31.10.17

日本とNZとの違い

一年も前の話になるが、日本に居る長男に小包を送った。最も速く、最も高い運送料を支払ったのに、NZ国内から出て日本に着くまでに何と4日もかかっていた。毎日直行便が出ているのにも関わらず、経由便で最も高い運送料を支払った荷物を送るのか?この国の郵便局は...

22日 1:57pm 荷物引受(NZ Post / Auckland)
23日 7:10am 国際交換局に到着 (NZ / Auckland)
23日 7:21am 国際交換局から発送

で、何故か、オークランドを出てから日本に着くまでに4日間を要し…

27日 0:27am 国際交換局に到着 (東京)、
同日 4:30am 通関手続中、
同日 9:41am 国際交換局から発送、
同日 1:02pm 配達局に到着、
同日 6:42pm 配達

まぁ、配達先が東京都内ということもあるだろうが、荷物が日本に到着してから税関を通過し、配達取扱い郵便局に渡され、それが仕分けされて配達されるまでに18時間15分しかかかっていないことに驚いた。荷物が日本に到着したその日に受取人に配達されているのだ。

同居人Hが日本に滞在していた時に、Amazonに注文を入れた物のほとんどは翌日きっちりと配達され、配達時間も夜8時頃までと長く、正に"勤勉な日本人"を象徴しているよなと感心したものだ。

さて、こちらの国はどうかと言うと…

この国に15年近く住んでいるが、夜間配達など聞いたことはない。
夕方5時までに届かなかったら、その日には絶対に来ないと断言できる。
国内の、しかも同じ市内であっても配達に3日以上かかる場合もザラである。

また、土曜配達指定されていない荷物も、配達人の都合だけで『土曜配達指定』というラベルを貼られて送られて来ることがままある。その週の月曜には届いていて然るべきものも、勝手に土曜配達指定になってしまっているというのは、受け取る側に取っては全くもって嬉しいことではない。

更には、家に人がいたのにも関わらず、ベルも鳴らされず、ドアも叩かれず、不在通知を置いて行かれることがあり、再配達指定できない(遠くまで受け取りに出向く選択肢しかない)のは言語道断だ。しかも、受け取りは午前中のみなどといったあり得ないほどごう慢な商売をしているのは他ならぬ NZ Post である。

最近の NZ Post の質の低下には辟易するばかりだ。


ちなみに、同居人Tの荷物は昨年クリスマス前にNZに届いていたのに、やる気があるのか?!と聞いてみたくなる運送会社TNTは、年内に配達しないどころか、年明けの6日になっても関税支払いの通知すらよこさず、トラッキング番号を追跡すると、配達予定日は昨年12月23日を皮切りに、頻繁に(=好き勝手に)変更され、表示される"配達予定日"というものが全く意味をなさないものになっていた。
一体どうなっているんだ??と業を煮やした同居人は、翌週直接営業所に出向き、その場で関税を支払い、荷物を受け取ってきた。
連絡の一つもよこさず、配達もしていないのに、運送料+手数料はしっかりと徴収するという、とんでもない企業である。
働いている人がそんなイイカゲンな仕事をしていられるというのは、ボスがだらしのない人だということに他ならない。
このような事例は例外ではないようで、その会社の評価は当然の如く低く、ネガティブなフィードバックが多く書かれていたとTは言っていた。

流通システムがしっかり構築されていないというよりも、仕事に対する姿勢が根本から違っているように思えてならないのは、私だけではないだろう。

(度々利用するオークションサイトでのクーリエ予約は、ピックアップ予約日に来たのはたった一度だけ... 翌日ピックアップに来るのか確証の無いままで放っておけない私は、毎回々「予約日の今日取りに来なかったけど、明日はちゃんと来てくれるのか?」とカスタマー サービスに email を送らなければならない。予約日翌日のピックアップが不可能ならば、翌日予約を指定できないようにしておくべきである。この場合はシステムがお粗末だと言わざるを得ない。)


こちらで大きな地震が起きた後、日本の迅速な災害復旧のことが取り上げられ、「何故日本にできて我が国にできないのだ」と、この国の政府の対処の遅さに国民から不満の声が上がっていたが、正直言って、この国では迅速な復旧工事を望むのは無理だろうと私は思う。

