27.2.18

虹、林檎、そして 切り花

昨日の朝、キチンの窓からとても大きな虹が見えた。


全体を写真に撮ることができなかったため、iPhone でビデオに収めておいたが、超〜ショボイ ビデオで思わず笑ってしまった。

裏庭のリンゴは今年は虫食いも無く綺麗に赤くなって来ている。
最大限に甘味が増してから採りたいと思っている内に鳥に食べられてしまうというのが常なので、そろそろ採った方がいいかも知れない。... と毎日思いながら、収穫の日をずらし続けている。(そうして、毎年鳥に先起こされるのだ)




頂き物の華やかな花は、適当な花瓶が無かったので、クリスタルの水差しに入れた。
この写真を撮った翌日には、花は開き過ぎたり、ズルズルになってしまったりで、哀れな姿になってしまっていた。


私は切り花よりも鉢植えの花の方が断然好きだ。


25.2.18

WODEN No.6 Plane with RECORD blade

NZ最南端から届いたWODEN の鉋には、Record のマークの付いたブレードが装着されていた。

まぁWODEN は 後に Record に経営権が移ったので、あながち間違いとも言い切れないのかも知れないのだが、特に WODEN のブレードがお気に入りの私としてはけっこうガッカリな買い物だった。

出品者は幾つかの鉋コレクションを売りに出しているので、もし間違えてブレードを取り付けてしまっていたとしたら、他の購入者もきっと困惑するに違いないと思い、Woden ではなくRecord のブレードが装着されて来たけれど、間違えて取り付けてしまったのだったらブレードは送り返しますよとメールで問い合わせをすると、「違うブレードでごめんね。でも、初めからそれが付いていたんだ」とすぐに返事が来た。

たったのNZ$32+送料$9 なので、こんな重たい物を返品するのも何だなと、これで良しとすることにし、曲がったレバーを叩いて直し、真っ平らでなかったブレードも叩いて "適度に" 修正し、ひたすら研ぐ事1時間余... 
前の持ち主は電動グラインダーで研いでいたようで、刃は二段階に角度が付けられ、更に緩い弧を描いていたため、真っ直ぐになるまで削り落とすのに非常に手間がかかった。


Record のブレードは古いもののようで、ラミネートされたものだった。質の悪いものではなさそうだが、裏には深く錆が浸食している部分があり、この錆でできた凹凸をすっかり取り除いてしまわない限りは、しっかり刃をつけることはできないため、まず最初に裏を研いだ。

ブレードは平らな部分が無いと言っても過言ではないほどだった。
叩いたり、削ったりして、刃先の部分だけほぼ平らに均したが...

錆び付いていない部分まで電動グラインダーで削り落としてしまえばいいのだが、既に短いブレードが尚一層短くなってしまう... 短くする前に、腐食部分が消えるまで平らに均してみようか... ブレードは薄くなってしまうが、どうせ最終的には切り取ってしまわないとならない部分だ... などと色々考えながら、細かな欠け(腐食部分からくるもの)が数カ所残ったままの不完全なシャープニングのまま、取りあえず装着して削り心地を試してみた。


(上の写真の一部分を拡大したもの)
ブレードの裏の錆による腐食を綺麗に取り除けていない状態では、
どんなに研いでも、このような欠けを免れることはできない。


合板の切り口の鉋がけだったらば、この程度でもOKだが、この状態では無垢の板は削れないと観念し、滅多に出番の無い電動ベンチグラインダーを棚から下し、水で冷やしながら裏側を削ること数十分...
まだ若干の凹みは残っているが、今の時点で使える部分は綺麗になったため、当面はこれで良しとすることにした。





作業の合間に、近くに住む『古い車好き』の英国人が私に花を届けてくれたと同居人が言って来た。添付されたカードには Happy New Year と書かれていたが、もうとっくに新年は開けているんですが...



アジア人は皆 Chinese New Year を祝う(或は同じ時期に新年を迎える)と思っているのかね?しかも、新年に花束を贈るという感覚は私たちには無いよねと、『感覚の違い』を強く感じた出来事だった。



20.2.18

Lindt お前もか...

2月14日にスーパーマーケットで買ったレモン味の LINDOR の中に、薄汚いチョコレートが入っていた。(恋人にプレゼントした中にこんなのが入っていたら最悪だな)

この黒いものは何? カビ?? 機械油???
名の知れた企業なので、厳重に品質管理されているだろうとこれまでは信じて疑わなかったが、これからはしっかりチェックしてから口に入れた方がよさそうだ。(「ホワイト チョコに黒いシミ」は見つけ易いが、チョコレート ブラウンに黒いシミは見落としてしまうかも... ダークチョコの場合は更に難しいだろうな...)





