12.11.15

一日中サンディング




フォード エスコートのドアの内張板にスピーカーをはめ込むための穴を空け、4枚の内張全てを切り終えたのだが、この板をドア本体に留めておくためのピンは、空けた鍵穴部分よりも厚みが少なく(そこまで考えずにテキトウな厚さの板を買ってしまったのが間違いだった)、仕方がないのでサンダーでひたすら削って厚みを合わせていたのだが、この板が硬くてササッと削れず、おまけに、電動サンダーに貼付けて使うサンドペーパーがすぐに取れて来てしまうようになってしまったので、どうにも使い辛く、途中から手でサンディングしていた。
午後3時半近くになり、今日はもう手で削る気力が無くなったため、早めにアトリエの鍵を閉めて家に戻って来た。

明日もまたサンディングの続きだ…


シェラックを3度塗り、0000番のスチールウールで磨いた後、ビーズワックスで仕上げた眼鏡ホルダーが、ようやく出来上がった。NZ Rimu製。
木製なので眼鏡を傷つける心配もなく、大振りなのに適度に軽い。
紐は今回は皮ではなく、サテン シルクにした。(皮の紐は汗をかいたりすると色が落ちる場合があるため)



オークランドは最近ようやく初夏の気温になり、日中20℃を越える日も出てきた。




11.11.15

正確さが要求される仕事

このところずっと週末も休み無くスタジオで作業をしているため、かなり疲れが溜まっている。

前のドアにはスピーカーを埋め込むため、内張に大きな穴を空けないとならない。
正確な位置と大きさをどのように型紙に写そうか…


今週中にはこれらにファブリックを貼り終え、ドアに取り付け終わりたいなと考えているが、この合板が硬過ぎるので、上手くいくだろうかと少々心配になってきた。



作りかけのペンダント兼眼鏡ホルダーは NZ Rimu で作ってある。
Rimu は色が濃い目だが、それよりもはるかに濃い色のこの合板は、何の木を使っているのだろうか?
余った板で何か作ってみたいと思う色合いなのに、切り口がガサガサになり、チクチクと突き刺さるようになってしまうのが返す返すも残念な板である。


9.11.15

後部ドアパネル内張作り

父親が眠るように息を引き取る瞬間の夢を見た。

現実の世界では、私は父の緊急入院の知らせを受けて急きょ日本に帰り、病院に直行したまま数日間看病を続けた挙げ句に、院内でインフルエンザに感染してしまい、父が亡くなる前日にダウンしてしまったため、父の最期を看取ることができなかったのだ。

今年2月始めに亡くなった父の夢を何度も何度も見るのは、最期まで付き添っていてあげられなかったという無念さと申し訳ない気持ちとがずっと心にひっかかっているためかも知れない。


さて、今日の任務はフォード エスコートの後部ドアパネルの内張作り。



ファブリックが張ってある外側はとてもきれいだったので、内側がこんなにボロボロだとは想像もしていなかった。

このパネルの型を取り、買って来た合板に写し取り、周囲をスクロールソーで四苦八苦しながら切ったら、次はパターン通りになるよう鉋をかけたり、スポーク シェイブやらファイル(ヤスリ)やら、サンドペーパーやらを使って形を整えたりし、その後、全ての穴を空け、周囲の鍵穴状のものは鑿を使って2つの穴をつなげて、今日の任務は予定通り終了。


この合板、表面も裏面もとても綺麗で、かなりしっかりとしたものなのだが、ノコギリで切ると繊維が引っかかってメリッと剥がれてしまったり、切り口の繊維が尖ってツクツクと出てしまったりと、扱いがけっこう大変だった。

同居人に、タバコの吸い殻入れを付けたいかと聞くと、要らないというので、一手間減ってラッキーだった。




8.11.15

頼まれもの ー その 2


2日かけて、無垢の板の厚みを減らし、綺麗に鉋をかけ、寸分の狂い無く丁寧に作った(組み立て終わった)カー オーディオのケースに、熱が籠らないようにする為の穴を空け忘れていたのに気付き、昨日、電動ルーターで空けたところ、無惨にも板が大きく裂けてしまい、悲惨な結果になってしまった。

