16.1.19

一日二万歩越えのT & Indian Foods

東京滞在中のTは、気心の知れた友達たち(台湾人&マレーシア人)と共に、できる限り多くの体験をして帰ろうと、頑張って歩き続けている様子...

Tだけだったらおそらく行かなかっただろう築地マーケットやら、お台場やらにも行き、マリオカートを体験した後は超高級松坂牛のレストランで夕食という、完全に "外国人旅行客" の東京の過ごし方になっているわけだが、それはそれで結構面白いらしく、東京オートサロンを皮切りに、毎日二万歩越えのハードスケジュールをこなしている模様。
大好物のプリンは毎日違うものを買って食べているようで、この上なく幸せそうだ。

かなり長い間日本に帰省していなかったため、最初は、電車で隣に座った人が日本語を喋るのを聞いて、「あっ、この人日本人だったんだ」と咄嗟に思ってしまったと言っていたが、それを聞いた日本に住む長男は、「えっ???」とすぐにはその意味が理解できなかったようで、「その人、外人っぽい顔してたの?」などと聞いていた。

NZ、特にオークランドにはアジア人が多いのだが、圧倒的に多いのは中国人とインド人で、次に韓国人だろうか...   日本人はあまり多くなく、アジア人を見ても日本人かなと想像することがほとんどない環境。
私たちは90%以上の確率で国籍を判別できるようになったが、時に判別が付きかねる風貌のアジア人が日本語を喋っているのが聞こえて来たりすると、「あっ、この人日本人だったんだ」とちょっと驚く。Tは東京に着いても正にその状態で、周りがほとんど日本人だというのを、その時しっかりと理解したというわけだ。

私は昨年の帰省時に、店に入ると店員に「Hi.」と言い、市役所の窓口でも、病院の受付でも、まず最初に「Hi.」 と挨拶をしていたのを思い出した。流暢な日本語を話す外人?はたまた、いつでも最初に何故だか「はい(yes)」と言う変なおばさんだと思われたのかなと、後で思って笑えてきた。


T が日本に向けて出発した日、愛車レガシーのエンジンスターターが若干調子悪く、数日間心配しながら乗っていたのだが、昨日出かけようとしたら、キーのリモコンが効かなくなってしまっていた。
Line で T に連絡すると、ついにバッテリーが逝ってしまったのだろうとのこと。
私は車のことなど何も知らないに等しいため、外出先ではなく自宅で動かなくなってくれてまだよかったなとホッとした。

はてさて、どうしたものか...

Hometune という、自宅まで修理に来てくれる業者を頼もうかと思ったが、フィードバックを見てみると評価にひどいバラツキがあり、代金が『高すぎる』というものが結構多かったので、T が帰ってくるまでそのままにしておこうかと考えているところである。

とりあえず必要な物はスーパーマーケットのオンラインショッピングですませた。
送料は若干高めではあるが、最初の注文に限り$5.00 のディスカウントがあり、更に今月は何度注文を入れても、その都度 $5.00 のディスカウントクーポンコードが使えるという通知が来たので、車を使えない間はそれで何とか過ごせそうだ。配送が混んでいなければ当日配達可能であるのも有り難い。


昨日もまた裏の大家さんの家では結婚祝賀パーティーが執り行われていた。
家の玄関先に大きなテントを張って、非常に大勢の人が集まって来ていた。
インドの結婚の催しは何日もかけてお祝いをするとは聞いていたが、人々が集まれば食事を提供するのは言わずと知れたことで、毎日々大鍋で煮炊きをしている模様。さぞかし疲れていることだろう。

夜9:30近くなって、大家さんの長男がまたパーティーの残り物をたくさん持って来てくれた。
先日のジャガイモのカレー煮(?)は激辛でお腹がゆるくなったが、昨晩頂いたDhal と書かれていた Lentil(レンズ豆)のカレーは、マイルドでコクがあり、非常に美味しかった。



アーモンドが入った料理はほんのり甘かった。聞いたら、小麦を炊いて作る Lapsi というデザートなんだそうだ。ヨーグルトをかけて食べても美味しいということだった。


通常は、肉類がメイン ディッシュとなる我が家だが、ベジタリアン ディッシュだけでも暮らしていけるかも...   ふと、そんなことを考えてしまった。



14.1.19

Blue Spring Putaruru, New Zealand

先週金曜日、同居人HのBFが、正月休暇を使って私を Putaruru Blue Spring に連れて行ってくれた。

出かける前に皆で大家さんの家にご祝儀+手作りの贈り物を届けに行くと、「こんな気を使わなくてよかったのに」と奥さんは遠慮がちに受け取ってくれ、家の中に入ってちょっとゆっくりして行ってと誘ってくれた。
超フレンドリーなHのBF, R(大家さんとは初対面)は、Thank you! というが早いか、玄関で靴を脱ぎ始め、奥さんの後をついて行ってしまったため、私とHも後に続くことになった。