さて、暑さがまた戻って来たNZ。

窓際に置いたプラントが、予想を遥かに超えて、見事なまでに成長している。


2017年12月

2018年1月

 2018年2月


全てのプラントが目を見張るほどに大きくなったが、一番背の高い Dracaena は間延びしてしまった上に、上の方の新しい葉だけが勢い良く茂り、非常にバランスが悪くなっている。

葉がどんどん大きくなっている Syngonium White Butterfly は、綺麗に生い茂って来た。

Syngonium White Butterfly

Hypoestes は、茎が細いまま伸び続け、ヒョロヒョロになってしまった。


Hypoestes

支え無しでは立っていられなくなってしまったため、剪定した庭木の枝を拾って来て、小枝を取り除き、合板の端切れを使って輪っかを作り、簡単な支えを作って挿しておいた。



こんな輪っかなど作るのは朝飯前のスクロールソー。持っていてよかった道具のうちの一つだ。


さて、久しぶりに国内のインターネット オークションで中古ツールを思ったよりも安く落札でき、楽しみに待っているところだ。
まだ届いていないが、今回落札したのは、WODEN No.6 Plane で、ハンドルの欠けと、左右の刃の出方を調節するレバーがハンドルに当たっている(?)のはおそらく大きな問題ではないだろうが、他の部分、とりわけブレードの状態については、届いてみてのお楽しみというところだ。


(鉋の写真はオークション出品時に掲載されていたもの)


15.2.18

旅支度 with still low-quality Chinese products

ようやく涼しさを取り戻したNZ。急に気温が下がったので、涼しいというよりも寒いと表現した方が的を得ているように思ってしまう。

30℃を越えるとニュースになるこの国では、例年は一夏に2、3度扇風機をつけるだけで、熱帯夜はこの15年ほどの間に2日くらいあったかもしれないという程度だったのだが、この夏は信じられないほど何度も扇風機のお世話になり、扇風機無しでは過ごせない夜も何日も続いて、私は完全に夏バテ状態だった。
最大手の乳製品総合商社に勤める同居人Tの友達が、「アイスクリームの生産が追いついていない状態だ」と驚いていたようだが、そんな猛暑だったこの夏のオークランドの最高気温は、これまでのところ29℃?

「朝8時半には35℃... じっとしていても汗が噴き出すよ!」と例年電話口で嘆く実家(日本)の母や、最近メルボルン(オーストラリア)に引っ越し、「外気温40℃越え!」と言っていたTの友達のことを思えば、天国とも言えるようなNZの気候だが、慣れというのは恐ろしいもので、29℃でもここでは "猛暑" なのである。


さて、4月の日本帰省に向けて用意をし始めてはいるが、スーツケースは日本で購入することにしたため、20年ものの古くて重たい日本製スーツケースはいまだ現役でいる。シルバーだった色は薄汚いシャンパンゴールドのようになってはいるが、まぁ、実家と息子の所に行くだけだから、見かけはどうでもいい。だが、ケースだけで7キロもあるのは困りものだ。


左はオイル塗布後、右はコーティング前の状態

知人へのお土産にする『なんちゃって組子』の鍋敷きは既に出来上がっていて、3度のオイルコーティングをしっかり乾かすべくアトリエに吊り下げてある。
そのうちオイルの臭いも消えるだろう。

旅行時の靴は長時間歩いても靴擦れのできない革のスリップ - オンがあるので、それで良しとし、万が一足がパンパンにむくんでしまった時のためにサンダルも用意した。
飛行機内でお腹を締めつけないズボンは先日買い、丈をつめた。左右の丈は同じだったが、仕上がったものを履いてみると何だか左右がアンバランスに見えて、裾幅を測り直してみると3cm近く違っていてビックリ。せっかく仕上げた裾上げをまた解き、幅を調節しながら、「こんなものばかり製造している業者とそこで働く人々には、『向上心』というものはおそらく育ち難いだろうな...」と思ってしまった。
まぁ、自分で作ろうと思ったら布代にもならないような価格で買えたのだから、品質どうこうを論じる対象ではないだろうが...
あまりに安かったので、使用されている布と糸の耐久性が少々心配である。履いている途中で破れたり、縫い目が裂けて来たらどうしよう...


普段あまり外に出ることもなく、大きめのサイズのワークシャツがあれば間に合うような生活を送って来たため、私は何年も前に買った服しか持っていなかったが、いざ旅行に出かけるとなると「これではな...」と思ってしまうのは、まだ浮世離れし過ぎていないからだろうか? それとも、"美意識" というものが消え去っていないからだろうか?
加齢とともに(恐ろしく)変化した体形に合った服を買う必要が出てきた。

同居人HがオンラインでUKやらAUやらから買った "今どきの服" を「買ったけど大き過ぎた」と時折プレゼントしてくれるため、年寄り臭くない新品が幾つかあるが、薄着になりつつある4月の日本で着れそうな物ばかりではなく、仕方なく、私も何か買わなくてはとオンライン ショッピングを始めると、届いたものは(決して安くはないのに)品質に問題がある(甲の布幅が左右で1cmも違う)サンダルやら飾りフラップの付け位置を間違えた洋服やら、やけに袖丈が長いブラウスやら、ボタンがいつ取れてもおかしくないほど、ボタンホールから糸が長く出てしまっているシャツやら何やらで、ほとんどの商品を返品しなければならず(もちろん単なる糸のほつれはだけでは返品しないが)、家に居てオンラインで買い物する事さえももう面倒になってしまった。(確かに返送料無料というのは有り難いが、マトモに出来上がっていない商品がこれほど多く出回っているというのは、まったくもっていただけないことである)

飾りのフラップの高さが左右違って見えるのは、目の錯覚ではなかった。
また、フラップが中央に寄り過ぎで、試着すると非常に滑稽に見えた。
ちなみに、価格は日本円にして¥5,000弱... 大きく出たな...