日本には、家庭を差し置いても会社のために働くという人がいまだに多いように思えるが、この国でそのような人に出くわすのは容易なことではないだろう。

日本では、何時でも何処でも時間厳守な割に、規定時間内しか働かないという勤め人は滅多におらず、時間外労働に制約が無いようにさえ思える。要するに、全てにおいて"時間厳守"な訳ではなく、全てが力関係の強い側に有利にできているということに他ならないということだろう。それは、責任を持って仕事をこなすという面では大きなプラスに働いているに違いないが、個人の生活はほぼ『ないがしろ』にされているわけである。

個人の生活をないがしろにして会社のために働いている人が、この国にどれくらいいるのかわからないが、個人の生活をないがしろにしないまでも、自分がきちんと仕事をしないことによって迷惑を被る人がいるということを少しは考えたらどうだと言いたくなることが多々ある。


以下は同居人の働く会社の様子…

*日本での始業時間というのは、会社で仕事を始める時間だが、ウチの会社では、会社に着いて朝食を食べ始める時間になっている。始業時間は、朝食を食べ終わり、30分以上も経ってからだ。(しかも、無料の簡単な朝食も会社が用意している)

*日本で言うランチの時間というのは、仕事を休憩している時間であって、職場を離れる時間から職場に戻る時間までのことだ。単に"ランチを食べている時間"ではない。
おまけに、ランチ時にアルコールを飲んでまた仕事に戻ることなど、日本ではあり得ないだろうが(そんなことをしたら即刻クビだろう)、ウチの会社では何の後ろめたさも無く、正々堂々と昼間からビールだのワインだのを飲み、1時間以上掛けてランチを取ってくる。また、それを咎める上司など居ない。

*金曜日の午後は週末モード全開で、ランチ時にアルコールを飲まない人の方が少ないのではないかと思えるほど。焦って仕事をしている感がまるでない人が多く、夕方4時過ぎになると会社内でビールやらワインを飲んで終業時間まで雑談している人が結構な数居る(会社内にアルコール専用冷蔵庫を備えている)というのは、別に驚くことではない。一杯やりながらデスクで仕事をしている人も居る。

*頑張れば今日できることは、頑張らずに明日やることにする人が多い。

*「今日やらなければならないことが終わってしまっていて、他にすることが無ければ家に帰っていいよ」と、所属する部署のボスが声を掛けてくれることもあり、当然『早退』扱いにもならず家に帰れることがある。

*他の部署の人が必死で仕事をしていても、自分の部署が暇だったら外で卓球をしていたりして遊んでいられる。(自分のデスクでYouTube を観ている人も多い)

*部署の『親睦会』を普通の日の昼間行い、その部署のスタッフ全員が居なくなってしまうことがある。(クライアントからの急な連絡が入ろうが一向におかまいなく、親睦会を優先することができる)

*毎日余裕を持って仕事をしている人がほとんどなのに、週末になってようやくやらなければならないプロジェクト(突然入ったものではなく、かなり前からわかっているプロジェクト)に手を付け始め、無給で人を借り出すような、全く計画性のない上層部がけっこう多い。

*多くの人の机の引き出しの中にはお菓子が入っていて、四六時中お菓子を食べながら仕事をしていてもオトガメ無し。(同居人の引き出しの中にもお菓子が入っていることが多くなり、日本のお菓子を食べていると、所属する部署のボスがやって来て、「何食べてるの?」と声を掛けつつおすそ分けを喜んで食べていくこともあるらしい)

*ラグビー ワールドカップやら、オリンピックになると、朝から会社備え付けの大きなスクリーンの前に陣取って、仕事そっちのけで応援/熱狂している人が多い。

*海外で行われる大きなラグビーやらヨットの試合は、時差の関係からNZの深夜、或は早朝に行われる場合があり、その翌日は、職場で "病欠" する人が大量発生することを誰もが知っている。(これは、この会社に限らず、国内全般で言えることのようで、新聞にもよく書かれる話題である)