その日、Rの車のエアーバッグをリコールのため交換修理することになっていて、既に予約した時間を若干過ぎていたため、私は気になって仕方がなかったのだが、Rは全く気にする事なく、結構な時間楽しそうに大家さん夫妻と話をしていた。

大家さんの子供達だけではなく、奥さん自身もNZ生まれ、NZ育ちなのだが、インドの伝統というのはずっと受け継がれていて、翌日の Pre-wedding Dinner Party で出される食事も、インドのベジタリアン ディッシュのみなのだそうだ。しかも、親族が皆集まって、約1000人分の食事の用意をするというので、そりゃものすごく大変だねと驚いた。
1000人も集まるというのだが、そのディナー パーティは新郎側のもので、新婦側は新婦も含めて出席せず、新婦側は結婚式本番をインドの伝統的な衣装と作法に則って行うものと、西洋式に真っ白なウェッディング ドレスを着て行うものと2回執り行うのを担うのだそうだ。
結婚式はオークランドではなく、新婦の実家のあるNZの首都ウェリントンで1週間後に執り行われることになっているため、こちらに集まった数えきれないほどの親族の大移動で、結婚式直前のフライトは、おそらくインド人乗客だらけとなることだろう。

NZは人種のサラダボールと言われるほど多くの移民が存在する国だ。
私はこれまで中東や北アフリカの人々、スペイン人、中国人、韓国人などとも交わりを持ってきたが、それぞれの文化を直々に教えてもらえるというのは非常に嬉しいことで、今回のように親戚でも友達でもないのにその伝統的な行事に参加できるというのは、願ってもない好機なのである。

私と同じように好奇心旺盛なRは、大家さんの話に食い入るように聞き入っていて、話がいつまでたっても終わりそうもなかったので、そろそろ出発しないと、今日中に帰ってこれないよと私は笑いながら促し、車の修理店に1時間半以上も遅れて着いた後に、ようやくBlue Springs に向かって出発することとなった。

オークランドからは車で約2時間半。ほとんど時速100kmでの走行だ。


広大な牧草地帯の真ん中を走って行く途中、軽いランチを食べに小さなタウンのカフェに寄り、道路の反対側に停まっていたアイスクリーム バンで大きなブルーベリー ソフトクリームを買い、動物の糞の臭いが若干漂っていた公園のベンチで一休み...
カフェの奥まったところにあったテラスは、美しい花で飾られていた。





しばしの休憩の後、また数多のトウモロコシ畑の脇を100kmで突っ走り、灼けつくような陽射しの目的地に到着した。


ゲートで区切られた散歩道に入って行くと間もなく、息をのむほど透き通った、信じられないほど美しい川が目の前に現れる。



澄み切った青と緑のコントラストがこの上なく美しく、遠くからでも底の石や砂がはっきりと見え、これまでの人生で見た最も美しい川に感動せずにはいられなかった。








所々にプケコが居て、水に入って草をつついていたりもした。


2時間のトレッキングコースを周るかと聞かれたが、Rが車を取りに行かなくちゃならない時間が迫っているからと、丁寧に辞退した。(そんなに歩く自信がないのはバレバレだった)

帰りの道すがら、Timber Museum にも立ち寄ってくれたが、受付には誰もおらず、中に入っていくと既に戸締りを始めていた年配のおじさんがいて、閉めている間だったら少し見ていていいというので、入場料も払わず(一人 $12.50)昔の sawmill (製材所)跡を見させてもらった。Timber Museum というよりも製材所の機械類の展示場という感じで、私にとっては入場料を払っても見たいというものではなかった。

その後は、Rのお父さんが住む農場に寄り、農場に到着する数分前に道路ですれ違ったお父さん(何処かに出かける用事があったらしい)に車の中から簡単に挨拶をし、牛を見て帰って来た。



NZのカントリー サイドは平和な感じがしていいなと、改めて思ったが、生活するには不便だろうなと、街に住み慣れた私たちはやはり思ってしまう。
Rも、そして私たちの大家さんも、田舎は家も安く買え、生活費も安く済むが、仕事が無いのが大きな問題で、農家でない限りは、結局仕事をゲットするために街に出なくてはならなるのだと言って、ため息をついていた。

仕事がある場所は家の値段がべらぼうに高く、特にオークランドの中心地では異常な金額となってしまっている。一人の稼ぎでは一生かかっても家を買うことなんてできやしないのが現状だ。