無性に腹立たしくなって、作ったケースをコンクリートに叩き付けて割って憂さ晴らしをした後、すぐに新しく作り直し始めた。

最初、車の内装に使われている木目調の板に合わせて、無垢の板に着色して欲しいと言っていた同居人は、私の作業場に似た色のステインが無かったため、黒く塗っていいとすると言うので、それだったらわざわざ足りない幅を補う為に板を足して接着し、半日以上おいた上で鉋をかけて段差を無くし、接着面がわからないほど綺麗に仕上げる必要などないよなと、今度は合板で作った。

一生懸命に綺麗に作ろうと頑張っているのに、作業工程を事細かに知らない同居人が、あっという間に出来上がらないのを「仕事が遅い」と詰ったのを聞いて、かつて、私の父が丁寧に障子張りをしているのを見て、母が「仕事が遅い」と咎めていたのを思い出し、「まるで同じじゃないか」と、思わずつぶやいてしまった。そして、そう思ったことを夕食時に笑いながら話した。

3mm 厚のMDFで製作途中だったドアの内張は、色々な防水加工を試みたものの、どれも完璧ではなく、ダメになったらもう一度作り直すなどということは絶対にしたくないため、2枚を切った段階で製作をストップし、昨日 3mm の合板を売っているショップまで皆で買いに行き、かなり高額だったが仕方なく、これまで見たことも無かった "上等な合板" を購入して来た。

その帰り、ベトナム料理を食べに行き、隣りの中国人経営の食料品店で極細爪楊枝を買おうと入って行くと、こんなものを発見した。


これほどまでにカビの生えた商品を売っている店を見たのは、長い人生に於いて初めてだったので、かなり衝撃を受け、気分が悪くなった。

皮肉なことに、誠にお粗末な(お粗末過ぎる)商品管理のこの店は、Pan××re Fresh Supermarket (Pan××re は地名)という、この商品からは想像もつかないような名前だった。中には "フレッシュ" な物もあるのかも知れないが… これを見てしまうと、全ての商品の新鮮さを疑いたくなってしまうのは私だけではないだろう。

余談だが、この店のレジの所には、無銭飲食をしたと思われる女性の顔写真(目撃現場写真)が貼られていた。経営者にとっては、商品をタダ食いされたら腹立たしいというのはよくわかるが、そこまでしてしまうと経営者の根性のそこはかとない "いやらしさ" のようなものが感じられて、ついついその写真の女性にこう言いたくなってしまった。
「この店の物食べてお腹壊さなかった?」と…

『見せしめ』良く言えば『警告』として、その女性の写真を張り出しているのだろうが、私は、その隣りに是非ともこのカビカビの商品の写真を貼付けておいてあげたい。お客への別の "警告" として。


気持ちの悪い写真の後は、口直しに美味しそうな物の写真を載せても何の効果もないだろうから、先日オークションで落札した斧の写真でも載せておこう。





買ったまま、まだ研ぐ暇も無く、また緩んだ柄の修理もできないまま置いてある。
これは、昔手打ちで作っていた時代の刃物だ。きっと研いだら素晴らしい切れ味になるだろう。
同居人の車のアップグレードに関わらなくても良くなったら、のんびり修理するとしよう。


4.11.15

頼まれもの

同居人が買った1975年式のフォード エスコートには、ハザードランプも付いていなかった。
点滅させて他の車に注意を促すことのできる機能が無いというのは、どうなんでしょう?
旗を作って車の中に入れておき、緊急事態にはそれを(自動ではない)窓を下ろしてから外に出し、降るとか? 冷や汗ものだな…


週末になると皆で車いじり…

比較的車に詳しい同居人Tには、オーディオの装置を取り付けたり、ドアにセンサーを付けたり(ドアがしっかり閉まっていなかったら室内灯が点灯するように)、他にもやらなければならないことが山ほどあるため、総取替するドアパネルの内張を作る作業は、型紙作りからMDFの切り出しまで私が担当することになった。(内装は黒にするのだそうだ)


まずは段ボールに型を写してみたのだが、切り口がきれいではなく、正確さに欠けた為、キッチンで使うオーブン シートをつなげて、それに型を写し取った。



ドア ノブや窓を開閉するハンドルの穴は貫通しているので、型紙に写すのは容易で、その大きさにピッタリ合うドリル ビットを差し込み、いとも簡単に円の中心を出せた。


周囲の鍵穴状の穴は鉛筆で擦って型紙に型を写した後、二つの円の中心を見つけるために、まずそれぞれのおおよその直系を測り、別の紙にコンパスでその円を描いたら、半円をカッターで切り、その切った半円の窓を鉛筆で写し取った型紙の鍵穴状のカーブに合わせて、中心点を写していくことでよしとした。

