18.6.25

楽園...

少し前、誕生日が近い T と私の誕生日を祝うために H と R が来てくれた。

まずは恒例となっている飲茶レストランでの昼食会。
そして、H と R は目が飛び出るほど "お高い" ケーキを買ってから我が家にやって来た。
ずっしりと重いマンゴーが主役のケーキは、甘過ぎず非常に洗練された味で、さすがに高いだけあるというものだった。(私に作れと言われても絶対に作りたくないと思える、かなり凝ったもの)


コーヒー、紅茶、etc... などを飲みながら、お菓子をつまみなどして、H たちとの会話は夜の 7 時過ぎまで続いた。

話の中で、私が何度も引越しを経験している話になると、R が「これまで住んだ中でどこが一番好きだった?」と聞いてきた。
家族全員が最後に住んでいた場所は、片田舎で、私にとってはお世辞にも住みやすい所ではなかった。とにかく、全ての事において周囲と同じことをするよう要求される。良いか悪いかなど問題ではなく、有無を言わさず『右へ倣え』を強要されるのだ。
連れ合いがゴミ出しをした日には、「あの奥さんはご主人にゴミ出しまでさせているんだよ」と陰口を叩かれる。「まで」ってどういう意味だ? 我が家の家の中のことなど何も知らないだろうが... と、陰でそう言われているよと知らせてくれた知り合いに不満をぶちまけてみても、周囲の理不尽極まりない慣習が改善されるわけでもなく、あれほど居心地の悪かった土地は他には無かったと断言できる。

生まれ育った実家のある地域も嫌いだった。
上記の片田舎と似たり寄ったりの、他人の生活に異常なまでの関心を示す輩がウヨウヨしていて、噂話が三度の飯よりも好きだろうと思える断言できる隣人に辟易していたのをよく覚えている。
昨年母の介護のために帰省した折にも、昔から何も変わっていない状況を見てげんなりした次第だ。


電車の線路脇に建っていたアパートは、電車が通る度に騒音で TV の音も、電話の向こうの声も聞き取れないほどになったが、電停にはほど近かったため、買い物には便利な場所であったし、近隣の付き合いもほとんど無いに等しく、その点ではあの『片田舎』よりはマシだったと言えるように思えた。

他にもいくつか『たいして良くない場所』があったことを話し、全てを総括して、一番好きだった場所はハワイだっただろうなということになった。

ホノルルのアラモアナ S.C. 近くのコンドミニアムは、何をするのにも便利で、そのコンドのオーナーとも親しく、そこに配達に来ていた郵便配達人とも気さくに話をし、すこぶる快適な生活を送れていた。

悲しいかな、911 のテロが起こり、その時点で、全てのビザ取り扱いが期限を定めずストップしてしまったがために、私たちが既に申請していたビザも、何の審査もされないまま無効となってしまうという、とんでもない事態に陥ってしまった。
再度申請し直しても却下される恐れが無いとは言い切れず、却下されでもしたら、それから最低でも 5 年間、審査官によっては 10 年間はアメリカに入国できなくなる可能性があるということで、泣く泣く断念せざるを得なく、そこから『別の国』を探すことになったというわけだ。
それがきっかけで、残された家族全員が一緒に住むという私の願望は夢のまた夢となってしまい、今に至っている。おそらく、この先も私の願いは実現することはないだろう。

NZ を選んだのは、NHK の教育テレビで、NZ の幼稚園(保育園)の実態を放映していて、それに深く感銘を受けたのがきっかけだった。
NZ では、性別、年齢、人種、宗教、政治他殆んどあらゆる面において、差別してはならないと法律で定められているというのを聞いて、なんと素晴らしい国ではないかと、より深く調べずにはいられなかったのだ。

『差別を受けない権利』が法で定められているというのは、私が最重要視したところで、幼少期から "差別" が至る所で容認されているようにしか見えなかった日本を離れるのに、これほど相応しい国があるだろうかと、すぐさま NZ 行きのエアチケットを予約し、T とH を引き連れて下見旅行に旅立ったのが約 20 数年前...

NZ は静かで、煌びやかではなく、質素で落ち着いた国という印象だった。

下見旅行から帰るとすぐに、移住に向けて準備を始めたが、海外への引越しとなると、荷物の整理が半端なく大変で、来る日も来る日も『片づけ』に追われ、出発する日の朝、タクシーが迎えに来る直前まで、意識朦朧となりながらも、掃除し続けていた。
あまりに精神的にも肉体的にも追い詰められた状況が長く続いたがために、NZ に居を置いてからも、何度も何度も『片づけが間に合わない』という、切羽詰まった夢を見、うなされて起きるという悪夢の中にいたが、いつからかそのような悪夢にうなされることも無くなった。


一番好きだった場所 & 家はハワイだったが、ここ NZ はその次に好きだと言える場所で、現在のアメリカの状態を見ると、ハワイに居続けなくてよかったんだろうなと思わざるを得ない。
異常な物価高に加え、コロコロと変わる政策等々に、私はとてもついて行けるとは思えない。

NZ で最大のマイナス点は、家の値段が異常に高いということに尽きる。
"海外の投資家" が価格を釣り上げ始めてからというもの、ずっとこの状態が続いている。

何はともあれ、NZ は私にとって日本よりは遥かに居心地の良い国で、父が最期に私に言った『良い国に行って良かったな』という言葉を思い出しては、静かに頷いている次第である。




0 件のコメント:

コメントを投稿

いかにも日本っぽい

日本に居たら、やっぱりそう考えるようになるんだろうな... 最期まで体裁を取り繕って生活していた母のことが、咄嗟に頭に浮かんだ。 ここで言う 『親しい友人』というのは、私からすれば、本音で話をすることができない/実は信用できないと心の底で疑っている『見せかけの友人』としか思えず、...