巷には低クオリティの物が溢れかえっている現代。
一昔前もこんなに品質が悪かったかな?と、ズボンの直しをしながら昔を思い出していた。
辛辣な苦情を呈する人が少なくなったのだろうか?それとも、多くの人は『使い捨て感覚』で物を購入し、耐久性とか質の良し悪しは取るに足りないことになってしまっているということなのか?

何年か前に知り合いの伝(つて)で洋服の直しをする店に面接に行ったことがあったが、そこで求められていたのは洋裁学校で教えられる技術ではなく、"工場" での技術だった。
要するに、大量生産向けの縫製の仕方(手縫いなどせず、全ての工程を各種機械で仕上げる方法)を熟知していないと、"大量生産品と同じ程度" に仕上げられないというので、そのような機械など使った事のない私は完全にお手上げだった。今どきの 『お直しの店の基準』はあくまでも大量生産の品質を維持することにあるのだということがよくわかった。
だが、たとえそれらの各種機械を使いこなせたとしても、上記のように左右がアンバランスであることにも、ズボンの丈や幅が間違っている事にも気付かず、ボタン付けの位置が微妙にズレていることにも無頓着で、縫い目もうねっていて、縫い代がほとんど無い部分があるような服を平気で世に送り出している縫子が数多く居るのだという事実を忘れてはならない。

「あなたのように馬鹿丁寧に仕事をしていたらお金にならない」と店の経営者は言い、私をそこに紹介してくれた人や、他の店に補正を依頼している知り合い達は、「あなたのように綺麗に仕上げる人は滅多に居ない」と言う。
そう、消費者は当然のことながら高品質を求めているのだが、技術を提供する側はいかに儲けを出すかを一番に考え、品質は二の次なのだ。
自分で作れない或は直せない人は、『品質は二の次』と考える人々が提供するサービスを高いお金を出して受け入れるしか無く、提供する側の思う壷となってしまっていることにおそらく気付いていない。
これから先はもっとひどくなって行くとしか思えないなと、嘆かわしい縫製を見ながらため息が出た。

では、そんなに既製品の質を気にするのなら、自分で作ればいいではないかと思う人が出て来るかも知れないが、布、糸、及び各種付属品代は昔のように安くはない上に低品質なのである。
制作費がたとえタダだとしても、特に普段着程度のものを作るとなると、材料費だけで既製品代を上回るのでは作る意味が無いように私は思ってしまう。

私の若かりし頃は、大量生産品といっても今ほど大量ではなく、出回っている既製品は現代よりも遥かに高かったので、安い生地を買って来てよく服を作ったものだ。その当時、布地は安価で、品質も良かった。
日本に住んでいたからかも知れないが、糸やらボタンやら、ファスナーやらといった物の品質を疑ってみることもなく、また、それらがすぐに壊れることもなかった。
昔と今とでは状況が大きく違っているのだ。

昔と違って、今は身につける物は伸縮生地であることが多くなった。
伸縮素材を扱う場合は、使用する地縫い糸やロックミシン糸も伸縮性のあるものを使用し、縫い方も変える必要がある場合があり、機械もそれらの糸/縫い方に対応したものでなければならない。そららの糸も、機械も高額であり、商売するわけではないのに買い揃える価値があるだろうかと、私はやはり考えてしまうのである。

そうして、どんどん、どんどん、粗悪な大量生産品が世界中に蔓延ることになる。
各分野で技術は進歩しているはずなのに、どうして商品の質が良くなって来ないのか?
それは、商売人が更に狡賢く、無責任になって来ているからに他ならないと断言できるだろう。
その狡賢い商売の仕方に慣らされた消費者は、それを当然のこととして考えるようになり、私たちのような『健全な商売人が居た時代』を経験した世代が過ぎ去ってしまったら、先人が残した勤勉さや責任感などといった、人に備わっていて然るべきものさえ消え失せてしまうように思えて仕方がない。



30.1.18

祖父の血か...