さして重要ではないと思ったが、内張のファブリックの折り返し部分の目安にしようと、取りあえずその線も写し取っておいた。

その後、この型紙に添って薄いMDFを切り、目打ちで円の中心に印を付けた。
狭い場所で大きな板を切るのは本当に難儀なことだ。DIY ショップにあるような、板を立て掛けてカットできる機械があれば楽なのになと、つくづく思う。

そんなことをしつつも、スクロール ソーで切り出した飾り物へのペイントをしたりして、一日があっという間に終わってしまった。






3.11.15

金の斧、銀の斧…

「オークションで買っちゃった」
「何買ったの?」
「斧(オノ)」

大笑いする同居人たち。
鑿や鉋やノコギリよりもインパクトが強かったらしい。



私が幼少の頃、父が、ドイツのゾーリンゲン (Solingen) の刃物は質が良いと言っていたのをよく覚えている。
ゾーリンゲンは『刃物の街』と呼ばれるほどに有名な、ドイツ西部にある都市の名であり、そこに今回落札した斧のメーカー『Boker 』はあったのだそうだ。
この斧、年代物なのに、さすがにドイツ製だからか、そんなに安くはなかった。



斧と言って真っ先に思い出したのはイソップ童話…
同居人が、「金の斧と、銀の斧と、あと一つは何だった?」と言っていたので、「鉄だったと思うけど… 」とあいまいな返事をしておいた。


「あなたの落とした斧はこれですか?」

中古で買ったゾーリンゲンの斧です



30.10.15

"ハンディー ウーマン"

昨日、以前、私のスタジオで働いてくれていた女性から電話があった。
食料品の買い物に出掛けるけれども、一緒に行かないかという誘いだった。

電話を受けた時、外でペイント作業をしていた私は、急いで身支度を整え、まだ乾いていないペイントに触れないよう慎重に作品を移動させ、アトリエの鍵を閉めて出掛けた。

彼女は1年半前に連れ合いを亡くし、一人娘が日中学校に行っていて居ない間、一人で居るのが寂しくてたまらなくなるようで、一緒にランチを取っている間も、買い物をしている間も、ずっと喋り続けていた。

喋り続けること約5時間… 

彼女が最近 USAのオンラインショップから購入したという水着の話から、彼女の信仰する仏教の話、娘の話、借家の話、友達の話… 絶え間なく話し続ける彼女を見ていて、あぁ、この人は一人では居られない人なんだなと思った。

彼女の購入した水着は縫製がひどくお粗末で、脇の縫い目が  10cm 近く開いており、何でこんな風になっているんだろうと見てみると、その部分だけ縫い代がかがり縫いから完全に外れていた。


ミシンで縫っていてそれに気付かないわけがないと私は思うのだが、縫子はどこを見て仕事をしていたのだろうか… 
しかも、縫い上がった物が消費者の手元に届くまでには少なからず何人かの手を経て、何人かの目にも触れているだろうに、誰もそれに気付かなかったのだろうか…

失敗した部分をほどいて縫い直すのは手間がかかるから、気付いていてもそのままにしたとしか思えないような、そんな製品を見ていると、「全く、消費者をバカにしているよな…」としか思えなくなって来る。
それを買った人のことなど微塵も考えてはいない。

もちろん、クレームすれば新しい物と交換してくれるだろうが(当然そうしなければならないのだが)、彼女は送料を節約する為にアメリカに住んでいる友達に受け取りと転送を頼んでいたため、時間も手間もかかってしまい、また友達の手を煩わせた上に、二重に送料を負担しなければならないということもあって、クレームできずに泣き寝入り…

どんな粗悪な物でも、とにかく売ってしまって、クレームが来たら交換すればいいだけのことだというのが、大方の大量生産品の製造及び販売業者のポリシーだ。検品などする気は毛頭無い。

タグに印字されている言語を見れば、この企業の商品が様々な国で販売されていることがよくわかるが、製造された国内だけで売られているならまだしも、世界中の多くの国に『お粗末な Made in ×××××』をこのように知らしめることによって、元々は素晴らしい技術を持った国が『粗悪品製造大国』という汚名を着せられてしまっていることに対して、それに関わる人々が何ら対策を講じていないことにも驚くばかりである。