これらはとある会社内の様子のほんの一部でしかないが、たったこれだけの事柄を見ただけでも、日本とNZの『仕事に対する感覚の違い』がよくわかるだろう。

生き方そのものが、根本的に違うのだと私は思う。


このNZで、日本のような迅速な復旧工事を期待できると思うか?
私も、同居人たちも、声を揃えてNOと言うのは間違いない。


14.10.17

"取りあえず作った" 物

常温保存できる野菜類+スーパーマーケットのビニール袋を収納しておくためのキャスター付きストレージ ボックスは、余っていた合板の端切れのみで作ったのだが、18mm厚の板は天板、中仕切り、底部分に使えるだけしかなく、12mm厚の板は継ぎ接ぎして何とか側面を張れるだけの量しか無かったため、7mm厚の合板をダブテイル ジョイントやらハーフ ラップ ジョイント等々を使って、強度を保たせた組み立てにし使うことにした。

全く見えない箇所にハンド カット ダブテイル ジョイントを施し、見える所はねじ釘とdowel(だぼ)で超初心者仕上げ... 誠にお粗末にしか見えない作りである。


これに最初は渋い緑色を塗ったのだが、キッチンに使われている緑と全然違い、非常に違和感があった為、dark oak のステインを上から塗ったら遥かにマシになった。


キャスターを付け、キッチンに運んでみると、艶が無さ過ぎてしっくりこない...

またアトリエに持ち帰り、セミグロス の水性ウレタン ヴァーニッシュを数回重ね塗りし、ようやく出来上がり。


万が一野菜が傷んで汁が出てしまった時のために、簡単に引き出せる汁受けトレイ(大掃除で出てきた、使われることの無かった蓋無しキャセロール)を差し込み、下には長い間にたまったスーパーマーケットのビニール袋を入れ、


そして上には取りあえず玉ねぎやらジャガイモやらを放り込んでおいた。


トレイ用の穴が空いているので、通気性に問題はないとは思うが、暑くなって来たら上の蓋を開けておけば大丈夫だろう。


蓋を閉めれば簡易テーブルにもなる。(ここにヒンジを付ける予定ではなかったのだが、余った18mm厚の板がこれしか無かったので、苦肉の策でこのようになった)


キャスターのストッパーは、ビニール袋入れの扉のストッパーにもなっていて、開き過ぎてしまうことはないが、今のところ扉はパタンと倒れてしまうこと無く、どんな角度でもしっかり止まっている。
開け閉めは非常にスムースで、きつくも緩くもない。扉がしっかり閉まっているようマグネットを付ける予定だったが、マグネットを付ける必要は無いかも知れない。(夏の乾燥した時期になってみないとわからない)


ペイントを乾かす間、垣根の剪定をし、裏庭の草取りをしていたら、夜には腕がダルくて仕方なかった。

さて、次は何を作るんだったかな...


13.10.17

Keepsake Box

部屋の片付けをしていると、細々とした『棄てられない物』が出て来る。それらには想い出と深い思い入れがあるためだ。

自分の存在を否定してしまえばそれらを大切に保管しておく必要も無くなるのだろうな...と、そんなことを考えながら、棄てられない品々をしばらく眺めていた。

収納スペースの極めて少ないこの家に、これまで幾つかの下駄箱やら棚やらキャビネットを作ってきたが、それでもまだ収納し切れておらず、掃除をしながら「ここに棚を作って、あそこには移動式のキャビネットを作って...」と、必要な物のスケッチを書き留めておく毎日だった。

借家なので、棚等を壁に打ち付けることは極力避けている。そのため、空きスペースにぴったり納まるサイズの据え置きタイプのものをデザインしなければならず、独自にデザインし、強度を考え、見た目を考えなどしていると、時間ばかりがどんどん過ぎて行ってしまって、一向にプロジェクトが進んでいないように思えて来る。
そして、焦りが出て来る。

取りあえず早急に作らなければならないものを焦って作るとどうなるか... 
使う板は合板になり、板をカットするのはcircular saw(電動丸鋸)、ジョイントは dowel (だぼ)だのねじ釘となる。
機能的には問題はないものの、『当座を凌げればいい』という程度の超簡単な作りで、"仮に" 作った感満載の仕上がりになるのだが、悲しいことにほとんどの場合それをしっかり作り直したりすること無く終わることになる。