その昔、祖父は大工であり、ペンキ屋であり、猟師であり、臼屋であり、火傷の薬を製薬会社に卸す製造者でもあったようだ。(西洋人と一緒に狩猟に行った時のセピア色の写真が残っていたが、大正後期〜昭和初期に、あんな田舎にも西洋人が住んでいたのか?どんな繋がりだったんだ??と今でも不思議に思う。背丈も引けを取らず、非常に堂々としていた祖父の姿は凛としていて格好よかった)

祖父が狩猟に使った鉄砲やら空の薬莢やらがあった場所などを今でもはっきりと覚えているのだが、祖父が亡くなったのは私が小学校に上がる前で、祖父との想い出は写真に収められているわけでもなく、ただ私の脳裏に残っているだけ。一緒に写っている写真も一枚も無い。

私が父から相続した大工道具の内のほとんどは、おそらく祖父から引き継いだものであろうと、昨年父方の叔母から聞いた時、私は母が昔言っていた言葉を思い出した。

「お爺さんはあなたを一際可愛がってくれてね… 」

祖父は頑固な職人で、口数も少なく、何に対しても厳しい人だったが、孫の私には滅法甘く、続に言う『目に入れても痛くない』ほどの可愛がりようだったようで、幼稚園のお迎えのバスが来ると、バスが見えなくなるまで手を振って見送ってくれていたのだそうだ。
そして、私が喜ぶからと、よくお団子屋に連れて行ってくれ、私がとても美味しそうに食べることを、家に帰って楽しそうに話していたと、そんな話を聞いた時には、もう既にお団子屋など存在していなかった。

残念なことに私にはそれらの記憶は全く無いが、いつでも祖父の傍に居たことだけはしっかりと覚えている。私はいつも、鉋をかけている祖父と父の傍に居た。

今、私はその時二人が使っていた道具類を使っている。
暖かい日差しの下、屋外で行われていた55年以上も前の鉋がけの光景は、今の私を形作るものとなったというわけだ。




数年前、ステンドグラスで作った大きな蝶を飾るためのシャドーボックスを作りたいと、YouTube で作り方を探していた時、たまたま雲の上のお師匠さんのビデオを観て、「この人、父のようだ」と思った。仕事の正確さに対する誇りと、それを追い求めるひたむきな態度だけではなく、その作業する指先がまるで父を見ているようだったのだ。(後で気付いたことだが、彼らの爪の形は驚くほどよく似ていた)
そして、その時、私の人生のトロッコはようやく乗るべきレールに乗ったのだと、今はっきりとわかるようになった。

私が祖父や父の後を引き継ぐことになっていたのだと言えるほどの腕前は未だ無いが、道具は確かに引き継ぎ使っている。おそらく目が飛び出るほど高価であろう天然砥石も私の手元にある。

伯母が言った。
「あなたは、おそらくお爺さんやお父さんよりも器用だろうと思うよ」と。
私はそれに対して、「いや、私には母の血も入っているから… 」と笑った。

母は父が丁寧に丁寧に障子を貼っているのを見て、そんなことをしていたら日が暮れてしまうと苛立ち始めるほどせっかちな人なのだ。
母は何でもパパッと片付けてしまわないと気が済まない性格なので、他に何をする予定も無い父が時間をかけて綺麗な仕事をしているのを放っておけばいいものを、気になって仕方がなかったのだろう。「自分でやった方がよかった」とついつい思ってしまうのである。

ごく稀にだが、私もパパッと片付けたくなる衝動に駆られる時がある。『作りたいもの』を作る合間に、必要に迫られて『作らなくてはならないもの』が出て来るためだ。作らなくてはならないものはできるだけ早く片付けたい… しかし、パパッと片付けてしまった雑な仕事(もちろん売り物ではなく、自宅で使う物に限られるが)は、始終私の頭を悩まし続け、間違いなく頭から離れることのない汚点として残るのだ。

中途半端に血を受け継いだと言おうか、若干母の血が入っていると言おうか…

やらなければならないことに追われる生活は、多分誰しも同じだろうと思うが、片付け仕事でないものに心血を注ぐことを選んだはずなのに、時間をかけていられないものに多くの時間を取られる現実... 世の中、上手くはできていない。

だが、上手くはできていないが、人生というのは、おそらく初めから方向が決まっていて、どう足掻こうが決められた方向に向うようになっているように思えてならない。

ある時雲の上のお師匠さんが言った。
「僕らは何かを売る為に産まれて来たわけでも、誰かに仕えるために産まれて来たわけでも無い。僕らは自分の手で製作する人として産まれて来たんだ。これはあなたの天職(その人の性質/能力に相応しい職業)だと僕は確信しているよ。」

自分では道を逸れたとか、遠回りをしたとか思うことばかりのような気がしても、それは、そのような道を通ってそこに行き着くことになっていたと思った方がいいのかも知れないと、長い過去を振り返ってそう思うようになった。




23.1.18

超最低品質のスーツケース

国内最大手のリビング用品店で、5年保障付きのスーツケースが60〜70%引きで売られていたため、いよいよ古くて重量のあるスーツケースともオサラバする時が来たかと、オンラインで注文。




届いた物は恐ろしくお粗末なシロモノで、5年保障どころか、初めから満足に出来上がっていなかった。

ダメージ箇所の写真を撮り、同居人Hに「お粗末でした」と送って見せると、予想通り呆れ果てていた。

1. 縫い込まれないまま放置されたゴムベルト(例え所定の場所に縫い込まれていたとしても、ゴムが弱過ぎてストッパーの役目は果たせないだろうと思われる)



2. 初めから擦り切れているライナー (布  もパリパリの最低レベルの品質)


3. ジッパー プルの無いジッパー (プルを付けることさえ惜しんだのか?この企業は)


4. 本体の色落ち (色の落ちている箇所は材質が薄くなっていることの現れか?)