そんな水着の直しを頼まれ、更にはキッチンに簡単な棚が欲しいというので、ちょうどいい寸法の物を作ってあげるよと約束して別れた。

私は何でも屋だ。
でも、どんなことをするにしても、こんなみっともない仕事はしない。


28.10.15

無用の長物

YouTube で木工のビデオをよく見るのだが、少し前からあるCNCマシンを売るメーカーが、人気のあるチャンネルをターゲットにして、機械を使ったビデオを公開することを条件にお高い機械を無料で提供するという、"いかにも"な販売戦略を立てているのをよく目にするようになった。

雲の上のお師匠さんはもちろんそんなのに飛びついたりしない人だという揺るぎない確信があるが、電動工具類で木工をしている人はもとより、これまでハンドツールを器用に使いこなし、きれいな仕事をしていた人までもが、CNCマシンでチープにしか見えない物を作るようになってしまっているのを見ると、あぁ、この人も"欲"に勝てなかったんだな… とついつい思ってしまう。

そのような人の中には、己の欲との葛藤が見て取れる人もいて、いわゆる金銭至上主義に必死で抵抗しようとしているのが垣間見えたりすることがある。そのような人を見ると、「負けるな!」とついつい心の中でつぶやいてしまうが、「負けない」でいられるには相当な確信と覚悟が必要で、この物質主義の世にあって、それらは容易に身につけられるものではないことを私はよく知っている。


つい最近、夕食時に、私がここで触れているメーカーのCNCマシンについて同居人が話し出した。同居人は特に木工に興味があるというわけではないのに、そういう人にまでそのメーカーのマシンは広まっているんだと、ちょっと驚いた。
私の同居人は今流行のドローンを逸早く購入し、細かい部品を組み立てて行くのを楽しみ、更にはコンピューターでプログラムして飛ばすまでの工程を毎週末集中してやっていたような人なので、結構時間がかかるだろうCNCマシンの組み立ては面白そうだなと言っていた。ただし、それで特別何かを作りたいかというと、別に作る物には興味が無いようで、最初のうちは機械を上手くコントロールしたいが為に色々作ってみるだろうけれども、その内に飽きてしまって粗大ゴミ化するに違いないことを、使う前からよくわかっている。

要するに、それがあれば助かるなと思いつつも手が出せず、仕方なく効率の悪い方法を取らざるを得ないことにかなりなストレスを感じていたという場合を除いては、所詮それらは無用の長物なのである。

大量生産品と何ら変わりの無い物を、一個人が作る意味があるのか? 『この世』に馴染んでいない私にはわからない。

一個人が高額な機械を揃えて、時間をかけてプログラムして、同じ物を絶え間なく作り続けたところで、コスト面で大量生産品に勝てようはずも無いのはわかりきったことだ。
なぜなら、製作にかかる材料費がまず桁違いに違うからだ。
一個人がどう頑張ったって、大規模工場が仕入れる価格で材料を仕入れられるわけがない。しかも、大量生産品を売って財産を築く人というのは、著作権など何のそので、売れそうだとなれば、コピーであろうが何であろうがおかまい無しに作って売ってしまうという芸当ができる。責任感など無いに等しい。

それでも生活できるだけの収入が得られる見込みがあると判断できれば、取りあえずやってみるという人も多くいるに違いない。

それで一儲けしようという野望のある人、特に、自分の手で作り出すということに別段こだわりが無く、とにかく少しでも楽をして金儲けをしようと考える輩には、その取っ掛かりとして、この機械は魅力的に映るかも知れない。ゆくゆくは徐々に機械の数を増やし、職人ではなくオペレーターをできるだけ安価に雇い、同じ物を大量に作らせ、大規模工場は無理でも、中小規模工場くらいは持つようになる可能性がゼロだとは誰も言えないのだから… 上手くいけばの話だが。
だが、一つ忘れてはいけないのは、上記のCNCマシンメーカーは、YouTubeで既に人気を得ている人々に自社製品を散蒔き、多くの顧客をゲットしようと画策しているということ。
すなわち、自分がそのマシンをゲットしたとしても、それを使って物作りをする人が他に山ほど居るということである。
今度はその中で生き残れるかどうかの戦いとなる。ある人はフリーのパターンを使って大量生産に励み、ある人は自分のデザインしたデジタルパターンを売るようになり、またある人は、それを使ってYouTubeでお金を稼ぐことを考えるようになる… そういう世の中になってしまっているのだ。

