24.5.13

サフランといえばイラン

NZ国内のインターネットオークションでサフランを手に入れた。


サフランは超高級香辛料で、スーパーマーケットで売られているもののほとんどが 1g 以下であり、私がこれまで買っていたものは 0.5g で NZ$9.90 もしていた。(日本円にして820円強)

中東/北アフリカ料理が好きな私は、サフランを使う度に「地元の人って、こんな高いスパイスを毎日使っているの?」と不思議でならなかったが、その収穫から製造工程までを考えると、決して安くは手に入れられないだろうこともよく理解でき、一体相場は幾らくらいなのだろうとかねがね疑問に思っていた。

インターネットオークションで探してみると、何人かがイラン産のサフランを売っていて、価格は 4.6g でおおよそ NZ$25.00〜$30.00 ほど。重さは9.2倍。同じ量だけスーパーマーケットで買うとなると、NZ$91 以上になってしまう。
歴然とした差を見た上で、まだスーパーマーケットで買おうと思う人がいるのだろうか?
確かに1本1本の長さは短く、より選った一級品ではないというのはわかるが、私は煮込んだり炊き込んだりしてしまうので、別に長さにこだわる必要も無く、迷わず(おそらくイラン人であろう人から)サフランを購入した。

移民の国では、世界中の色んなものが安価で手に入り易いというメリットがある。
ここでは英語さえできればそういった恩恵に与ることができるのだ。


これで、これからはサフランをケチらなくてもよくなった。




22.5.13

あ〜 やだやだ

かなり以前のことになるが...

同居人の(こちらで唯一の)日本人の友達がひょっこりやって来た。
以前はよく彼が遊びに来ると一緒にイタリアン・レストランに繰り出し、のんびりと世間話に興じるのが常であったが、昨年11月に一人目の子供が産まれると、さすがに彼だけディナーに出てくるわけにもいかなくなったようで、何かの用事で街中に出てきた際にちょこっと寄るという程度の付き合いになってしまった。

彼は案の定疲れ切った顔をしていた。
中国人の奥さんには出産前からご両親がサポートに来てくれていて、既に半年間、たいして広くもない借家に同居しているらしいのだが、産後の肥立ちがよくないというわけではないのに、未だ奥さんは子供の面倒をみる以外家事はほとんどせず、彼が仕事から帰ってくるとやれ掃除をしろ、食事を作れ、洗濯をしろ、子供をお風呂に入れろだのと、次から次に要求してくるというのだ。ひどい時には、仕事中に「家に帰ったら洗濯してよね」と携帯にテキストメッセージまで送ってくるらしく、それを聞いた私は彼女の凄まじい執念を恐ろしくさえ感じた。
何でも、彼女の友達の家庭では男性がほとんど全ての家事を行うのは当然のこととなっているらしく、こんなに何もしてくれない夫(実際にはけっこう積極的に家のことをしているように私には思えるが)など言語道断だと毎日々とがめられているのだとか...  すっかり意気消沈してしまった"日本男児"は、「こんな筈じゃありませんでした」と、やり場のない憤りを繰り返すばかりだった。


奥さんは夜の授乳で充分な睡眠が取れないのに昼間も眠られず、疲れが溜まり過ぎていて家事などできないと主張しているらしいのだが、出産、子育てを3度ほど経験した私には、「昼間も眠られない」というのはかなり誇張があるように思え、「家事ができないほど疲れているんだったら、普通眠気には勝てないでしょ。しかも、昼間も家事は全てお母さんがやってくれているみたいだし...、授乳とオムツ替え以外に何もしていないんだったら、寝る時間は腐るほどあると思うけどね」と、意地悪な姑のようなことを言ってしまった。

中国、殊に上海では、女性は家事をしないのが美徳とされていると、以前上海出身の(決して若くはない)ご夫婦から聞いたことがあるが、外に働きに出ている夫が家のことも全てやるのが当たり前で、"奥方"は夫が働きに出ている間家でゴロゴロしながらTVを観たり、ショッピングに出掛けたり、友達とランチを食べに行ったりして優雅に過ごしているというのを得意げに聞かされ、「あなたも上海の男性と結婚するといいわよ!」と勧められた時には、「いや、私はそんなのは気の毒で見ていられないし、申しわけなくなってしまって、かえって居心地悪く感じると思うよ」と、思わず反論してしまったことがあったが、上記の日本男児のパートナーは上海出身ではないし、子供が産まれる前は家事もこなしていたというから、もしかしたら育児ノイローゼから来るものなのかも知れないなと思えなくもない。

だが、相手に対する思いやりというのは何処に行ってしまったのだろうか?

夫である日本男児は、毎日々朝早くから、家族の為に好きでもない(実際、彼はもうずっと以前から職場の人間関係に嫌気がさし、辞めたいと口癖のように言い続けている)仕事に出掛けて行き、生活するためのお金を稼いできてくれるのだということを、有り難いとは思わないのだろうか?
彼女の親はそんな娘のイライラに対してどのように反応しているのだろう?