ロト運が無い人は、結婚し、郊外にそこそこの家を買い、2人で汗水垂らして働き、残りの人生のほとんど全てをローンを返済することに費やして人生を終えることになるというわけだ。

人生、上手くはできていない。


6.1.19

ショール/スカーフを探す日々

もう少しで大家さん(インド人)の次男の結婚式があり、その前に計画されている Pre-wedding Dinner Party に私たち一家は招待されているのだが、Tはディナーの前々日に日本に旅立つため出席できず、行くつもりの全くなかったHのBF(ダッチ)が遊びに来た折にその話をすると、彼は行く気満々で、こんな機会は滅多にないから、自分はson-in-law(娘婿)として出席すると、勢いで?口を滑らせた。

「WOW! それって一種のプロポーズ?」と、すかさず聞いた私に、Hは少し困惑したように首を横に振り、BFはというと、ただただ顔を真っ赤にしてはにかんでいたが、何はともあれ、BFが一生懸命にHを説得し、私と娘、そして娘婿😁と3人で行くこととなった。

インド人のパーティーといえば、派手な衣装とけたたましい程の音楽、そしてダンス...

はてさて、私はいったい何を着て行ったらいいのか...
歳も歳だし、体型も...

しかも、履いて行こうと思っていたお腹周りのゆるいズボンは黒で、インド人のそのてのパーティーには黒いものは避けた方がいいと、いくつかのサイトに書かれていたため、ダメかも... と、他を探し始めたものの、なかなか良いものが見つからない。
地味な長めのドレスに派手目のショール/スカーフをすればいいかと、ショールは一応注文しておいたが、UKに注文を入れたアイボリーのズボンは果たしてパーティー前日までに届くのだろうか?また、サイズは丁度いいだろうか?などと、落ち着かない日々を送っている。

そんな最中、隣の超短気な住人(女性)の娘が開いたパーティーに出席していた女友達の内の一人が、昨夜、深夜11時を過ぎて突然異常な悲鳴を上げ始め、それが長く続いたため、不審に思った大家(我が家の裏に住んでいる)が警察に通報したと、私に電話が来た。
到着したポリス カーは7台にも及び、続いて救急車も現れ、救急車の中に入れられてもなお悲鳴を上げ暴れ続けていた子は、鎮静剤でも打たれたのか、しばらくすると静かになり、搬送されて行った。

大家が、「ドラッグの overdose(過剰摂取)じゃない?」と言っていたが、私はそういうのを見た経験がないので、何が起こったのか皆目検討もつかず、ただただ恐ろしい叫び声が耳について、昨夜はなかなか眠ることができなかった。

よく問題を起こす、超短気で危険要素をいっぱい兼ね備えた住人一家が、一刻も早く引っ越して何処かに行ってくれないかなと、更に強く思った夜だったが、引っ越した先でも同じことを繰り返すのだろうと思うと、引っ越し先は、ど田舎の、周りに家が無い所にして欲しいものだと願わずにはいられない。

* 昨夜パーティーに来ていた男友達連中の内の何人かは、警察が居る間近所を徘徊していたようで、近所に立っていた道路標識をポールごと持って、警察が居なくなったのを見計らって戻って来た。何を考えているのか、何が楽しくてそのようなことをするのか理解に苦しむが、その道路標識を駐車禁止の歩道に停めてあった友達の車の脇に置き、車を運転して何処かに行ってしまった。
また、他の数人の友人たちは、警察が到着する直前に発狂している友人を家の前の道路脇に置き去りにして "逃げた" かのように見えた。

『類は友を呼ぶ』という格言は言えている。
付き合っている人を見れば、その人がどのような性向を持ち合わせているかが良くわかるものだ。



2.1.19

超しょぼい打ち上げ花火で幕が開けた2019年元旦

昨年暮れは、年越し蕎麦を食べてすぐに寝てしまっていた私...

すぐ近くの広場まで新年の打ち上げ花火を見に行かないかと同居人Tに起こされ、この国に来て初めての経験をしに、真っ暗な急坂を登って息を切らしながら歩いて行ってみると、そこには数えきれないほど多くの人が集まっていて驚いた。
車も信じられないほどたくさん通っていた。



そんなに多くの人が出ているとはいざ知らず、カウント ダウン ギリギリに到着した私たちは、花火を撮影するのに相応しい、空いているスペースを探す時間がほとんど無く、そうこうする内に花火が上がり始めた。

