昨日、姉から Line に連絡が来た。
母が転倒して大腿骨を骨折し、車椅子生活を送らざるを得なくなるまで住んでいた離れを、母亡き後ずっと姪っ子が片付けてくれていたらしいのだが、数多の山積みになった荷物をようやく一掃してたどり着いた洋服ダンス(かつて父が手作りしたもの)を開けたら、こんなものが出て来てビックリだったということで、添付されてきた写真を見て、私も思わず目を見開いてしまった。
送ってくれた写真には、離れの奥まった所にあった洋服ダンスの、その扉の内側にテープで貼られた紙が写っていて、母の直筆で「〇〇(母の名前)が死んだら 引き出し一番上にある服とスカート着せて」と書かれていた。
母にしては珍しく、書かれた日付が明記されておらず、いつ用意したものなのか誰にもわからないのだが、自分が死んだ時に着る服まで用意していたのかと、老いていく事の切なさをひしひしと感じてしまった日であった。
そのようなメモの存在など全く知らされていなかった姉は、母自身も書いたことを忘れていたと思うよと言っていたが、母のかつて抱いていた願いは、母亡き後 7 ヶ月半を経てようやく発見され、叶わなかった希望は虚しく幕を引いた。
姉からは、上記に加えて暑くてたまらない日々の様子が送られてきたが、私のかつて住んでいた市が外気温 41.4 ℃を記録したというので、私も T も、そして H も、そんな中じゃ生きていけないと目を丸くして驚いてしまった。
姉は、一日に 3 個もアイスを食べてしまった、冷凍庫にはぎっしりアイスが詰まってるよと、尋常でない暑さに熱中症気味になって慄いていることを書き連ねていて、おまけに降雨量が極端に少なく、駐車場脇に作った小さな畑に出てきた紫蘇の水やりが大変だと綴っていた。今年はきゅうりもナスも、何も植えていなかったのは幸いだったと...
日本にずっと住んでいても、近年の暑さは尋常ではなく、正に命の危険に晒されているのだ。
... そんな話を室温 11 ℃ のベッドの中で聞いていた時、別の人からメッセージが届いたという通知音がした。
先日 Line アカウントを共有したばかりの "天敵" が、律儀に、長い時間を経ても再会できたことを本当に嬉しく思っているとメッセージをくれたのだ。
私がどう返したかを聞いた T は思わず吹き出した。
喜んでいるステッカー(絵文字)をただ送っただけ...
きっと、彼もそれを見て吹き出していたことだろう。
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