近い T と私の誕生日を祝うために H と R が来てくれた。

まずは恒例となっている飲茶レストランでの昼食会。
そして、H と R は目が飛び出るほど "お高い" ケーキを買ってから我が家にやって来た。
ずっしりと重いマンゴーが主役のケーキは、甘過ぎず非常に洗練された味で、さすがに高いだけあるというものだった。(私に作れと言われても絶対に作りたくないと思える、かなり凝ったもの)


コーヒー、紅茶、etc... などを飲みながら、お菓子をつまみなどして、H たちとの会話は夜の 7 時過ぎまで続いた。

話の中で、私が何度も引越しを経験している話になると、R が「これまで住んだ中でどこが一番好きだった?」と聞いてきた。
家族全員が最後に住んでいた場所は、片田舎で、私にとってはお世辞にも住みやすい所ではなかった。とにかく、全ての事において周囲と同じことをするよう要求される。良いか悪いかなど問題ではなく、有無を言わさず『右へ倣え』を強要されるのだ。
連れ合いがゴミ出しをした日には、「あの奥さんはご主人にゴミ出しまでさせているんだよ」と陰口を叩かれる。「まで」ってどういう意味だ? 我が家の家の中のことなど何も知らないだろうが... と、陰でそう言われているよと知らせてくれた知り合いに不満をぶちまけてみても、周囲の理不尽極まりない慣習が改善されるわけでもなく、あれほど居心地の悪かった土地は他には無かったと断言できる。

生まれ育った実家のある地域も嫌いだった。
上記の片田舎と似たり寄ったりの、他人の生活に異常なまでの関心を示す輩がウヨウヨしていて、噂話が三度の飯よりも好きだろうと思える断言できる隣人に辟易していたのをよく覚えている。
昨年母の介護のために帰省した折にも、昔から何も変わっていない状況を見てげんなりした次第だ。


電車の線路脇に建っていたアパートは、電車が通る度に騒音で TV の音も、電話の向こうの声も聞き取れないほどになったが、電停にはほど近かったため、買い物には便利な場所であったし、近隣の付き合いもほとんど無いに等しく、その点ではあの『片田舎』よりはマシだったと言えるように思えた。

他にもいくつか『たいして良くない場所』があったことを話し、全てを総括して、一番好きだった場所はハワイだっただろうなということになった。

ホノルルのアラモアナ S.C. 近くのコンドミニアムは、何をするのにも便利で、そのコンドのオーナーとも親しく、そこに配達に来ていた郵便配達人とも気さくに話をし、すこぶる快適な生活を送れていた。

悲しいかな、911 のテロが起こり、その時点で、全てのビザ取り扱いが期限を定めずストップしてしまったがために、私たちが既に申請していたビザも、何の審査もされないまま無効となってしまうという、とんでもない事態に陥ってしまった。
再度申請し直しても却下される恐れが無いとは言い切れず、却下されでもしたら、それから最低でも 5 年間、審査官によっては 10 年間はアメリカに入国できなくなる可能性があるということで、泣く泣く断念せざるを得なく、そこから『別の国』を探すことになったというわけだ。
それがきっかけで、残された家族全員が一緒に住むという私の願望は夢のまた夢となってしまい、今に至っている。おそらく、この先も私の願いは実現することはないだろう。

NZ を選んだのは、NHK の教育テレビで、NZ の幼稚園(保育園)の実態を放映していて、それに深く感銘を受けたのがきっかけだった。
NZ では、性別、年齢、人種、宗教、政治他殆んどあらゆる面において、差別してはならないと法律で定められているというのを聞いて、なんと素晴らしい国ではないかと、より深く調べずにはいられなかったのだ。

『差別を受けない権利』が法で定められているというのは、私が最重要視したところで、幼少期から "差別" が至る所で容認されているようにしか見えなかった日本を離れるのに、これほど相応しい国があるだろうかと、すぐさま NZ 行きのエアチケットを予約し、T とH を引き連れて下見旅行に旅立ったのが約 20 数年前...