花火は、市の繁華街に位置するスカイ タワーから打ち上げられるのが恒例となっているが、噂に聞いていた通り、たった5分間の、しかも超しょぼい、何の変哲もないもので、私たちのように、近所だから歩いて見に行ってみましょうかという暇人だったら、「まぁこんなものか...」で済まされるが、わざわざバスに乗って或いは車で遠くから出向くほど価値のあるものではなく、そういう人たちを見ていたら気の毒に思えた。



地味というよりも、お粗末という方が的を得ているオークランドの新年の幕開け...
まぁ、ド派手などこぞのイスラム教国よりは受け入れることができるかもなと、そんなことを考えながら、急坂を下って家路に着いた。(ちなみに、姪の一人は正にその国に旅行中だとか... )

日本に居る家族に新年の挨拶をしてから寝るとしようと、Lineで「明けましておめでとう〜」と送ったが、時差4時間... 日本はまだ年が明けておらず、実感なさそうな返事がきた。

今年、HはBFとロード トリップで色々な地方を周り、首都ウェリントンで新年を迎えたが、旅行中一度もアジア飯を食べていないようで、アジア飯が恋しくて仕方がない模様。

私は例年の如く電子レンジで餅を作り、昨年暮れに買っておいたきな粉と粒あんでおはぎも作った。

Tと二人でおはぎを食べながら、「昔を思い出すよね... 」と、しばし昔日の光景を語り合っていた。(母は出来合いの茹で小豆など使わず、乾燥豆を茹でて作っていたが、私は極少量しか必要でなかったため、迷わず楽な道を選んだ)




あと一週間ほどでTは日本に旅行。そしてその後しばらくすると、大家さん(インド人)の次男の結婚式があるため、ささやかなプレゼント(とは言っても、時間はかかっている)を作っているところだ。板は American Walnut を使用。



さて、今年はどんな年になるのだろうか?

29.12.18

ANNIVERSARY 松任谷由実




私だったら、泣いちゃって弾けないな...


笑える木工

20年以上前のことになるが、『笑う哲学者』土屋賢二氏の本を子供達に読むようにと勧めたことがある。特に何かにストレスを感じている時には、氏の本が特効薬となるに違いないと思ったからだ。

小難しい言葉を並べ立て、一部の人にしか理解できないような、読み始めた途端に頭の痛くなる(或いは眠くなる)ものを哲学だとしてきた人々からはおそらく顰蹙を買うに違いないが、土屋氏の何でも疑ってかかる姿勢というのは、物事を多角的に見、でき得る限り正確に理解する上で欠くことのできないものだと私は思っている。
氏は、物事を深く考えすぎていると言っても過言ではないほど真剣に(多分真剣に)、物事をああでもない、こうでもないと(又は、ああだこうだと)論じており、そのようにして考えれば考えるほど、問題としていたことがどうでもよくなってくる(真剣に考える価値が無いように思えるようになってくる)という面白い現象にはまり込んでしまうのだが、それはこの世で生きていく上で至極大切なことであるように、私には思えて仕方がないのだ。


さて、アトリエでの生活はと言うと...

私はこれまで "几帳面な物作り" を心掛けてきたが、綺麗にできているというだけでは何の面白味もなく、一旦生活の中に溶け込んでしまうと、全く気にならない存在になってしまうことに、最近気付いてしまった。

非の打ち所のない立派な家具よりも、見て「ふふっ」と笑えるようなものの方が存在感があるよなと、何故だか強く思ってしまった私は、狭いアトリエで邪魔で仕方がなかった激安扇風機のちゃちな足を、重量のある端切れ板(パープルハート)に取り替え、その安っぽさを全く損なわない仕上げにすることに成功した。


写真を撮って同居人たちに送ったところ、案の定ウケた。
同居人にウケただけではなく、アトリエに降りて行って、それを見る度に、自分でもあまりの安っぽさに思わず笑ってしまうのだが、見かけとは大きくかけ離れた使い心地の良さには非常に満足している。これまでのクロスの足は、扇風機が回るのに合わせてカタカタと音を出し、少々耳障りだったが、この板に替えてから、扇風機が付いていることを忘れるほど静かになった。しかも、板の色はみるみる変化し、今は完全な青紫色になっていて、何だか綺麗だ。



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父が使っていた4本の揉み錐は、柄が長く、狭い空間で穴を開けたい時に使うことができないという欠点があるため、短い柄の錐を探していた。
もちろん、新品ではなく、中古で質の良い物が出ていないかと探したのだが、この手のものは国内ではそう多く出品されることはないようで、欲しいと思ってから何ヶ月かかかってようやく手に入れたのは、Footprint の Bradawl 3本セットだった。



インターネット オークションで 3本 $14.00(+送料 $4.00)で落札した錐は、先がマイナス ドライバーのようになっていて、グルーと思われるものが付着していた。
マイナス ドライバーって錐として使えるのか???