では、商売のためではなく、単なる個人の楽しみのためにだったら?
私は個人の楽しみに関してどうこういうつもりは毛頭無い。誰がどんなものを作って楽しもうが、その人の自由だ。


クラフト マーケットで、同じ物を大量に作って売っている人をよく見る。
同じように作ったつもりでも簿妙に違ってしまう正真正銘の "手作り品" には味があるが、コンピューター制御のマシンで作られた物は皆同じ。正真正銘の手作り品のような "味" を出せないと、以前CNCを使って仕事をしている人が私に言った。

確かに綺麗にできてはいるが、ただ単に綺麗なだけで、そこに深みを感じることはない。
だが、そこまでじっくり見てそれを感じる人がどれほど居るのだろうか?
この世の中はそのような味気ないもので溢れかえっていて、その中で育った人は大量生産品に何の違和感も感じていない。大量生産されたものを、ただ "ブランド名" の好みだけで選別しているに過ぎないのだ。そして、そのような物しか見ていない人にとっては、手作り品も何ら変わりの無い物でしかなく、そこに何の価値も見出すことはないのではないか… 以前、クラフトマーケットに出店していた時に、通り過ぎる人々を見てそう思ったことがある。


この間、久しぶりにアトリエに来客があった。
彼女はここでできた知り合いの中で最も信頼の於ける人で、くだらない世間話に花を咲かせる必要も無く、また、上辺だけ取り繕った話などしたこともなく、約4時間、お互いにずっと喋り続けていた。

彼女は切れの悪くなった包丁を数本持参し、私は研ぎ方を教えながら研ぎ、研いでいる間に刃物の良し悪しが如実にわかる実演もしたりした。

鉋がけなどしたことの無い彼女に、幾つかの鉋を使って板を削ってみてもらった。
彼女の目の前ででシャープに研いだばかりの品質の悪いブレードと、使ってからまだ研ぎ直していなかったかなりマシなブレードで同じ板を削ってもらうと、彼女はすぐに切れ味の違いを感じ取り、「わっ、全然違う!こんなにも違うものなんですね!」と非常に驚いていた。

また、私がスタンレーの鉋で削った板と、父から譲り受けた日本の鉋で削った板を見せると、私が説明を始める前に、彼女は表面の光沢がまるで違うことを指摘した。
光沢が違えば、もちろん表面の感触も違うわけで、その時初めて、彼女は日本の手打ちの刃物の良さを知ったかのように見えた。そして言った。「まだこういう手仕事をする人って居るんですかね?」と。

まだ居るとは思うけれども、数は少ないだろうし、もう既に高齢になっているだろうし、例え弟子を取ったとしても、その仕事で生活していけるだけの十分な収入を弟子たちが得られる保障など全く無いことを、親方として不憫に思ってしまうかも知れない。実際、長年その専門職に携わってきた達人の親方たちでさえ、ほとんどが満足に生活できる収入など得られない状態だろうと思うよと、私は話した。

この世は金銭至上主義の人々が生産し続けている "上等で無い物" で溢れかえり、職人魂を持った人々は "金銭的に負けて" 外に追いやられる結果となってしまった。
一旦このような状態になってしまったら、例え一部の人が懸命に復古を提唱したとしても、もう昔の状態に戻ることなど不可能だろう。

そんな、根っからの職人には夢も希望も無いような話をしていた私達だが、私達は職人を哀れんではいなかった。
彼女は『このサタンの(支配下にある)世』が、間もなく終わりを告げ、『この世』が過ぎ去ったら、次には神の支配による楽園でのストレスフリーな生活が待っていることを信じて疑わず、私は、………

何と書いたらよいのか、言葉が見つからない…
いつか、言葉が見つかったら、またこの続きを書くとしよう。


『こんな世の中、早く終わるといいですね』
信仰心の厚い彼女との会話は、その言葉で締め括られた。

The world is passing away and so is its desire, but the one who does the will of God remains forever.
- 1 John 2:17