これほどお粗末なスーツケースにお目にかかったのは生まれて初めてだ。

今日、直接販売店に返しに行き、「ダメージ品が届いたので、返金して」と言うと、レジのおばちゃんは、「クーリエが配達時にダメにしたのね」と言うので、「違う、クーリエのせいじゃない。中身に欠陥があるんだよ。品質が悪過ぎるんだよ」と中を見せたのだが、それでもクーリエのせいだと言い続けていて呆れてしまった。

手間がかかっただけ損をした買い物... もうNZでの買い物はウンザリだと思った。


18.1.18

偽組子の鍋敷き & 安っぽい Dovetail Boxes

板は伸縮し続けるということが、私にとって次第に大きなストレスとなってきている。

何十年にも渡って天然乾燥させ、収縮幅が僅かとなった超高級板など経済的に使えない上に、個々の木の性質を未だ読み取れないでいる私は、どんなに神経を使って作ったとしても、出来上がったそのものの形状を四季を通して保つことができるとは限らないことに落胆し、自信を持って販売できる木製品作りの幅がどんどん狭くなって来ているのが現状だ。

昨年の秋口に合板のみで作ったバスルーム キャビネットの引き出しも、扉も、湿気の多い冬になったら板が膨張し、開け閉めが大変になってしまったため、鉋で削って調節しなければならなかった。(「引き出しの底には伸び縮みしない合板を使う」というのが常識のように言われているが、合板もかなり伸縮することを承知しておくべきである)

あぁ、自分の販売する手作り品に対して何の責任感も感じること無く居られる人が羨ましい。そうであったら、さぞかし作業が楽なことだろう。




さて、朝から一日中雨が降り続いている今日、4月の旅行に向けて、透かし彫りの鍋敷きを作り始めた。


着物の似合う純和風な知人の家にイスラム模様ではな...と、今回は組子の伝統的なパターンの中から私の好みのものを選んだのだが、本物の『組子』ではなく、偽組子。
一枚板をくり抜いて作るスクロールソーでの透かし彫りを選んだのは、何枚もの板を接着剤で組み立てた場合、熱い鍋等を置いて接着部分が軟化し接着力が低下する可能性があるからだ。接着部分が外れてしまったら、例え上手く組み立て直しても飾り物にしかならなくなってしまう。
また水がかかることも充分考えられるため、長い使用での接着剤の変質、板の膨張/伸縮が及ぼす影響を考慮に入れて、"組子もどき" としたことを、やはり手渡す際に伝えることにしよう。そうすれば、何ら気を使わずに『鍋敷き』として毎日使うことができるだろう。
(接着剤を使わずに組んだら、長い使用に耐えられるのだろうか... 甚だ疑問であるが、使ったことがないのでわからない)

今回は 5cm厚の NZ Rimu のブロックがあったので、それを使用することにした。
鉋をかけ板厚を半分にしてまた鉋がけ...


比較的涼しい日だったが、鉋がけでかなり汗をかいた。(鉋がけダイエットと私は呼んでいる)
Rimu は高級板として知られている softwood で、鉋がけは非常にスムーズに行えるため、何のストレスも感じること無く表面の鉋がけは終了。

鍋敷きのパターンは既に作り終わっているので、次はスクロールソーでの透かし彫り作業に入る。





昨年末のことになるが...

アトリエで置き場に困っていたスクレイパー類とRecord No.50 Combination Planes を片付ける為のボックスを作った。どちらも同じ 7mm 厚の安い合板のみ使用。


スクレイパー類は家の窓枠のペイントがみすぼらしく剥がれて来ているため、古いペイントを落とし、リペイントするために買っておいたもので、オークションで落札。
バラバラに置いておくと邪魔になるので、棚に積み重ねておけるよう蓋を付けておいた。


Record No.50 は非常に使い勝手の良い溝掘り鉋だが、最初に国内のインターネット オークションで落札したものはフルセットだったものの、悲しいかな本体のスケート部分にヒビが入っていたため、メタルを接着できるという謳い文句の接着剤で補修しようと試みたのだが、全く功を奏さず、溶接機を買う日が来るまで修理はお預け。
しばらく経ってから、eBayで本体とブレード1本だけで安く出品されていたものを発見してしまった私は、送料が商品購入価格を遥かに上回るものの、"許せる価格" かなと観念し、UKから購入。全く同じものだと思っていたのだが、デザイン及び材質が微妙に違っていた。

Combination Plane というのは箱に入れて収納しないとやたらと場所を取るため、スクレイパー ボックスと同じように、蓋付きの Dovetail Box を作って棚に収納した。

このような Dovetail を鋸と鑿で仕上げるのに苦戦することは無くなったものの、継手が丸見えなのは私にとって美しいものではないので、今年は『留形隠し蟻組み接ぎ』をマスターすべく鍛錬しなくてはと、切実に思った年明けであった。


11.1.18

ヨーロッパへ、ロシアへ、そして日本へ...