私は "(私にとって)一般的な錐" が欲しかったので、ヤスリで四角錐に削り、柄の部分は剥がれかけていた塗装を削り落とした後、シェラックを塗っておいた。



この小ぶりな錐は、穴を開けるのはもちろん、印を付けるのに最適で、思った以上に重宝している。


1年ほど前に買ったRecord No.50 のヒビ割れは、エポキシ グルーで取り敢えず接着し使っていたが、グルーがさほど強くはなかったため、溶接機を買うまでの間もたせるようにと、Loctite Quick Metal Glue を使って接着してみた。


側面のヒビ割れ部分はほんのわずかのギャップしかなかったため、グルーがしっかり割れ目に入るのか疑問に思ったが、予想以上にしっかりとくっついたようで、一般に売られているエポキシ グルーなどよりは遥かに強く固定されたようだ。

ただ、1.5mm ほどのギャップに入れたグルーは2日経っても乾かなかった。
考えあぐねた末に、金属の削りかすを一緒に埋め込むという方法を取ったところ、功を奏したようで、これでしばらくは問題なく使えるだろうとホッとした。




今月買ったもののうち、使い勝手が良いものは、油を染み込ませた布を入れておく100均のケース。

椿油は工具類の錆を防ぐためのもので、アトリエで使用。
ホホバ オイルはキッチンに置き、和包丁の錆止めとして使っている。
この容器はサイズが丁度よく、開け閉めが楽で、蓋のストッパーもよく考えられた作りだ。




多くの木工を楽しむ人々が、木製品で身の回り品を揃えるのを喜びとしているが、私は木製の食器やらレードルやらを使う習慣が無いので、そのようなものはほとんど作らず、上記のようなプラスチック ケースを使うことにも違和感はない。

歳をとるに連れて、"こだわり" というものがどんどん少なくなって来ているような気がする。


18.12.18

2018年の師走

日中の最高気温が24℃にもなった今日、暑さのせいで身体がだるくてたまらなかった。
真夏でも30℃を越えることが滅多に無いNZに15年以上住んでいると、もう身体が一年中涼しい気候に順応してしまっているため、24℃でも暑く感じ、27℃を越えると『たまらなく暑い』という領域に入ってしまうのだ。慣れというのは恐ろしい...


同居人Tは先週いっぱいで今年の仕事を終えることになっていたのだが、今日も呼ばれたらしく、日当3万円を優に超える職場(とは言え、Tの職種では破格値=知り合い価格)に手慣れた作業をしに出掛けて行った。

Hは予定通り今週末に仕事納めとなるようで、クリスマスから年始にかけての休暇は、BFと国内の温泉地に旅行に行くらしい。真夏に硫黄の匂いしかしない温泉地旅行... ホテルが空いていたのだろうか?
ちなみに、Tは年明けに友達と日本に遊びに行くことになっており、HとBFは来年7月にそれぞれの故郷(日本とオランダ)に2人して2週間ずつ行くことになっている。HのBFは日本初上陸なため、物珍しいものだらけで、今から非常に楽しみにしているのだが、その楽しみの内の一つである "鯨を食べる" ことに関しては、Hは全く乗り気ではなく、鯨料理専門店はやめて、鯨肉も出る居酒屋の方がいいな... と、居酒屋探しをし始めた。

私は小学校の給食で鯨を食べさせられた世代であるが、給食だったせいか、美味しいと思った記憶など全く無く、鯨 = 「臭い」とか、「ボソボソ or モソモソ」とかいうイメージしか湧いてこない。T とHはおそらくこれまでに鯨を食べたことはないだろうが、日本のスーパーマーケットで売られていた鯨肉パックは見たことがある。見るからに血腥い感じがし、我が家ではレバー同様とても食べる気にはならないシロモノだ。

余談だが、NZで有名なベニソン(鹿肉)料理は、私たちにはどうしても『獣の味』という感じがしてダメだった。





先日、久々に一人で車を運転して食料品の買い出しに出かけた。
運転しながら、86歳を越えた母が最近車の運転をやめたと、日本に居る長男から連絡があったことを思い出していた。

長いこと無事故無違反で、買い物やら病院通いに毎日のように車を使っていたらしいので、運転をやめると決め、車を売り払ってしまったら、さぞかし不便になったことだろう。
私はたまにしか出かけないが、必要なものを買いに出かけるのに車が無いと非常に不便であることは確かで、私もその内母のようにシルバーカーを押して近場に買い物に出かけるくらいしかできなくなる日が確実に来るんだよなと思ったら、歳を取るのって残酷だよなと、更に強く思ってしまった。

シルバーカーを押して歩く時のために、足腰を鍛えておかなければならない。

長年膝の痛みを我慢し続けてきた母が、シルバーカーに支えられているとはいえ、歩いて買い物に行くことで更に痛みを悪化させはしまいかと、そちらの方が気になって仕方がない 2018年の年の瀬...