最近作っている物のほとんどがそのような誇ることのできないシロモノで、「まぁ、借家だからな」と半ば諦めて作業をしているわけだが、この先も家を買うことがあるのだろうかと考えると、その可能性は極めて少なく思え、生涯をこの粗末な合板の家具と共に暮らすことになりそうで、ちょっと笑えるなと思った。


Keepsake Box を作ろうと買っておいた American Walnut と Oak の板がある。
American Walnut は鉋がけのし易い Hardwood で、色は sapwood(辺材/白太:樹皮に近い部分)はクリーム色、 heartwood(心材:樹木の材の中心に近い部分)は薄茶色〜濃いチョコレート色、そして濃い紫がかった茶色の細い線が通っていることもある。私の好みの木材だ。
それらを使って、"ステンドグラス従事者の(作る)" keepsake box を作るつもりなのだが、いつになったら取りかかれるのか、目処が立たないまま一月過ぎてしまった。


数年前、私の作ったイスラム模様のランプの写真を見て、雲の上のお師匠さんは "woodworker の(作る)" ランプを製作したことがあった。
彼は琥珀色でテクスチャーのある透けるガラスを使っていたが、私の使ったガラスは、琥珀色にクリームがかった茶色が混じった半透明なもので、灯りを点けると琥珀色に輝くものだった。


まだ木工を初めて日が浅かったために、スクロール ソーで切り出した模様は凝っているものの、組み立てに関しては簡単な作りで、今だったらもっとマシなものを作れるのにな... と、見る度に思ってしまうのだが、それでも一生懸命に綺麗に仕上げようと、その時点では最大限の努力をし、頑張って作っていたのだ。

私は琥珀色が一番好きだと、どこかに書いたことがある。
今でも変わっていない。



さて、どんな Keepsake Box を作ろうか...

あと少し家に必要な物を作ってから、ゆっくり考えることにしよう。


11.10.17

How To Work With Chainsaws 2



良いお父さんだ。

このビデオを観ていたら、小さい頃父親を失った子供達が心底不憫に思え、涙が溢れた。


9.10.17

私たちの新年

先週末、私たちだけの新年が明けた。

彼の人が居なくなってから19年が過ぎ、この10年で『NZでの全く変わり映えのない生活』にどっぷり浸かってしまった私たちは、特別この日に皆で食事に出掛けることもしなくなってしまった。

クリスマスは勿論のこと、元旦も祝わず、お盆も無く、誕生日もどうでもよくなっているこの家は、世間の各種催し物とも無縁で、他人から見たら、この世に居ながらこの世のものでない集団に見えるに違いない。

今朝 iCal(カレンダー)が「今日は体育の日だよ」と教えてくれた。
体育の日って、10月10日じゃなかった???
いつからアップデートされていなかったのかも定かでない私たちのおぼろげな記憶は、どんどん、どんどん時代遅れなものになって行き、日本に居る家族との『感覚的な距離』も増々広がって行くように思える。


来年の "新年" は、残された家族が無事20年過ごせたことに感謝して、とびきり美味しいものでも食べに行くとしよう。
彼の人の写真を持って...


25.9.17

手打ちうどん 第二弾

今日は、風邪で高熱を出し会社を休んでいる同居人Tのために、(フードプロセッサーを使わずに)本格手打ちうどんを作った。

中力粉は無いので、薄力粉+強力粉 を合せて 500g、食塩 20g、水 200cc強を合わせて20分ほど手で捏ね、一まとまりになったらジップロックに入れて30分ほど生地をねかせた。

その後、洗い立ての厚手の布を上下に敷き(ジップロックが破れた場合に生地が床やら足に付いて台無しになるのを防ぐため)、ジップロックに入った生地を足踏みすること約100回。
ジップロックの中でぺしゃんこになった生地を大まかに丸めて、更に100回ほど踏み、それを3回繰り返した後もう一度ボール状に丸め、2時間程度生地を休ませた。


