20.11.16

私が一緒に居なくてよかったね

父が亡くなってからというもの、姉は一人になってしまった母の面倒を以前にも増してよく見てくれている。

年老いた母を連れて北海道巡りの旅に出掛ける時には、歩くのが少しでも楽になるようにと折りたたみ式の杖を買って用意してくれてあったり、ずっと母に寄り添って、ゆっくり歩いてくれていたようだ。

今年は台湾ツアーにも連れて行ってくれた。
考えるまでもなく、歳を取った母親抜きで一人で行った方が楽に決まっている。だが、姉は母に一緒に行くかと聞いてくれるのだ。

母は旅行に限らず外に出かけるのが好きだ。そして姉も同じ。

それとは正反対に、私は父親に似て、外に出かけて行くよりも自宅で何かを作っていたり、本を読んでいたりする方が好きで、旅行にはさして興味が無い。



私は母に送ったメールの中にこう書き添えたことがあった。
「よかったねぇ、お姉さんが色んな所に連れて行ってくれて。」
「私が一緒に住んでいなくてよかったね。」
母からその返事は無かった。



かつて活動的な知り合いがいた。
彼は度々、「一緒に台湾に行こう」と誘ってくれたり、「モロッコに行かないか?」「ニウエに行こう」などと呼びかけてくれたのだが、「行かない」と断り、「これからは僕が色んな所に連れて行ってあげるよ」と言ってくれても、笑って済ませただけだった。

そんな彼が「電話してきて、いつでもいいから」と言ってくれた時、私は何と返事をしたと思う? 私は、「電話しないよ」と返事をしたのだ。
実際、電話もメールも何もしなかった。その時点で私達を繋いでいた糸が完全に切れたように思った。


多くの人は、私と居てもつまらないだろうと思う。
TVも観ない(TVなど家には無い)。世間のゴシップには全く興味が無い。どこかに出かける気も無い。世間の人が楽しんでしている多くのことに興味が無い。また、媚も売らなければ、歯が浮くようなお世辞を言う気も無い。

いつからこうなったのかと振り返ってみても、劇的な変化を遂げた形跡が見当たらない。
多分、ごく小さな頃からこうだったんだろうとしか思えないのだ。


歳を重ね、この世で生活するのに適さない人格を備えて産まれて来てしまったと痛感するようになった頃から、カミュの『異邦人』に書かれている事柄が更に深く心にしみるようになって来た。

私はこの世に期待することも、希望することも何も無い。

だから、放っておいてくれないか…
親切そうな人が目の前に現れる度、心の中でそうつぶやいてしまっている私が居る。






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