旅行が別に好きではない私だが、この4月に日本行きがほぼ決定となった。
止む無い用事があるのと、長男の新居及び新築した実家訪問、そして、長らく会っていない知人に会うことが主要目的だ。

せっかく帰省するので、滞在中行ってみようかなと思う所の住所(鍛冶屋)を調べたり、購入して来たい大工道具も幾つかあるため、ヤフオクで検索したりもしている。

そんなことをしながらも、「あ〜、また飛行機の中で座ったまま10時間以上も過ごさなければならないのか... 気が狂いそうだ」と、拒否反応で頭がいっぱいになってしまう私。

それとは正反対に、旅行好きな同居人Hは、私の旅行直後に出発することになっているヨーロッパ一人旅に向けて、先日飛行機の予約をしていた。
NZからは直行便が出ていないイングランドに行くのに、最低でも24時間かかり、最長は50時間もかかるというのを聞いて、10時間でも発狂しそうになる私は、増々気が滅入ってきたのだが、私が実家に行く正にその時に、実家に住む姉は夫婦でロシア旅行に行くことになっているらしく、家で一人留守を守る母の心配をしなくてよくなると喜んでいたため、滞在中世話になるばかりではなく、そこに居るだけで役に立つんだったら行かなくちゃなと、努めて思うことにした。

一昨年、同居人Hの日本旅行は、名所旧跡巡りと食べ歩きがメインだったが、私は神社仏閣にも、他の観光名所にも全く興味が無く、とにかく人が沢山集まる場所には行きたくないという人間なので、「連れて行ってくれるんだったら、和牛の焼肉屋がいいな」とだけ長男にリクエストしておいた。

前回の、同居人Hの日本旅行の折りに持たせた透かし彫りの鍋敷きが殊の外好評だったため、会うことを予定している知人にも作っていこうと思っているが、はてさて、他の人へのお土産は何にしよう... 



28.12.17

2017年の師走


昨日、『白く長い雲のたなびく地』であるNZでは珍しく、空一面が細切れの雲で覆われていたので、思わず窓を開けて写真を撮ってしまった。

ここ数日気温は低めで、最高気温は20〜24℃にしかなっていない。
最低気温は13〜15℃... 真冬の最高気温程度だ。

朝ベッドの中で寒くてたまらず、思わず冬用の掛け布団をたくし上げ、肩まで包まってからスマートフォンに入れてある天気情報ガジェットを開いてみると、気温は13℃と出ている。(予想最低気温は15℃になっているんですが... )


オバカなお天気ガジェットは、数字に弱いだけではなく、状況判断力も鈍いと見えて、シャワー(にわか雨)と出ているのに、降水確率 0% と平然と書き並べてしまう。




家の窓際ですくすく育っている観葉植物だが、中には、朝になると水滴をいくつも付けているものがあり、地中から吸い上げた水分を蒸発分以上に積極的に放出するこのような植物を観ていると、性質が異なる様々な植物は、それぞれに環境に順応するよう上手くプログラムされているのだろうなといつも感心してしまう。



また、一昨年だったか、どこぞの不動産会社がポストに入れて回った百合の花は、今年も綺麗に花を咲かせた。すっとポットに植えたままだが、球根は死ぬこと無く、夏になるまでじっと土に埋まったままでいるというのは、考えてみたらすごいことだ。



ベランダのブルームーンの手入れだけは、どういうわけか同居人Tが行っている。
Tがケアしてくれていたおかげで、今年は沢山花が咲き、香しく咲き誇っていた。



裏庭に生っているリンゴは次第に赤みが差して来た。
数年前、日本に住む長男がここに遊びに来た折りに、庭を綺麗に作ってくれ、記念にと植えて行ったこの木は、今年はいっそう大きくなり、見る度に彼は元気でいるだろうかと皆で思いを馳せている。



私たちが日本に住んでいた頃、年末は28日頃が仕事納めとなっている会社が多かったように記憶しているが、ここNZではクリスマスが国民の祝日となっているため、クリスマス前に今年の仕事を終える人が結構な数居るように思う。

我家の同居人達ももう既にクリスマス〜新年にかけての休暇(この時期に有給休暇を2週間ほど消化するという恒例のパターン)に入っていて、のんびりと家中の掃除をし、植物の手入れをしたりなんぞして過ごしている。

同居人達とのんびり一緒に過ごすことのできる年末は、私にとって一年で最も嬉しい時期である。



14.12.17

注意を要すること

1. ジャガイモの買い置き
私はこれまでの人生で、買い置きしてあるジャガイモに芽が生えてしまったという経験は幾度かあるが、腐って異臭を放つジャガイモにはお目にかかったことが無かった。
生まれて初めて、洗った状態でパックされているジャガイモを買って、1週間ほど常温保存しておいたら、芽も生えずに腐っていてびっくり仰天。
こんなにも痛み易いとは想像だにしていなかった。
金輪際、洗ってあるジャガイモは買わないと心に決めた。

