31.1.26

いかにも日本っぽい




日本に居たら、やっぱりそう考えるようになるんだろうな...

最期まで体裁を取り繕って生活していた母のことが、咄嗟に頭に浮かんだ。


ここで言う 『親しい友人』というのは、私からすれば、本音で話をすることができない/実は信用できないと心の底で疑っている『見せかけの友人』としか思えず、そんな相手だと思っていながらも、それでもくっついていなければ自分が孤独になってしまう、或いは側から孤独な老人と噂話をされ、事あるごとに尾鰭をつけて "陰で" 何を言われるかわかったものじゃないと恐れて、表面を取り繕い、自己防衛に走っているようにしか見えない。

実に希薄な人間関係である。


幸いなことに、私にはそのような 『本心を話せない "友人"』 は居ない。
本心で話すことができないだろう人に対しては、そもそも友人とは思っておらず、ただの知り合い止まりなのである。

日本にいる時にも、またここ NZ に来ても、そのような気を許すことのできない友人の傍にいる必要なく過ごせて、実に嬉しい限りである。




15.1.26

[9 million views popular recipe] A permanent edition! Juicy meat burstin...


これまで作っていたハンバーグと同じ素材なのに、信じられないほど美味しくなったことに驚いた。


昨年、日本で、実家の近くにある『炭焼きレストラン さわやか』に連れて行ってもらったことがあった。




そこで食べたハンバーグは確かに美味しかったが、悲しいかなここオークランドには『さわやか』のような店は無い。(まぁ、有ったとしても、おそらく高過ぎて行くことはないに違いないと想像できるが)

自宅でここまでできれば上等だろうと思える作り方を、無料で伝授してもらえることに感謝するばかりだ。




9.1.26

IKEA のミートボール

 T が休みなので、もう混んでいないかなと予想して、昨年暮れにオープンしたばかりの IKEA にミートボールを食べに行った。

予想に反して結構人が多かったものの、週末のコスコほどではなく、のんびりと店内を散策してみたが、買いたいと思える物は何一つ無く、広い店内を歩き疲れてフードコートへ...

フードコートの支払いを済ませるまでには数分かかった。
並びながら飲み物を一缶と、アップルパイ?(ケーキ?)を一切れトレーに乗せ、その横の方にあったココア&チョコレートケーキのあまりの薄さ/小ささに驚き、サラダは見た目でパス...



レジで、一度は食べてみたいと思っていたミートボール ディッシュを注文して代金を払い、次のセクションで用意されたものを受け取る。

席につき、興味津々だった "かの有名な" ミートボールを二人で分けて食べたのだが...



極々普通?
不味くはないが、特別美味しいというわけでもなく、試しに一度食べればいいかなという程度のシロモノで、どこの国で食べてもほぼ変わらないだろうと思われるアップルパイ?/ケーキ?は、その通りの味だった。
缶ジュースに至っては、もう二度と買わないと断言できる味で、多くのスウェーデン人の好みかも知れない味付けは、残念ながらH を含めた私たち家族にとっては、目を見張るようなものではなかった。

スウェーデンにも驚くほど美味しいと思える料理もおそらくあるに違いないが、日本を代表する食べ物とされている寿司とか、ラーメンとか(数え上げたらキリが無いほどある)などと比較すると、どうしてもレベルが違うように感じてしまう。


かつてチーズフォンデュに挑戦し、すべての食材がチーズ味になる料理に一度でギブアップした私たち...
やはり生まれ育った環境で身についた味覚というのは、そう簡単には変わらないものだと再確認した次第である。


さて、次はどこの国の料理に挑戦しよう...



7.1.26

聴くよりも読む方が好き

 ここ最近、眠る時には朗読を聴いている。

少し前までは、ベッドに横になりながら YouTube を観たり、映画を観たり、はたまた本を読んだりして、寝入るまでの時間を過ごしていたのだが、おそらく首の筋を違えたと思われる悲惨な症状に 3 日 3 晩苦しめられてからは、首をいたわるべく、"正しい姿勢" で目を瞑り、そして朗読を聴きながら眠りに落ちるという方法を取ることにしたというわけだ。

私にとって最も心地良いのは窪田等氏の声と落ち着いたトーンである。
他の方の朗読を聴いてはみたが、落ち着かず、聴き始めてすぐにギブアップしてしまった。

そんな心地良い声を聴き、物語に入り込む努力をしている私であるが、聴いているうちに、時折聴き慣れない言い回しやら、意味の分からない単語/熟語やらを耳にすることがある。そうなると厄介で、それらに遭遇した途端に、それに対する疑問が頭にこびり付いてしまって、(だが、夜中に起き上がってまでそれを調べる気力はもとより無く)結果的に物語に集中できないまま... 何だかよく分からなかった物語は、声は聞こえていた気がするが、寝ていたような気もするという状態を経て、いつの間にか終わっていたことに気づくことになる。
完全に、適当に聞き流すことのできない性格が災いしている。

実際に活字を追い、本を読む方が頭に入って来方が違うとどうしても感じてしまうのは、それが長年慣れ親しんできた方法だからという理由からだろうと思っていたが、どうやらそればかりではないようだ。


幼少期から、私は誰かと会話するよりも、何かを読んでいる方が好きだった。今でもそれは変わっていない。
親しいと思われる人とでさえ、会って話をすることにさして興味が無いのだ。
誰かに『会いたい』という願望などほとんど無い。

私は、要するに社交的では無く、人と面と会って話をすることには喜びを見出せず、会話は文面でのやり取りの方が遥かに楽しいという、"友達と連む" のを至上の喜びとしている人々には到底理解できないだろう性格をしているのだ。

相手のライフスタイルに何一つ自分と共通するもの(或いは興味を持てるもの)が無い場合がほとんどであった知人の中で、『雲の上のお師匠さん』は明らかに一線を画していたが、それでも実際に近くに居たいとは思わず、私に取っては、メッセージのやり取りだけで充分だったのだ。
ただそれだけでよかったのだ。





誕生した時間

日本にいる R (第一子)の誕生日を迎えた今朝、当時の記憶が蘇ってきた。 私はその数年前まで、そこ(市立総合病院)の医事課で働いていたため、元同僚やら顔見知りの看護婦さんたちがまだ働いており、特に親しかった知人たちは、私が分娩室から出て来るのを待っていてくれたのだ。 歯を食いしば...