来年はどんなサプライズが待ち受けているのだろうか?


27.11.18

眠れない深夜に一人起きて考えた

夕食後すぐに寝入ってしまったため、深夜1時前に目が覚めてしまった。
もう寝られない...

作業途中の木工も、作らなければと思っているエプロン製作も、音を立てるので深夜に作業は出来ない。

仕方がないので、作ろうと考えているものを列挙し始めた。

 1.  作業用エプロン&アーム カバー
 2.  コーヒー テーブル
 3.  タンスの上に置く棚
 4.  錐などの小さなツールを入れておく箱
 5.  これまでに作ったステンド グラス パネル用のフレーム(複数)
 6.  iPhone 用アンプ
 7.  鋸目立て板
 8.  ステンドグラスのミニ ランプ
 9.  観葉植物用スタンド
10. Stanley No.45 Plane & No.55 Plane の収納ケース
11. Keepsake Boxes
12. 机の上に置く小物入れ
13. ステンド グラスで作った巨大蝶の標本箱 or ディスプレイ テーブル(動ける間に作らなくては...)

とりあえずはそんなところだろうか...

そして、この夏中に『やらなければならないこと』は、

1. ベランダのデッキの修理
2. バスルームの窓枠の補修
3. バスルームのペンキ塗り
4. 家中の窓枠の再塗装(全て木枠で、ペイントが剥がれてきているため)

出来ないことはないが、気が重い。
だが、大家さんに頼んで業者を呼んでもらうとなると、業者が家に入って来て非常に居心地が悪くなる。家も開けることができず、裏庭のアトリエで作業しているわけにもいかず、私は何もできなくなってしまい、ストレスの塊となるのは目に見えている。
そう、不便極まりないため、自分でやるしかないのだ。

また、専門業者であっても綺麗に仕上げてくれるとは限らない。安い業者に頼む可能性が大であることはこれまでの経験でよくわかっているので、自分でやった方が綺麗にできるのではないかと、ついつい思ってしまう。しかも、費用はさしてかからないだろうし...

自分の持ち家ではないのに、自分で直す。貧乏な家に生まれ育ったおかげで、できることが多くなっているのは良いことだとは思うが、自分がもう少し若かったらよかったなと、折に触れて思うようになった。


今日はNo.4 の錐用ボックス作りかな...
簡単なものから片付けていこう...


16.11.18

Recutting Saw Teeth, Sliding Bevel & Bluemoon

もう11月も半ばを過ぎた。

長男が東京に帰ると、我が家はまた何の代わり映えもない生活に戻ってしまい、全く覇気の感じられない非常に静かな家となっている。


いつものようにアトリエに降りて行くと、必要に迫られて作らなければならないものと、直ぐにやらなければならないわけでもない手直しが必要な工具類が目に入ってくる。
取り敢えず、作らなければならないものに取り掛かるも、不完全な工具をそのままにしていることに気が散り始め、直し始めてしまう...  そして、作業途中のものは次の日、また次の日と完成の日がどんどん延びて行くというわけだ。


2年以上前に買ったヴィンテージものの Spear & Jackson の dovetail saw は、歯がガタガタで、歯を新しく切り直す必要があった。




買ってすぐに、雲の上のお師匠さんのやり方に倣い、ガタガタな歯の部分をヤスリで全て削り取り、hacksaw を使って歯を切ることを試みたのだが、持っている hacksaw では上手くいかず、納得のいく仕上がりにはならなかった。
そして、そのまま放置すること2年...

数週間前、ふとその鋸が目に入り、歯を再度切り直し始めたのだが、まず、2mm 幅に歯の切り込みを入れるための治具を丁寧に丁寧に作り、再び 、新しいブレードを取り付けた hacksaw をお師匠さんの指示に従い少々調節した上で使用...   が、やはり上手く切れない...

