5.6.13

焼きたて Za'atar Flatbread は最高!


のんびりパン作りをする余裕のない時、或は明日の朝食用のパンがないと夜になって気付いた時などには、捏ねないで簡単に美味しいパンが作れるArtisan Bread in Five Minutes a Day の本が非常に役に立つ。

夜、プラスチック製のコンテナにぬるま湯とイーストと塩、粉を入れて木べら等(私はDanish Whisk を使っている)で5分ほど混ぜ、常温に2時間ほど放置した後冷蔵庫に放り込んでおけば、翌朝には一次醗酵済みのパン生地が出来上がっている。

コンテナからグレープフルーツ大程度のパン生地を切り出し、簡単に丸めて、バゲットなどにする場合は二次醗酵は40分ほど。このようなフラット・ブレッドの場合は、二次醗酵は20分程度で充分な為、先にオーブンを230℃にセットしておく。

パン生地を簡単に丸めた後、オリーブオイルを塗ったクッキーシート(又はベーキングペーパー)の上に乗せ、パン生地の上にもオリーブオイルを少量垂らし、 1cm 厚程度に延ばして指で凹みをつけ、Za'atar Mix をふりかけて、オーブンが設定温度になるのを待つ。

オーブンの一番下に耐熱性の容器を置き、そこに熱湯を1カップ程度注いで、蒸気を出すようにしてから、二次醗酵済みのパン生地をオーブンに入れる。

焼くこと15分程度。(生地の厚さによって若干時間が違ってくる)外側はこんがりパリパリ、内側はモチモチのこのパンは、焼きたてを食べるのが一番だ。

多分、日本では Za'atar (ザータル)は手に入り難いのではないかと思うが、これはオレガノ、タイム、バジル、マジョラム等の乾燥ハーブ類とスパイスをミックスしたもので、私の使っている Za'atar Mix はそれに胡麻や塩を加えてあり、これぞ『正に中東の味』なのだが、これが何とも言えず美味しいのである。



24.5.13

サフランといえばイラン

NZ国内のインターネットオークションでサフランを手に入れた。


サフランは超高級香辛料で、スーパーマーケットで売られているもののほとんどが 1g 以下であり、私がこれまで買っていたものは 0.5g で NZ$9.90 もしていた。(日本円にして820円強)

中東/北アフリカ料理が好きな私は、サフランを使う度に「地元の人って、こんな高いスパイスを毎日使っているの?」と不思議でならなかったが、その収穫から製造工程までを考えると、決して安くは手に入れられないだろうこともよく理解でき、一体相場は幾らくらいなのだろうとかねがね疑問に思っていた。

インターネットオークションで探してみると、何人かがイラン産のサフランを売っていて、価格は 4.6g でおおよそ NZ$25.00〜$30.00 ほど。重さは9.2倍。同じ量だけスーパーマーケットで買うとなると、NZ$91 以上になってしまう。
歴然とした差を見た上で、まだスーパーマーケットで買おうと思う人がいるのだろうか?
確かに1本1本の長さは短く、より選った一級品ではないというのはわかるが、私は煮込んだり炊き込んだりしてしまうので、別に長さにこだわる必要も無く、迷わず(おそらくイラン人であろう人から)サフランを購入した。

移民の国では、世界中の色んなものが安価で手に入り易いというメリットがある。
ここでは英語さえできればそういった恩恵に与ることができるのだ。


これで、これからはサフランをケチらなくてもよくなった。




22.5.13

あ〜 やだやだ

かなり以前のことになるが...

同居人の(こちらで唯一の)日本人の友達がひょっこりやって来た。
以前はよく彼が遊びに来ると一緒にイタリアン・レストランに繰り出し、のんびりと世間話に興じるのが常であったが、昨年11月に一人目の子供が産まれると、さすがに彼だけディナーに出てくるわけにもいかなくなったようで、何かの用事で街中に出てきた際にちょこっと寄るという程度の付き合いになってしまった。

彼は案の定疲れ切った顔をしていた。
中国人の奥さんには出産前からご両親がサポートに来てくれていて、既に半年間、たいして広くもない借家に同居しているらしいのだが、産後の肥立ちがよくないというわけではないのに、未だ奥さんは子供の面倒をみる以外家事はほとんどせず、彼が仕事から帰ってくるとやれ掃除をしろ、食事を作れ、洗濯をしろ、子供をお風呂に入れろだのと、次から次に要求してくるというのだ。ひどい時には、仕事中に「家に帰ったら洗濯してよね」と携帯にテキストメッセージまで送ってくるらしく、それを聞いた私は彼女の凄まじい執念を恐ろしくさえ感じた。
何でも、彼女の友達の家庭では男性がほとんど全ての家事を行うのは当然のこととなっているらしく、こんなに何もしてくれない夫(実際にはけっこう積極的に家のことをしているように私には思えるが)など言語道断だと毎日々とがめられているのだとか...  すっかり意気消沈してしまった"日本男児"は、「こんな筈じゃありませんでした」と、やり場のない憤りを繰り返すばかりだった。