日本男児の近況報告を聞き、どうしたものかと話し合っていると、結婚というものがどれだけ面倒なものなのかがまざまざと見えてくる。

私は彼らの結婚の儀の立会人として署名した立場であるのに加え、人生の大先輩でもあるのだが、(現時点で)人生の 4/5 ほどをあの封建的な日本で過ごしたせいでか、どうしても、外で働いてきてくれた人に対して家の中でも身を粉にして働くのが当然だという主張には同意できず、何の助言もできないまま、ただただ、「あ〜、やだやだ」という言葉しか頭に浮かばなかった。

彼は今頃どうしているのだろうか?
お互いに納得がいく解決策を見出してくれているといいのだが...



二人並んで、ここで婚姻届にサインしたんだよなぁ...



全く関係ない話しだが...

たった今、同居人H(娘)が友達と近くにお茶を飲みに行くというので、「お土産買って来て〜」と冗談半分に頼むと、何が欲しいのか冗談半分に聞いてくれた。

「豆腐!」と答えたら吹き出していた。

そして、「わかったよー。(豆腐を)誕生日プレゼントにしてあげる」と言われた。

幸せな家族である。





19.5.13

仕事か趣味かと聞かれたら...

『あなたは前世では日本人であったに違いない』とfacebookにメッセージを送ってよこした人から、久しぶりに短いメッセージが届いた。

「ぼく達、いつ会える?」と。

何とも唐突な質問に笑いながら、私はこう答えた。
「今作っている蝶が、羽根を羽ばたかせて標本箱から出た時に」と。

すると彼は、
「羽ばたかせるようにリクエストする」と、すぐに返事をよこした。

私はそれに対して何と答えようかとしばらく考えていたが、どうにも答えが見つからず、
「 :) 」とだけ打って返信した。

『今作っている蝶』はガラス製だから物理的に飛ぶわけは無い。しかも、標本箱入りだ。だが、見る人の感性によっては羽ばたいて見えるかも知れない。まるで絵に描かれた情景が浮かび出て、あたかも目の前に実在するかのような錯覚に陥る瞬間と同じように。

こちらで知り合ったある日本人の女性は、先日私のアイコンとも言える桜のランプを見た瞬間鳥肌が立った。彼女はそれを見て何かを感じたのだ。

前述の男性はヨガや瞑想といったスピリチュアルな世界に住んでいるらしく、彼もやはり私の作品を見て、By chance tripped by this profile; and stand speechless by the works exhibited here. The sense of depth and expression is very special. と最初のメッセージに書いてきた。
彼もまた、私が掲載した作品の写真を見て、その『深いところ』を見てくれたのだ。


私は奇を衒ったものをあえて作ろうとは思わない。奇想天外なものには興味が無く、これで金儲けをしてやろうという気も、有名になりたいという気もなく、ただただ自分の思いをどのようにして表現しようかと、そんなことばかりを考えて作っている。

少し前、マフムートに、グラスワークは仕事か趣味かと聞かれて、「仕事というのは収入が伴うものという定義がなされるべきものならば、私の作業は単なる趣味と言う他はない」と答えたのだが、その通りなのだ。

この作品を作るのに諸経費が幾らかかり、時間がどれほどかかり、幾らで売れると金勘定ばかりしていたら、とてもじゃないが作品作りなどしていられない。
また、他人にどう見られるかをいつもいつも気にして、『世間に認められなければならない』といういわば強迫観念のようなものに縛られながら、自由な発想の作品がどうして作れよう。

私は自分の感性で作りたいものを作る。だから、この制作活動を"仕事"にはしない。

これは私の"生き方"だ。

生活の糧を得る為の "仕事" とは別物だ。






11.5.13

口から出るものが人を汚す

昨日、聖書を熱心に勉強する団体の人たちが来てくれた。
初めて我家に来てくれた人は名前を名乗ってくれたのだが、全く覚えていない。大変失礼なことに、最初から覚える気が無かったとしか言いようがないほど記憶にない。

それはさておき、せっかく来てくれたのだから、お茶の一杯でもと、裏庭にあるアトリエに招き、ハーブガーデンで栽培しているミントを摘んできてミントティーを入れた。

「お砂糖を入れた方が美味しいと私は思う」と前置きをした上で、お砂糖は入れるかと尋ねた。お二人は私の助言に従って甘くしたミントティーを口に含み、砂糖入りの方が絶対に美味しいと想像できると言って、ほんのり甘いミントティーをたいそう喜んでくれた。

ミントティーなるものをよく飲むのかという質問から話が始まり、もっともっと美味しい本場のミントティーを飲める所があるという話に発展し、いつものことながら、私のお気に入りの北アフリカ料理店を紹介すると、その店が入っている中国系のフードコートはあまり清潔なイメージがないという話になった。
私のイスラエル人の友達も同じことを言っていた。

まぁ、確かに綺麗なイメージはない。近くのテーブルでホームレスらしき人が食事(誰かが食べ残していったもので)をしていたりするのは日常茶飯事だし、雀も残飯に集まってきたりしているのを見ると、ウッと思う人がいるのも頷けなくはないが、そういった光景を見ることはまず無い普通のレストランに入って、掲示が義務づけられている市の衛生管理基準のグレードが 「C 」とか 「D」とかになっているのを見たりした日には、フードコートの衛生云々どころではないなと私は思ってしまうのだ。