27.10.15

夢をつむぐ人々 (67)科学の知恵で鉄を打つ 刃物鍛冶職人



なんて素晴らしい職人魂だろう。
威張ったところなど一つも無く、人柄の良さもしっかり伝わって来た。

日本の交換式 使い捨てノコ歯の生産者及び販売者に、この人の爪の垢を煎じて飲ませたいほどだ。

良い道具は50年使い続けてもまだ使えるものなんだよ。
切れなくなったら新しいのに交換してください(新しいのを買ってください)などという恥ずかしい商売をしている日本のノコギリメーカーに、職人としてのプライドなど無いと、私は改めてそう思った。


職人として恥ずかしい仕事などできないというプライドを持った人が、このようにして世に知られるようになってきたことを、私は心から嬉しく思った。


25.10.15

フォトジェニックな車

同居人Hがずっと欲しかった車を手に入れた。
欲しかったと言っても、これまで一度も乗ったことはなく、性能云々も全く知らず、ただデザインだけで選んだこの車を、インターネット オークションで、実物を見ないで落札してしまった同居人… 少々離れた地域に住む人が出品していたため、見に行ってから決めるのはお金も時間もかかり、どうしようかとずっと悩み続けていたのだが、私はその車のナンバー プレートの文字と番号を聞いた瞬間から、その車は同居人のものになるだろうという確信のようなものがあった。

同居人が落札したのは、フォード エスコート1975年式。


この車、40年も前に作られたのに依然として人気があるようで、今でも結構な値段で売られているのだそうだ。

さすがに40年ものだけあって、所々錆は出ているものの、そんなに深く浸食されている部分も無く、古い割にはおどろくほど状態が良かった。
だが、それ以上に驚いたのが、構造上の特色。
この車、超面白い。

ポートから車を引き取って来る際、まだ本免許を取っていないHに変わって運転してきた同居人Tは、乗ってエンジンをかけた瞬間にウィンドー ウォッシャー液が出て、ワイパーが動き始めたのに仰天し、「何で????」「もしかして壊れてる??」と焦ったらしいのだが、走っているうちに、どこでそのスイッチが入っているのかがわかって大笑いしたらしい。


オートマチック車には一般的に左足を置いておく『フットレスト』というものが付いているという認識しか私達にはなかったが、この車のその位置には丸い物が付いていて、それを踏むと、ウィンドー ウォッシャー液が出て、ワイパーが動き出す仕組みになっていた。
足でウィンドー ウォッシャー液を出すなんて、歳食った私でさえ見たこともなければ、考えてみたこともなかった。



また、ハンドルの中央に警告音を鳴らすボタンがない。
「警告音を鳴らす機能が無くても一般道を走れるの???」と????だらけで説明書を読んだHは、読んでもよくわからず、図のインジケーター ストークの所にホーンの表示があるだけだというので、「押してみたら?」とテキトウに言ってみたら、大当たり! でも、さすがに、インジケーター ストーク自体が奥に押されて入り音を出すとは誰も思っていなかった。

また、ボンネットを開けるレバーも探し回った挙げ句、座ったままでは手が届かないだろうと思えるほど奥まった所に付いているのを発見したり、シートベルトはまるで飛行機の座席のシートベルトのような構造で、一旦締めると身動きが取り辛くなって、これまた笑えるネタとなった。

想像し得なかったことの連続で、ずっと笑いっ放し。こんなに面白い車を見たのは初めてだ。

今日はみっちり半日かけて錆び落としをしたり、中をきれいに拭いたり、同居人Tはドアロックを自動ロックシステムに変える作業をしていたりと、全員が楽しみながら作業をした。

良い子たちだなと、つくづく思った。
そして、写真写りのすこぶる良いこの車は、この子達が丁寧に手入れをし、これからもっともっと綺麗な車になって行くことだろう。


裏庭のリンゴの木には花が咲き出した。
また、レモネードの木にも一つだけ花が咲いているのを今日発見した。

NZは明日月曜日はレイバー デイ(勤労感謝の日)で休み。
明日もゆっくり寝ていられて嬉しい。










日本に荷物を送る準備

YouTube で犬のコートの製図を教えてくれているのを見つけ、早速製図し、まずは試作品を作り、その後超個性的な生地を使って本番に臨んだ。 製図はいたって簡単だったが、最初に使用した布は手持ちのやや厚手のフリースだったため(緑色の布は、以前作ったもののほとんど着用しなかった自分用...