NZ は静かで、煌びやかではなく、質素で落ち着いた国という印象だった。

下見旅行から帰るとすぐに、移住に向けて準備を始めたが、海外への引越しとなると、荷物の整理が半端なく大変で、来る日も来る日も『片づけ』に追われ、出発する日の朝、タクシーが迎えに来る直前まで、意識朦朧となりながらも、掃除し続けていた。
あまりに精神的にも肉体的にも追い詰められた状況が長く続いたがために、NZ に居を置いてからも、何度も何度も『片づけが間に合わない』という、切羽詰まった夢を見、うなされて起きるという悪夢の中にいたが、いつからかそのような悪夢にうなされることも無くなった。


一番好きだった場所 & 家はハワイだったが、ここ NZ はその次に好きだと言える場所で、現在のアメリカの状態を見ると、ハワイに居続けなくてよかったんだろうなと思わざるを得ない。
異常な物価高に加え、コロコロと変わる政策等々に、私はとてもついて行けるとは思えない。

NZ で最大のマイナス点は、家の値段が異常に高いということに尽きる。
"海外の投資家" が価格を釣り上げ始めてからというもの、ずっとこの状態が続いている。

何はともあれ、NZ は私にとって日本よりは遥かに居心地の良い国で、父が最期に私に言った『良い国に行って良かったな』という言葉を思い出しては、静かに頷いている次第である。




4.6.25

いよいよ病人の仲間入りか...と思った朝

 早朝 5:00 きっかりに、右脇腹に近い腹部の激痛で目が覚めた。
あまりの痛さで横になっていられず、とりあえずトイレに行き、便器に座っていると吐気をもよおし、吐いたら腹痛がおさまるだろうかと、しばらく吐ける体制のまま(便器にしがみついて)いたのだが、込み上げはしても吐くまで至らず...

仕方なく、またベッドに戻り、痛む側を下にして横になり、膝を曲げて丸くなって寝てみたり、正座をした格好で頭を枕に押し付けたりして、悪戦苦闘してみたものの、強い痛みは一向に治る気配がなかったため、効くかどうか定かではないなと思いながら鎮痛薬パナドールを飲みに起きた。
ベッドの上で頻繁に体勢を変えながら、痛みと格闘することおよそ 1 時間、いつ眠りに落ちたのか全く覚えていないのだが、次に起きたのは 8:00 少し前で、その時には痛みは消えていた。

何が起こったのかまったくわからず不安ではあるが、痛みは消えたのでやれやれといったところだ。


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冬に向かい寒くなってきたオークランド。

家で仕事をする T のためにメリノウール 75%、ナイロン 25% のソックヤーンで靴下を編んであげた。T は背も高く、靴のサイズは 29cm と日本人にしては大きい。
私用に編んだ靴下と比べると、思わず「デカっ」と叫んでしまうような大きさだ。

最初、(一足分)左右同時編みをしたのだが、サイズが大き過ぎて非常に編みづらくなってしまったため、2足目は片方ずつ編んだ次第である。

ゴム編みどめは最近覚えたチューブラー バインド オフという編み方。
果たして足がすんなり入るほど伸びるだろうかと少々心配しながら編んでいたが、問題なく入ったようでホッとした。

これまで薄手の靴下しか持っていなかった T は、すごく暖かいと喜んでくれている。

昨年姉に編み方を教えてもらっておいて本当に良かった。




誕生した時間

日本にいる R (第一子)の誕生日を迎えた今朝、当時の記憶が蘇ってきた。 私はその数年前まで、そこ(市立総合病院)の医事課で働いていたため、元同僚やら顔見知りの看護婦さんたちがまだ働いており、特に親しかった知人たちは、私が分娩室から出て来るのを待っていてくれたのだ。 歯を食いしば...