鋸のプレートが硬いためか、hacksaw のブレードが治具の線通りに入っていかず、これでは埒が明かない(らちがあかない)と、他の方法を探し始め、見つけたのは父の使っていた日本の目立てヤスリだった。



使い込まれた少々欠けのあるヤスリを使って切ってみると、あんなに硬かったプレートがいとも簡単に、しかも素晴らしく綺麗に切れた。

次は、入れた切り込みに沿って三角ヤスリを当て、"刃" を作っていくのだが、これは日本の鋸の目立てとは比べ物にならないほど簡単な作業である。
そして、Saw Set を使ってアサリを出して作業は完了。

このようにして新しく歯を作り直した Spear & Jackson の鋸は非常に切れ味が良く、また、扱い易さでも他に優っているように思えた。

長い間気になっていた鋸の目立てを終え、ようやく踏み台製作に取り掛かると、製作に必要な測定器の一つが使い物にならないほどイイカゲンな作りであることが判明。


4年近く前に買った Stanley の Sliding Bevel と呼ばれる測定定規を使って、固定した傾斜角を板に記して行くと、sliding bevel の表を使った場合と裏を使った場合の角度が微妙に違っていて、最終的にピッタリ合わなくてはならない線が 2mm 近くズレてしまったのだ。

調べてみると、ブレードが真っ直ぐでなかっただけではなく、持ち手部分も大きな段差ができていて、不正確極まりない作りであったため、平らなガラスの上に貼ったサンドペーパーでハンドルをひたすら削り、ブレードは細かい目のヤスリで根気よく丁寧に削らなければならなかった。

新しくもう一丁買ってもいいかなと、精度の高いものを探していたのだが、どこぞのHPに、あの日本の有名な測定器メーカー『シンワ』製でさえ、ガッカリする作りだったと書かれていて、シンワもダメか...  はてさてどのメーカーのものを購入すればいいのだろうか... と、また探さなくてはならなくなった。
* ちなみに、Bahco 製は雲の上のお師匠さんが「しっかり固定することができない」とダメ出しをしていたので速攻で候補から外れた。

合格点を付けられそうな sliding bevel を探すこと2週間余り...

その間は仕方なく、手直しした Stanley を使って作業していたが、角度を固定するツマミが非常に邪魔な位置にあることにイライラがつのり、結局、自棄っぱちでシンワ製を注文してしまった。注文した翌日には届いてもおかしくない同市内に店があるのにも関わらず、2日も経ってようやく発送されたとの通知が来た。
なんともはや、やる気のない企業であることよ...


裾広がりの安定した踏み台にすべく、製図した通りに角度を付けて板を削る。
仕上げ鉋をかける直前までは、ザクザク削れる刃口が広めの鉋を使い、時々sliding bevel で角度を確かめながら削り込むのだが、テーブルソーなどを使えばあっという間に出来上がるだろうものを、あえて鉋だけで作るのは、感覚を良くするために他ならない。

sliding bevel で角度を測ると、コンマ何ミリという狂いをしっかり見つけることができる。その狂いを矯正できるのは、厳密に言えば、非常にシャープに研いだ刃を付けた仕上げ鉋だけで、極浅く刃を出し、盛り上がりの大きい側に若干重点を置く気持ちで、一度だけ鉋をかけて確かめる...  一度だけで事足りる場合もあれば、二度三度と鉋を滑らせる必要がある場合もある。その加減は慣れでわかってくるようになる。

そんなに厳密に揃える必要があるのか...  
もしかしたらそこまで正確にする必要はないのかもしれないが、私はそうやって自分の感覚を鋭くする努力をしているのである。



ベランダのブルームーンが綺麗に咲いた。
手入れをしてくれている同居人Tのおかげで、新芽も沢山出て来ていて、非常に元気だ。




23.10.18

3 TPI

6 TPI のバンドソー ブレードでは、板厚を薄くしたい場合には特に、切り口がうねってしまってどうしようもなかったため、3 TPI のブレードを買いに行った。

バンドソーを買った店に行き、店員にブレードの型番を言うと、店に陳列してある物を探し、あいにく品切れだと言っていたのだが、それではオーダーできるかと聞くと、そこでようやくコンピューターで在庫を確認し出し、長いことかかって「在庫があったよ」と...

初めから倉庫にある在庫を確認しましょう...

打ち出されて来たインボイスには私の名前ではなく、全く違う企業の名前が書かれていたが、それを見たら、商品管理のみならず顧客管理もが極めてイイカゲンだという事がよくわかった。

そのイイカゲンな会社から買って来たブレードのサイズは、表示よりも若干短く、バンドソーのブレード テンションを最も緩くしてようやく何とか装備できたのだが、一旦外れたブレード テンションを緩めるためのボルトを元に戻そうとしても一向に入っていかず、吐き気を覚えるほどのストレスを抱えながら、同居人Tに見てくれないかと頼んだ。
Tによると、ボルトの先端部分のネジ山が潰れてしまっていて入って行かなかったのだとのこと...
買ってから1年ほどのバンドソーで、一度もブレード交換をしたこともなく、そのボルトの先端に触れたのは今回一回だけだ。ネジ山はそんなに簡単につぶれるものなのだろうか?