水分が少なく、やっとまとまっているという感じの生地なため、麺棒で伸ばすのに一苦労したが、伸ばした生地を切るのは楽で、切った後、麺をバラバラにほぐすべく10本程度取ってはまな板に叩き付け、生地がまな板にくっつかないように振っておいた余分な粉(片栗粉を使用)を落としつつ更に伸ばしても、前回のようにプチプチ切れる事は無く、非常に腰の強い立派なうどんが出来上がった。


一昨日の夜からずっと食欲の無かったTは、出来立てのうどんを「美味しい」と言って汗をかきながら食べていた。

『病気の時はうどん』
我家では、病気になるとお粥ではなくうどんを食べるのが習慣になっている。


大掃除してプラントを移動したり、売らなかったステンドグラスの作品を飾ったりしつつ、家具の配置換えをする合間に、縫い物をしたり、料理をしたり...

一日があっという間に終わってしまう。



17.9.17

季節外れの大掃除

非常に中途半端な時期だが、訳あって家中で大掃除をしている真っ最中。

各自、持ち物の整理はもちろんのこと、家中の壁、天井、床を丹念に拭いて回っているため、恐ろしく時間がかかり、既に全員ヘトヘトになっている。

私の部屋から出る大量のゴミは、領収書だの銀行の statement(入出金明細書)だのといった紙類が主で、数年前のものは全てシュレッダーにかけて捨てるようにしたのだが、シュレッダーの容量が少なく、すぐにケースがいっぱいになってしまうのに加え、オーバーヒートで数十分使えなくなってしまい、面倒なことこの上ない。
ここ数年は銀行の statement はPDFで保存するだけになっているので、パソコンの容量は減っても目に見えるゴミとはならず、文明の利器に助けられていると言わざるを得ないなと、ついつい思ってしまった。

そういえば、日本の銀行には『通帳』というものが存在していたが、今でも変わっていないのだろうか? この国にはそのようなものはなく、ハワイの銀行にも無かった。あれは日本独自のものなのだろうか?
よくよく考えてみれば、毎月 statement を送って来るよりも、その場で通帳に記載するだけのシステムの方が遥かに合理的で、銀行側には大きな経費(statement +封書の紙代、印刷代及び送料)の節約となり、顧客側には大量の紙類を保管しておく必要が無いというメリットがある。

*日本の銀行はそのようにして必要最低限な経費しかかけていないのにも関わらず、預金しても雀の涙ほどの利息しか付けず、更には営業時間外(土日祝日含む)にATMで "自分の口座" に預金する際にも手数料を搾取するという、とんでもなく強欲な面を恥ずかし気も無く晒している。それら手数料の総額は利息を遥かに上回っているはずだ。海外ではそのような悪徳商売をしたらすぐに利用者が居なくなり、潰れるに違いない。

十数年前には使っていた辞書(本)だの、電子辞書だのというものは、携帯電話に翻訳ソフトを入れてから全く出番はない。また、その翻訳ソフトも最近ではほとんど使わなくなっている。

数年前までは使っていた小型のデジカメ... 捨てるのは惜しい気がしないでもないが、保管しておいてもおそらく二度と使わないだろうし、捨てるしか無いんだろうな...  と、片付けながらため息が出てしまう。

辞書以外にも本がワンサカある。それらも場所を取っている物の内の一つだ。
背の高い本棚の約 1/3 を占領している料理本のほとんどは日本から持って来たものだが、中東料理からメキシカン、パン作り、お菓子作りの本等々、バラエティに富んでいて、それら全てを作るわけではないのに、どうしたものか捨てられない。
また、仕事柄アート/デザイン関係の書籍も多く、それらもまた捨てられずに手元に残っている上に、木工関係の本も増え続けているという始末。

部屋には洋裁の職業用ミシン、ロックミシンに加え、彼の人が25年ほど前に買ってくれた(当時40万円もした)刺繍機能付きのミシンがあるのだが、それはコンピュータが逝かれてしまっているようで、今は動いていない。(使えなくても捨てることができないし、今のところ使うアテが無いので修理に出す気にもならないでいる)
布は衣装ケース3杯分ほどあり、皮革は衣装ケース1杯分ある。これらも明らかに部屋を狭くしていると言わざるを得ない。

洋裁、ガラス工芸、木工、そして料理... 出来ることが多くなるのは良い事だが、多くの人が必要としない数々の物に囲まれて生活しなければならなくなるというマイナス面を、掃除をする度に痛感することになるのだ。

はぁ... 溜息が出る...