2. レシート確認
全く混雑していない薬局の一角に設えた CLINIQUE のブースには、目も覚めるようなどぎついピンクの口紅を塗りたくった "ビューティー アドバイザー" が居たのだが、注意力が完全に欠如したその女性は、たった一つのファンデーションを、レジ打ちする際に2度もカウントし、倍の値段を何の迷いも無く請求して来た。
私は化粧品はたまにしか買わない為金額をチェックしておらず、ファンデーションって高いのね... くらいにしか思っていなかったのだが、一緒に居た同居人Hが「やけに高くないか?」とレシートをチェックして初めて店員のミスに気付いた訳だ。Hは、「そこでだけ働いているのに、商品の金額(定額)を全く把握していないんだね」と呆れ返っていた。

そしてもっと驚いたのは、間違えて倍額徴収したことに対する謝罪をするでもなく、何食わぬ顔でただ Thank you! と非常に軽く挨拶しただけで、反省の欠片も見られなかったことだ。(Thank you. じゃなくて、Sorry. だろうが...)
私だったら平謝りし、何故そんな間違いを犯してしまったのかと、しばらく落ち込んだに違いない。
若いのに、コテコテに塗りたくるメイクに心血を注ぎ、他の事にはお構い無しか...
あぁ、嘆かわしいことよ...



間違ったキャビネットのノブが送られて来た件は、eBay のカスタマー サービスが全額返金という判断を下し、業者が返金してきた額の不足分を埋め合わせたのは、何と eBay のカスタマー サービスだった。eBay と業者との間にどんなやり取りがあったのか知らされていないので、eBay が業者にその額を請求したのかどうなのかわからないが、全くもって迷惑な話だった。

業者は、もっと頭のキレる人を雇って、製品及び出荷管理を徹底して正しく行えるようスタッフをしっかりトレーニングし、誠実な商売を心掛けるべきだ。初めからそうしていれば、商品を送料無料で送った上で全額返金などという馬鹿げたことをしないで済むようになる。

同居人達の会社のHRのボスだけではなく、世の中には低賃金でスタッフを雇うことにしか頭を働かさない "権力者" が驚くほど多く、お世辞にもきちんと仕事ができているとは言えないスタッフ達が犯す数多くのミスによって、実質的な損失だけではなく、商売に不可欠な信用も失っていることすら気付かないでいる有り様だ。

この世はどこまで "質" が落ちていくのだろうか...





12.12.17

箴言27:11

ー 我が子よ、賢くあって、わたしの心を歓ばせよ。
わたしを嘲弄している者にわたしが返答するためである。ー



同居人達の働く会社は、今年いっぱいで最大手の一つであるクライアントとの契約を終了することになり、その後そのクライアントに匹敵するほどの大手企業との契約を獲得できずにいるため、今年いっぱいで解雇する職員を大量に選び出した。

仕事ができないわけではないのに、長年働いていてそこそこの給料をもらっていたであろう同居人Tの部署の同僚も肩を叩かれた内の一人で、おそらくその給料の多さから首を切られる候補に上がってしまったのかも知れないとTは言っていたが、3週間ほどするとHR(ヒューマン リソース=人事課)のボスの気が変わったようで、今度は「シニアを残して若手を切ることにした」と、TとTよりも後に入った新人をターゲットにした。

HRのボスは、「二人のうちのどちらかに辞めてもらうことになる」という話の中で「仕事ができるかどうかに関係無く人員をカットする」と言い切っていたようで、それを聞いたTは、仕事ができない人を残してどうするんだ?そんなバカなことをしているからクライアントを失くすんだよと、呆れ返っていた。

雇用条件は「仕事ができるかどうかは無関係」と宣うHRのボス... 
そういうことが口から飛び出す人が有能な人に見えるだろうか?頭のキレる人だったら絶対に口にしないだろう言葉だ。裏を返せば、自分が有能ではないのにそのポジションに居座っていられるからこそ、そのような言葉が出て来るに他ならないのだとわかってしまうということすら気付かない、愚か者である。

『有能+責任感』というのは仕事をする上で求められる必須条項だと思っていた私は、「そのHRのボスを真っ先に首にすべきだね」とTに言った。そんな輩が人事を牛耳っているから会社が左前になってしまったに他ならない。
方針が定まらず、取りあえず誰かに辞めてもらわなくちゃというだけのお粗末な人事... それを牛耳るHRのボスが首にならない限り、あの会社は成長することはないだろうし、そんな会社に居ても将来何のベネフィットも無いかもな... と、今回の大量解雇で声を掛けられた職員達は『お先真っ暗』な行く末の会社に見切りを付け、他の会社を探し始めているというのも充分頷ける。

そんな中、同居人Hの関係する部署では親睦会と称して(こともあろうに)ウィークデーの午後3時頃からスタッフ全員で映画鑑賞に出かけ、その後ボーリング+食事会+飲み会で遊び呆けていたようで、もぬけの殻になったその部署の仕事を代行できる人などもちろん居らず、おかげで他の部署の人はその日仕事が滞り、「大量解雇して出費を押さえる傍らで、仕事そっちのけで "会社の経費で" 遊びに出掛けるなどあり得ない」と憤慨している人が多数居たようだ。

私が社長だったら、そのような状況を把握できない人/仕事に対して責任感のほとんどないように見える人たちを先に解雇することを考えるだろうが、あの会社はそうではない。

「一体、年に何回変えれば気が済むんだ?」と憤りを覚えるほど頻繁に、全く必要がないと思える社内の模様替え(大掛かりな工事を必要とする規模)をしてみたり、機能性の低い新品のデスク購入に多額の出費をしたりするのは厭わないのに、社員の給料は最低限に押さえ、会社は緊縮財政だとほざくような会社だ。

一体誰が指揮を執っているのだ?