奥さんは夜の授乳で充分な睡眠が取れないのに昼間も眠られず、疲れが溜まり過ぎていて家事などできないと主張しているらしいのだが、出産、子育てを3度ほど経験した私には、「昼間も眠られない」というのはかなり誇張があるように思え、「家事ができないほど疲れているんだったら、普通眠気には勝てないでしょ。しかも、昼間も家事は全てお母さんがやってくれているみたいだし...、授乳とオムツ替え以外に何もしていないんだったら、寝る時間は腐るほどあると思うけどね」と、意地悪な姑のようなことを言ってしまった。

中国、殊に上海では、女性は家事をしないのが美徳とされていると、以前上海出身の(決して若くはない)ご夫婦から聞いたことがあるが、外に働きに出ている夫が家のことも全てやるのが当たり前で、"奥方"は夫が働きに出ている間家でゴロゴロしながらTVを観たり、ショッピングに出掛けたり、友達とランチを食べに行ったりして優雅に過ごしているというのを得意げに聞かされ、「あなたも上海の男性と結婚するといいわよ!」と勧められた時には、「いや、私はそんなのは気の毒で見ていられないし、申しわけなくなってしまって、かえって居心地悪く感じると思うよ」と、思わず反論してしまったことがあったが、上記の日本男児のパートナーは上海出身ではないし、子供が産まれる前は家事もこなしていたというから、もしかしたら育児ノイローゼから来るものなのかも知れないなと思えなくもない。

だが、相手に対する思いやりというのは何処に行ってしまったのだろうか?

夫である日本男児は、毎日々朝早くから、家族の為に好きでもない(実際、彼はもうずっと以前から職場の人間関係に嫌気がさし、辞めたいと口癖のように言い続けている)仕事に出掛けて行き、生活するためのお金を稼いできてくれるのだということを、有り難いとは思わないのだろうか?
彼女の親はそんな娘のイライラに対してどのように反応しているのだろう?

日本男児の近況報告を聞き、どうしたものかと話し合っていると、結婚というものがどれだけ面倒なものなのかがまざまざと見えてくる。

私は彼らの結婚の儀の立会人として署名した立場であるのに加え、人生の大先輩でもあるのだが、(現時点で)人生の 4/5 ほどをあの封建的な日本で過ごしたせいでか、どうしても、外で働いてきてくれた人に対して家の中でも身を粉にして働くのが当然だという主張には同意できず、何の助言もできないまま、ただただ、「あ〜、やだやだ」という言葉しか頭に浮かばなかった。

彼は今頃どうしているのだろうか?
お互いに納得がいく解決策を見出してくれているといいのだが...



二人並んで、ここで婚姻届にサインしたんだよなぁ...



全く関係ない話しだが...

たった今、同居人H(娘)が友達と近くにお茶を飲みに行くというので、「お土産買って来て〜」と冗談半分に頼むと、何が欲しいのか冗談半分に聞いてくれた。

「豆腐!」と答えたら吹き出していた。

そして、「わかったよー。(豆腐を)誕生日プレゼントにしてあげる」と言われた。

幸せな家族である。





19.5.13

仕事か趣味かと聞かれたら...

『あなたは前世では日本人であったに違いない』とfacebookにメッセージを送ってよこした人から、久しぶりに短いメッセージが届いた。

「ぼく達、いつ会える?」と。

何とも唐突な質問に笑いながら、私はこう答えた。
「今作っている蝶が、羽根を羽ばたかせて標本箱から出た時に」と。

すると彼は、
「羽ばたかせるようにリクエストする」と、すぐに返事をよこした。

私はそれに対して何と答えようかとしばらく考えていたが、どうにも答えが見つからず、
「 :) 」とだけ打って返信した。

『今作っている蝶』はガラス製だから物理的に飛ぶわけは無い。しかも、標本箱入りだ。だが、見る人の感性によっては羽ばたいて見えるかも知れない。まるで絵に描かれた情景が浮かび出て、あたかも目の前に実在するかのような錯覚に陥る瞬間と同じように。

こちらで知り合ったある日本人の女性は、先日私のアイコンとも言える桜のランプを見た瞬間鳥肌が立った。彼女はそれを見て何かを感じたのだ。

前述の男性はヨガや瞑想といったスピリチュアルな世界に住んでいるらしく、彼もやはり私の作品を見て、By chance tripped by this profile; and stand speechless by the works exhibited here. The sense of depth and expression is very special. と最初のメッセージに書いてきた。
彼もまた、私が掲載した作品の写真を見て、その『深いところ』を見てくれたのだ。