あともう少し...
そう自分に言い聞かせ、鞭打つ毎日...


12.9.17

見知らぬ人がやって来る

ピンポーンと玄関のベルが鳴り、出てみると、クーリエではなく見知らぬ人が立っている。
寄付金集めの人でも、商業目的で来た人でも、キリスト教の伝道者でもなく、すこぶる愛想の良い中年の男性...

「ハーイ」と挨拶すると、「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、そこにある車はあなたのですか?」というフレーズから話が始まり、すぐにその人の用件がわかる。


道路に面した駐車場にしばらく置いたままの同居人の愛車エスコート(故障中)を見て通る人の中には、どうしてもその車を手に入れたくなってしまう人がいるようで、「売る気があったらぜひ私に譲って欲しい」と、自分の連絡先を書いた紙を持って家まで言いに来ることがあるのだ。

「車 売ります」という紙を貼ってなくても、「売る気があるかな?」と想像して見ず知らずの家を訪問するというのは、日本では一度も経験したことも聞いたことも無かったが、日本でも有ることなのだろうか?
以前、犬を連れて散歩をしている際に、「良い犬だね、売る気は無い?」と声を掛けられたというスペイン在住の人の話を聞いて、「日本じゃそんなことは絶対に無いな」と思ったものだが、他人の車を見て「売る気無い?」とわざわざ家まで聞きに来るというのも、それとそう大差は無いように思える。
欲しいものをどうやって盗もうかと企む輩に比べたら遥かにマシには違いないが、物欲というものは凄まじいよなと、私はつくづく思ってしまった。

先月も今月も、エスコートを欲しいと言う人が来た。

我家の近くに住んでいる "クラシック カー愛好家" は、売る気は無いよと言っているのにもかかわらず、この2年近くの間にもう何度も家に顔を見せに来ている。
ある時はハンドルロックをプレゼントしに(同居人Hは、アラームを付けたから要らないよと言って丁寧に受け取りを辞退した)、またある時は、私が木工を楽しんでいると知って、彼の家にあったマホガニーの美しい板の写真を見せてくれ、使うようだったら持って来るよと言っていたが、私はまだこんなに立派な板を使うほどの技術がないからと言って断った。特に用事は無くてもふらっと立ち寄って話をして行くことも度々あり、先日は「車の錆び取りにすごく効果があるよ」とポリッシング ペーストを持って来てくれたりもした(断るのも気が引けて有り難く受け取ったが、同居人Tは、それウチにもあるし...と言っていた)。

良い人なんだろうと思いながらも、特別友達付き合いをする気のない私たち(特に私)には少々気が重く、家がすぐ近くだから時々は行き来しようよと誘ってくれても、家でしたい事やら、しなくてはならない事(そちらの方が多い)が山ほどある私たちは "社交" に興じる余裕も無く、また社交に費やす時間も非常にもったいなく感じてしまうのだ。

家でしなければならない事がほとんど無いという人が羨ましい。(とは言っても、羨ましいと感じるのは、特別好きではない掃除とか料理とかをしなければならない時くらいで、TVを観たりしてくつろいでいるのを見ても全然羨ましくはなく、暇を持て余してカフェで友達と屯っているのを見ても全く羨ましくはないのだが... )

私はこれまでの人生で、外に働きに出ていた期間よりも、家で(敷地内で)仕事をしていた期間の方が遥かに長く、家と職場の区別がほとんど無いという生活を送って来たためか、はたまた、小さい頃から手仕事が好きだったためか、「家で何もする事がない」という状況になった事がない。いつでも何かしらしている。

TVは無い。
電話もしない。
Facebook のアカウントを削除して久しいので、突然メッセージが送られて来て驚く事も無くなった。
一人でカフェに行く事も、食事に行く事も無く、銀行振込はオンラインで行い、作業に必要なツール或は材料のほとんどはインターネット オークションで落札/購入するか、オンラインで注文し送られて来るのを家で待っているだけなので、他人との関わりはごく短いemailのやり取りのみ。

