21.2.15

世の中にさらぬ別れのなくもがな 千世もといのる人の子のため

父が85年の生涯を閉じた。

真面目で、欲深くなく、質素に生きた父の遺品は驚くほど少なく、大事にしていた大工道具のほとんどは私が引き継ぐことになった。

もう長く生きられないと悟った父は病床で刃物の研ぎ方を私に丁寧に教えてくれた。私は雲の上のお師匠さんのおかげで刃物は既に父が言った通りに研いでいたため、うん、うんと頷きながら聞くことができた。

勉強家だった父は、西洋の鉋と日本の鉋の違い、鋸の違いなどをよく知っていた。歳が多くなってからはほとんど何も作っていた風ではなかったが、それでも台所で使う包丁を研ぐのは父の役目だったようで、外の流しに砥石もあるから、それも持って行けと私に言った。西洋のオイルをしみ込ませて使う砥石は、どうも私は使い辛くて好きではないと言うと、父は深く頷いていた。

荼毘に付される父を身を切られる思いで見送ったのは言うまでもないが、それ以上に辛かったのは棺に入れられた父が家から担ぎ出され、車に乗せられて家を後にした時だった。

人間いつかは必ずこの世におさらばする時が来る。
できることなら避らぬ別れに心を痛める回数を極力減らしたいものだと、知人の数を意図的に減らし、誰とも親しくならないように努めて生活してきたというのに、どこからともなく根性の腐っていない人が私の前に現れ、離れようと試みてもなかなか離れて行ってくれない。

離れなくては…

もう悲しむのはウンザリだ。



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