私は奇を衒ったものをあえて作ろうとは思わない。奇想天外なものには興味が無く、これで金儲けをしてやろうという気も、有名になりたいという気もなく、ただただ自分の思いをどのようにして表現しようかと、そんなことばかりを考えて作っている。

少し前、マフムートに、グラスワークは仕事か趣味かと聞かれて、「仕事というのは収入が伴うものという定義がなされるべきものならば、私の作業は単なる趣味と言う他はない」と答えたのだが、その通りなのだ。

この作品を作るのに諸経費が幾らかかり、時間がどれほどかかり、幾らで売れると金勘定ばかりしていたら、とてもじゃないが作品作りなどしていられない。
また、他人にどう見られるかをいつもいつも気にして、『世間に認められなければならない』といういわば強迫観念のようなものに縛られながら、自由な発想の作品がどうして作れよう。

私は自分の感性で作りたいものを作る。だから、この制作活動を"仕事"にはしない。

これは私の"生き方"だ。

生活の糧を得る為の "仕事" とは別物だ。






11.5.13

口から出るものが人を汚す

昨日、聖書を熱心に勉強する団体の人たちが来てくれた。
初めて我家に来てくれた人は名前を名乗ってくれたのだが、全く覚えていない。大変失礼なことに、最初から覚える気が無かったとしか言いようがないほど記憶にない。

それはさておき、せっかく来てくれたのだから、お茶の一杯でもと、裏庭にあるアトリエに招き、ハーブガーデンで栽培しているミントを摘んできてミントティーを入れた。

「お砂糖を入れた方が美味しいと私は思う」と前置きをした上で、お砂糖は入れるかと尋ねた。お二人は私の助言に従って甘くしたミントティーを口に含み、砂糖入りの方が絶対に美味しいと想像できると言って、ほんのり甘いミントティーをたいそう喜んでくれた。

ミントティーなるものをよく飲むのかという質問から話が始まり、もっともっと美味しい本場のミントティーを飲める所があるという話に発展し、いつものことながら、私のお気に入りの北アフリカ料理店を紹介すると、その店が入っている中国系のフードコートはあまり清潔なイメージがないという話になった。
私のイスラエル人の友達も同じことを言っていた。

まぁ、確かに綺麗なイメージはない。近くのテーブルでホームレスらしき人が食事(誰かが食べ残していったもので)をしていたりするのは日常茶飯事だし、雀も残飯に集まってきたりしているのを見ると、ウッと思う人がいるのも頷けなくはないが、そういった光景を見ることはまず無い普通のレストランに入って、掲示が義務づけられている市の衛生管理基準のグレードが 「C 」とか 「D」とかになっているのを見たりした日には、フードコートの衛生云々どころではないなと私は思ってしまうのだ。

以前日本人経営のラーメン屋に入り、料理を注文した後で、グレード「D」というのを目にした時には、オーダーをキャンセルして店を出ようかと思ったが、気弱にもそれはできず(オーダーする前に確認しなかったこちらが悪い)、頭の中は「D」という文字でいっぱいになり、キッチンがどれほど不衛生かを想像しながらラーメンを食べる羽目になった。
また、数年前まではよく行っていた美味しい中華料理店のグレードが、気がつくといつの間にか「E」になっていた時には、「食べて大丈夫かな?」とかなり心配になったものだが、その店はもう無くなってしまい、あまりの不衛生状態が続き営業許可が下りなくなったのか、はたまた別の場所に移ったのかわからないまま終わってしまった。

あの掲示はぜひ店に入る前に確認できるように、掲示場所を限定して頂きたいものである。


ホームレスやら雀が集まっては来るものの、上記のフードコート内の私のお気に入りの店はグレード「A」であり、某日本のラーメン屋や某中華料理店(複数)等々に比べて、よほど衛生に気を配っていることは火を見るよりも明らかだ。しかも、注文する前に確認できる。
それにもかかわらず、やはりそのフードコートは『汚い』というイメージが強烈に定着してしまっている様子の彼女達は、そんな所で食事をして大丈夫なんですか?と繰り返し聞いてきた。

私は笑顔で答えた。
「(聖書には)口に入るものではなく、口から出るものが人を汚すと書いてありますから」と。


私は今度の誕生日にも、去年と同様そこに食事に行くことに決めている。
どんな気取ったレストランよりもそこがいい。




4.5.13

君は言うことを聞かない人だ... か

「まったく君という人は、言うことを聞かないんだから...」と笑われたことがある。

買い物に行って現金の持ち合わせがなかったので、不本意に『ツケ』で買って来てしまい、家に戻ってすