14.1.19

Blue Spring Putaruru, New Zealand

先週金曜日、同居人HのBFが、正月休暇を使って私を Putaruru Blue Spring に連れて行ってくれた。

出かける前に皆で大家さんの家にご祝儀+手作りの贈り物を届けに行くと、「こんな気を使わなくてよかったのに」と奥さんは遠慮がちに受け取ってくれ、家の中に入ってちょっとゆっくりして行ってと誘ってくれた。
超フレンドリーなHのBF, R(大家さんとは初対面)は、Thank you! というが早いか、玄関で靴を脱ぎ始め、奥さんの後をついて行ってしまったため、私とHも後に続くことになった。

その日、Rの車のエアーバッグをリコールのため交換修理することになっていて、既に予約した時間を若干過ぎていたため、私は気になって仕方がなかったのだが、Rは全く気にする事なく、結構な時間楽しそうに大家さん夫妻と話をしていた。

大家さんの子供達だけではなく、奥さん自身もNZ生まれ、NZ育ちなのだが、インドの伝統というのはずっと受け継がれていて、翌日の Pre-wedding Dinner Party で出される食事も、インドのベジタリアン ディッシュのみなのだそうだ。しかも、親族が皆集まって、約1000人分の食事の用意をするというので、そりゃものすごく大変だねと驚いた。
1000人も集まるというのだが、そのディナー パーティは新郎側のもので、新婦側は新婦も含めて出席せず、新婦側は結婚式本番をインドの伝統的な衣装と作法に則って行うものと、西洋式に真っ白なウェッディング ドレスを着て行うものと2回執り行うのを担うのだそうだ。
結婚式はオークランドではなく、新婦の実家のあるNZの首都ウェリントンで1週間後に執り行われることになっているため、こちらに集まった数えきれないほどの親族の大移動で、結婚式直前のフライトは、おそらくインド人乗客だらけとなることだろう。

NZは人種のサラダボールと言われるほど多くの移民が存在する国だ。
私はこれまで中東や北アフリカの人々、スペイン人、中国人、韓国人などとも交わりを持ってきたが、それぞれの文化を直々に教えてもらえるというのは非常に嬉しいことで、今回のように親戚でも友達でもないのにその伝統的な行事に参加できるというのは、願ってもない好機なのである。

私と同じように好奇心旺盛なRは、大家さんの話に食い入るように聞き入っていて、話がいつまでたっても終わりそうもなかったので、そろそろ出発しないと、今日中に帰ってこれないよと私は笑いながら促し、車の修理店に1時間半以上も遅れて着いた後に、ようやくBlue Springs に向かって出発することとなった。

オークランドからは車で約2時間半。ほとんど時速100kmでの走行だ。


広大な牧草地帯の真ん中を走って行く途中、軽いランチを食べに小さなタウンのカフェに寄り、道路の反対側に停まっていたアイスクリーム バンで大きなブルーベリー ソフトクリームを買い、動物の糞の臭いが若干漂っていた公園のベンチで一休み...
カフェの奥まったところにあったテラスは、美しい花で飾られていた。





しばしの休憩の後、また数多のトウモロコシ畑の脇を100kmで突っ走り、灼けつくような陽射しの目的地に到着した。


ゲートで区切られた散歩道に入って行くと間もなく、息をのむほど透き通った、信じられないほど美しい川が目の前に現れる。



澄み切った青と緑のコントラストがこの上なく美しく、遠くからでも底の石や砂がはっきりと見え、これまでの人生で見た最も美しい川に感動せずにはいられなかった。








所々にプケコが居て、水に入って草をつついていたりもした。


2時間のトレッキングコースを周るかと聞かれたが、Rが車を取りに行かなくちゃならない時間が迫っているからと、丁寧に辞退した。(そんなに歩く自信がないのはバレバレだった)

帰りの道すがら、Timber Museum にも立ち寄ってくれたが、受付には誰もおらず、中に入っていくと既に戸締りを始めていた年配のおじさんがいて、閉めている間だったら少し見ていていいというので、入場料も払わず(一人 $12.50)昔の sawmill (製材所)跡を見させてもらった。Timber Museum というよりも製材所の機械類の展示場という感じで、私にとっては入場料を払っても見たいというものではなかった。

その後は、Rのお父さんが住む農場に寄り、農場に到着する数分前に道路ですれ違ったお父さん(何処かに出かける用事があったらしい)に車の中から簡単に挨拶をし、牛を見て帰って来た。



NZのカントリー サイドは平和な感じがしていいなと、改めて思ったが、生活するには不便だろうなと、街に住み慣れた私たちはやはり思ってしまう。
Rも、そして私たちの大家さんも、田舎は家も安く買え、生活費も安く済むが、仕事が無いのが大きな問題で、農家でない限りは、結局仕事をゲットするために街に出なくてはならなるのだと言って、ため息をついていた。

仕事がある場所は家の値段がべらぼうに高く、特にオークランドの中心地では異常な金額となってしまっている。一人の稼ぎでは一生かかっても家を買うことなんてできやしないのが現状だ。

ロト運が無い人は、結婚し、郊外にそこそこの家を買い、2人で汗水垂らして働き、残りの人生のほとんど全てをローンを返済することに費やして人生を終えることになるというわけだ。

人生、上手くはできていない。


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