また、下のホイールの位置を調節するためのネジは、4本中1本が壊れていて、空回りするだけだった。(下のホイールを調節したのは今回が初めてだ)

どう考えても、品質に問題があるようにしか思えない。
ちなみに、私の買ったバンドソーは HAFCO Woodmaster BP-360 。オーストラリアのブランドだが、台湾製? よくわからない。

散々な目にあったブレード交換は、私よりも遥かにメカに強いTのおかげで無事終了し、バンドソーは使える状態になったものの、欠陥が無いとは言い切れない機械を使い続ける不安が残り、気分はあまりよろしくない。


取り替えた 3TPI のブレードで厚い板を試しに切ってみると、切り口はさすがにガサガサではあるが、これまでの 6TPI のブレードでは不可能だった"真っ直ぐに切る"という作業がいとも簡単に、しかも素早くでき、とりあえずはこれで様子をみようと思った次第である。


私はやはり機械モノは好きではない。
テーブル ソーから電動ドリルに至るまで、"思い通り" に使いこなせた試しがない。
安物しか買っていないせいだろうか...?




20.10.18

注文製作に終止符を打つ時

つい先頃、オークションに出品している鍋敷を見て、こういうので Vent Cover を作ってもらえるかという質問が来た。

注文製作を引き受けると、どんなデザインで、サイズはどれくらいでと、何度もオークション サイトの Q&A でやり取りをしなければならず、結構面倒なのだが、他の通信手段を厳しく禁じられているため、その方法で注文を受けるしか方法は無い。

とりあえず幾つかのパターンを描き、それを掲載した後に、相手が制作を依頼するかどうかを決める。

パターン製作にかかる時間は、実際に注文に至らなかった場合は請求の対象にはならず、時間をかけてデザインしても無駄になる場合がままあり、決して『良い仕事』とは言えないのだが、それでも自分の手で作ったものが見ず知らずの誰かの家で使われているというのは嬉しいことで、もし自分がこの世から居なくなっても、自分の作った物が何処かで使われているとしたら、製作した意味はあると言えるかもな... などと、すこぶる嬉しいフィードバックを受けたときなどは特に感慨深く思うものの、中には他人の労苦を慮る習慣が全く身に付いていない輩が少なからず居るのも確かで、何度も何度も熱心にやり取りをした挙句に、デザインが出来上がるとプッツリと音沙汰が無くなり、「あれは何だったの?」という状態になる。そんな輩に遭遇すると、もう注文製作は受けないことにしようとやはり考えてしまう。

歳を取った私は、もう面倒なことに関わりたくないという思いが更に強くなった。
正直なところ、人の誠意の無さというものに心底ウンザリしてしまったのだ。

いよいよ注文製作をやめる時が来たかな...
今回は真剣にそう思った。


私が先月買った畔引き鋸を作った職人もまた、手間暇かけて作った鋸を信じられないほど安い価格で販売していて、側から見ても「これじゃやっていけないだろう」と思ってしまうのだが、それでも、沢山注文が入れば食べていけるだけの収入にはなると、骨身を惜しまず働き続けているのである。
そして、良心から代金後払いで商品を送ってあげると、此れ幸いと支払いを踏み倒す不届き者が出てくる... なんと嘆かわしい世の中であることよ。

また、その手引き鋸を買って販売している業者は倍近い(或いはそれ以上の)価格を付けて販売していたりもする。
『物を右から左に流すだけの人』が楽をして収入を得、私腹を肥やしているのを見ると、私は非常に憤りを感じてしまい、自分の作ったものを販売店に託す気が更に失せる。

農家も、酪農業者も同じである。
汗水垂らして働いている者は、労働に見合わない収入のまま一生を終えることになり、労働者の上前をはねる輩が豪勢な生活を送るようになっている社会...
『作る側』にとっては全くもって良い社会ではない。

この経済構造はおそらく改善されることなく、不均衡感を増大して、聖書が言うところの "この世" が続く限り永遠に存続し続けることだろう。

そんなことを考えていると、歳を取ったことがことさら嬉しく思えるようになる。





今、NZは初夏。
ベランダで最初に咲いたのは、真っ赤なバラの方だった。



日本に荷物を送る準備

YouTube で犬のコートの製図を教えてくれているのを見つけ、早速製図し、まずは試作品を作り、その後超個性的な生地を使って本番に臨んだ。 製図はいたって簡単だったが、最初に使用した布は手持ちのやや厚手のフリースだったため(緑色の布は、以前作ったもののほとんど着用しなかった自分用...