以前日本人経営のラーメン屋に入り、料理を注文した後で、グレード「D」というのを目にした時には、オーダーをキャンセルして店を出ようかと思ったが、気弱にもそれはできず(オーダーする前に確認しなかったこちらが悪い)、頭の中は「D」という文字でいっぱいになり、キッチンがどれほど不衛生かを想像しながらラーメンを食べる羽目になった。
また、数年前まではよく行っていた美味しい中華料理店のグレードが、気がつくといつの間にか「E」になっていた時には、「食べて大丈夫かな?」とかなり心配になったものだが、その店はもう無くなってしまい、あまりの不衛生状態が続き営業許可が下りなくなったのか、はたまた別の場所に移ったのかわからないまま終わってしまった。

あの掲示はぜひ店に入る前に確認できるように、掲示場所を限定して頂きたいものである。


ホームレスやら雀が集まっては来るものの、上記のフードコート内の私のお気に入りの店はグレード「A」であり、某日本のラーメン屋や某中華料理店(複数)等々に比べて、よほど衛生に気を配っていることは火を見るよりも明らかだ。しかも、注文する前に確認できる。
それにもかかわらず、やはりそのフードコートは『汚い』というイメージが強烈に定着してしまっている様子の彼女達は、そんな所で食事をして大丈夫なんですか?と繰り返し聞いてきた。

私は笑顔で答えた。
「(聖書には)口に入るものではなく、口から出るものが人を汚すと書いてありますから」と。


私は今度の誕生日にも、去年と同様そこに食事に行くことに決めている。
どんな気取ったレストランよりもそこがいい。




4.5.13

君は言うことを聞かない人だ... か

「まったく君という人は、言うことを聞かないんだから...」と笑われたことがある。

買い物に行って現金の持ち合わせがなかったので、不本意に『ツケ』で買って来てしまい、家に戻ってすぐにとんぼ返りし支払いをした時のことだ。
彼は「いつでもいいから... もっと言えば、払わなくてもいいくらいだ」と言ってくれたのだが、私はその厚意に甘えもせず、借りたものはできる限り早く返すというポリシーに則って行動しただけで、別に特別なことをしたわけでもなく、悪いことをしたわけでもない。あなたにとっては、私が『言うことを聞かない人』でよかったじゃないかと内心思いながら、私も笑って支払いを済ませた。

ある友人はマッサージ師の資格を持っていて、過去にその仕事に従事していたということで、頼んでもいないのにマッサージしてくれるというので、「ごめん、私はマッサージ嫌いなのよ」と断固として譲らなかった。
マッサージよりもはるかに効き目がある塗り薬も持っているし、マッサージなんて所詮一時的なものだと思い込んでいるので、無料だと言われても受けるつもりは更々無い。

少し前、私のステンドグラスの仕事用に作ったfacebookのページにメッセージが届き、私を日本人だと想像してか、日本をべた褒めするような言葉の羅列に加え、東京に知り合いがいたらぜひ紹介して欲しいとか書いてよこした。私は日本には住んでいないし、残念ながら東京には知り合いは居ないと返事を送った(事実である)。
「日本に住んでいない」+「東京に知り合いは居ない」という言葉だけで相手は私を日本人ではないと判断したのか、「あなたは日本のことをとてもよく知っている。察するに前世では日本人だったに違いない」と返事が来た。
私は、「前世というものが存在するとしたら、私はおそらく日本人ではないと思うよ。私は典型的な日本人の感覚を持ち合わせていないからね」と答えた。その後はメッセージが来なくなった。きっと彼は『典型的な日本人』が好みなのだろう(笑)
まぁ、メッセージは来なくなったが、時々更新するページは見てくれているようで、今でも気に入ったものには Like してくれたりしている。


つい先頃GP(家庭医)から電話があった。
「あなた、最近乳がんの検査受けた?受けてなかったら受けなくちゃダメよ」

これまでも幾度となく乳がん及び子宮がんの検査を受けるよう強く勧められたが、全て断ってきた。今回も受ける気はないと断ると、どうしてだとしつこく聞いてきた。
「癌になっても治療して長生きしたいと思わないからだ」と答えた。
要するに、私には長生きしたいという欲望が全く無いのだ。もっといえば、既に長生きし過ぎたと感じているくらいなのである。

病気によっては寝たきりになって家族に負担をかける可能性が高いものがある。そういう類いの病気については、家族のために治療を受けることにしているが、それ以外で自分の身に起こることについては単に寿命だと思えばいいと認識している。


思うに、私はやはり『言うことを聞かない人』なのだろう。
でもまぁ、これが私の生き方だ。

「ありがとう」ではなく「すみません」

病院に面会に行き、エレベーターが自分の居る階に来るのを待っている時の光景... 到着したエレベーターから降りる人は、必ずお辞儀をしながら降りてくる。 乗り込む際、最後に入ってくる人もまた、お辞儀をしながら入ってくる。「すみません」と言いながらお辞儀をする人が圧倒的に多い。 また、...