「この歳になったら、もう我慢しなくてもいいんだよ」
姉の言葉が心の中に留まっている。


私は、晩年はほとんど外に出かけなかった父に増々似て来た。


5.9.17

使うべきか、使わざるべきか... Micro-bevel / Secondary-bevel


secondary bevel 又は micro bevel と呼ばれる、刃先のほんの少しを角度を変えて研ぐ方法を、雲の上のお師匠さんは推奨していない。

私もこれまでは雲の上のお師匠さんのやり方で満足していたのだが、hardwood を扱うようになってから、シャープに研いだばかりの刃を使っても逆目で鉋をかけたような部分を作ってしまい、キャビネット スクレイパーのようなものを使わない限りは綺麗にならないのか?と、最近 hardwood の鉋がけがけっこう大きなストレスになっていたのだ。

いよいよ思い余って、逆目対策の一つとしてあげられていた Micro-bevel / Secondary bevel (小刃どめ)を Stanley の鉋刃で試してみることにしたのだが(さすがに父の使っていた日本の鉋では試したくなかったため)、この The ruler Trick と呼ばれている方法で鉋刃を研ぎ、purpleheart などの hardwood を削ってみると、これまで逆目で鉋をかけてしまったかのようにざらついてしまっていた面も全く問題無く鉋がけできるようになって、こんなにも違いがあったのかと、正直驚いた。

この 鉋刃の裏に micro-bevel を施すことを、邪道だ、そんなことはすべきではないと真っ向から反対する人々も多いようだが、実際に試した私は、何故そんなに反対の声が大きいのか更にわからなくなって来た。

西洋鉋の micro-bevel についての色々な意見を読み漁った後に、日本の鉋についてはどうだろうと調べてみると、小刃どめ及び糸裏についての記述が幾つかあった。
小刃どめについては、実は父の使っていた鉋刃にもそれらしい形跡のあるものが幾つかあったので、小刃をつけることに私は抵抗はないが、父の研いだ刃物のほとんどは、bevel 側が真っ平らではなく、若干ふくらみをもたせた刃であったので、父はおそらく『蛤刃』と呼ばれている形に近い研ぎ方をしていたのだろうと、今更になって思った。

ブレードの裏を極少量、ほんのわずかに削り落とすというのが、日本の『糸裏』と全く同じ考えの元になされているのかどうか定かではないが、状態は同じようなもののように思えなくもない。

それらの情報のおかげで、私は漠然と抱いていた罪悪感のようなものが無くなってきたわけだが、そこまで調べると、今度は「何故雲の上のお師匠さんは micro-bevel をあれほど否定していたのだろう」と、そちらの方が気になり出し始めた。

とは言え、雲の上のお師匠さんも、刃を付ける際に若干ふくらみを保たせることは否定しておらず、真っ平らに研ぐよりもかえって好ましいという発言をしていたことがあるのを私は記憶しているので、これからは意識してそのように研ぐよう心掛けることにしようと思った次第である。


31.8.17

手打ち(もどき)うどん & Purpleheart

風邪のため会社を休んでいる同居人Hは、ひどく咳き込んで疲労困憊なため、お昼にうどんを作ってあげることにした。

うどんの材料は強力粉と薄力粉、それに塩と水があればできるので、いつでも作ることができる ... が、少しでも料理にかける時間を減らしたい私は、まずはフード プロセッサーのみでどの程度のクオリティのものができるのかを試してみた。

フード プロセッサーにパン捏ね用のブレードを付け、粉類を撹拌しながら、塩水(水150ccに対して塩大匙1弱)を少しずつ注いで行く。
約3分ほど捏ねただろうか... 定かではない...