Tは、明らかに労働基準法に違犯しているHRのボスの解雇工作を指摘し、これと同じケースで裁判で敗訴した雇用主の記録が残っている旨を呈示し、解雇に対する正当な理由を提示してくるよう要求したらしいが、他に考えつく『狡賢い』手口は見つけられなかったようで、労働基準法に違犯しているのを承知の上でTを解雇すると決めたのだそうだ。
解雇理由はただ一つ、もう一人の候補者よりも若干給料が高かったということ。(そんなに年棒を気にするのなら、なぜシニアを残すと気を変えたのだ? Tともう一人の給料を合せてもシニアの給料には追いつかないだろうに...  辻褄が合っていないことすらわからないのか?)

Tの直属のボスは、これまで雇ったスタッフの中でTが最も有能な人材で、おそらくこの先もTを越える人は出て来ないだろうと常に高い評価をしてくれていた。そして、会社の全スタッフのミーティングの折りに、Tを One-man band と称し、一人で何でもこなしてしまう優れた才能を持っているスタッフとして表彰したほど技量を高く買ってくれていたので、当然の如くHRのボスの裁決に異議を唱え続けていたらしいが、現場の意見はことごとく無視された恰好となってしまった。

今回解雇には至らなかった新人は、自分が "ただ単に給料が安かっただけで残された" ということをどう受け止めているのだろうか?
「会社があなたを雇っているのは、安く済むからだよ」と正面切って言われたら、この先も給料はほぼ上がらないと思って間違いない。
更に、今月いっぱいで会社の契約駐車場が無くなるらしく、残った職員はほぼ倍額を支払って少し離れた所にある一般駐車場を借りなくてはならなくなるようで、「実質的な賃金カットだ」と、辛うじて残った職員からも不平不満の声が上がっているとのこと。
明らかに落ち目になった "かつて" の大手企業がこの先生き残れるかどうか、見ものである。

ちなみに、Tの現場でフリーランスのワーカーを短期雇った場合、一日NZ$800〜$2,500支払われるのが相場の職種だとのこと。最低でも一日 ¥62,000 強の稼ぎになるわけだが、多くのフリーランサーは NZ$800 で仕事を受けると言うと質を疑われるらしく、高額を提示した方が雇われる確率が高くなるらしい。だが、一日 ¥194,000強 も稼ぐ人がかつて職場に来て仕事をしていたが、別に仕事が早い訳でもなく、仕事内容は何ら変わりが無かったとTは言っていた。(Tにフリーランサーになることを勧める同僚が圧倒的に多いのは、オバカな会社に振り回されることに皆嫌気がさしているからだろう。しかも、安い給料でだ)

自分に全く非がないのにも関わらず解雇通告されたTは、sick leave を何十日も残したまま、今週いっぱいであの会社を後にすることになる。


昨年末か今年始め、会社のNo.2 だった人が首になった。
正真正銘の "チャラ男"(無節操男) だったことは誰もが知っているが、その節操の無さを見るに見かねた社長が、全職員の前で実体を明らかにし、反論の余地無く首切りに至ったとのこと。
しかし、それからというもの、大きな仕事が入って来ていない。それどころか、今までのクライアントも失い始めている始末だ。

どのような方法を取ったにせよ、チャラ男に匹敵するほどの実績を挙げられる人が居ないというのは、裏を返せばその業界がモラルの上に成り立っていないということに他ならないかのではないかと、そんなことをふと考えた。

そんな会社にしがみついている価値は無いだろう。また、そのような業界のために心血を注ぐ意味も無いだろう。

「きっと、他にもっと良い所があるってことだな」

超ボジティブな私たちは、Tの解雇を憂いること無く、次にTが歩むことになっている道が目の前に現れる日を、楽しみに待っているところだ。



これは人生に於いて『最悪』なことではない。
私たちはもう既に、人生に於いて最悪なことを経験してしまっている。
私たちはその最悪な状況を、必死で歯を食いしばって乗り越えて来たのだ。

こんなことでは潰れない。


日本に荷物を送る準備

YouTube で犬のコートの製図を教えてくれているのを見つけ、早速製図し、まずは試作品を作り、その後超個性的な生地を使って本番に臨んだ。 製図はいたって簡単だったが、最初に使用した布は手持ちのやや厚手のフリースだったため(緑色の布は、以前作ったもののほとんど着用しなかった自分用...