うどん生地がまとまったら、乾燥しないようにラップして30分ほど生地を休ませ、小麦粉或は片栗粉を少々ふって麺棒で薄く伸ばし、折り畳んで端から切って行く。


切り終わった麺はくっついてしまわないように粉を振ってバラバラにほぐしておかなければならない。(刃が弧を描いていない菜切包丁は麺を切るのに最適だ)


フード プロセッサーで捏ねたのみの麺は、味はさて置き、やはりコシが無く、茹でている間にプチプチと切れてしまい、"すすれない" うどんになってしまっていた。


すすらなくても食べられるというのは西洋人には向いているかも知れないが、私達には食べづらく、味はうどんなのに、うどんを食べた気がしなかった。

... ということで、『讃岐うどん』ならぬ『手抜きうどん』は unsatisfied な結果となり、次回はフード プロセッサーで生地を作った後、ジップロックに入れて踏んでみるという方法を取ることが決定した。(とは言え、日本の小学校の給食に出てきたソフト麺や、こちらのスーパーマーケットで売っている Trident Udon Noodles に比べたら、短い手抜きうどんの方が遥かに美味しいことは間違いない)

次回が楽しみである。

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扱い難い Purpleheart の板から Lucet を切り出した。

通常使うスクロール ソーの細いブレード(#5〜#12)では全く歯が立たないほど高密度で硬い板なので、新品の、ハードウッド用に作られた太く頑丈なブレードを使ったのだが、この下の曲線を切っただけでブレードが鈍らになったのが、次の写真でよくわかる。


カットしている途中から煙が出始め、焦げ臭い臭いが漂い、木粉は焦げた紫色に変化した。
切り口は鮮やかな紫から深い紫へと変わっている。


焦げた部分を削り取り、サンディング後の板は、所々紫色っぽい部分はあるものの、概ね茶色である。


はっきりとした色の変化を見る為に、できたての Lucet にTung Oil を薄く塗った直後の写真を撮っておいた。



たった1cm 程度の厚みでも透かし彫りをするのが容易ではないこの Purpleheart 。
日の光りと空気にふれる事によって色は変化してしまい、美しい紫色を持続することも困難なこの板を、一体何に使ったらいいのだろうか...

まったく、ため息の出る板であることよ。



28.8.17

洋裁小物用トレイ & グルー ブラシ置き場

ここ最近ハードウッドばかり扱っていたので、久々にソフトウッドを削ったら、こんなに鉋がけが楽だったのかと驚いた。

ハードウッドの中には鉋がけに四苦八苦するものがけっこうあり、特に Purpleheart などは板目に沿って鉋をかけていても所々逆目で鉋がけをしてしまったかのようにざらついた部分ができてしまい、ひどい時には部分的にザックリとえぐれてしまうこともあって、難儀なことこの上ない。
どのようにしたら綺麗に鉋がけができるのだろうと調べてみても、未だ効果的な解決策は見つけられず、カード スクレイパーとサンドペーパーに頼っている次第だ。


板厚を半分にした Macrocarpa の表面を scrub plane でザクザクと大まかに均し、その後は日本の鉋で仕上げ。
鉋がけがスムーズに行くとすこぶる気持ちが良い。



急きょ作ることになったのは、ミシン回りに置く洋裁小物を入れておくトレイで、ミシンの押さえ金やら、目打ちやら、ハサミ等々、ミシンがけをしている時に手元にあると便利な物を入れておくためのもの。ただの細長い箱で、強度はさほど重要ではないのだが、板厚が 1cm 弱と薄いので、接着部分が剥がれてしまわないよう、ダブテイル ジョイントで組み立てておいた。



ダブテイル ジョイントのように細かい部分にグルーを塗る際には、薄く細長い板の端切れか、この下の写真のグルー ブラシ/ヘラを使うのだが、これまでグルーの付着したブラシの置き場所に困ることが度々あったため、要らない板切れで超簡単な専用の置き場所を作っておいたら、今回は快適に作業ができた。

また、このガラスの器にグルーを必要なだけ出し、そこからへら等ですくって使う方が、グルーの容器をその都度傾けて出すよりも効率良く作業ができ、便利である。




日本に荷物を送る準備

YouTube で犬のコートの製図を教えてくれているのを見つけ、早速製図し、まずは試作品を作り、その後超個性的な生地を使って本番に臨んだ。 製図はいたって簡単だったが、最初に使用した布は手持ちのやや厚手のフリースだったため(緑色の布は、以前作ったもののほとんど着用しなかった自分用...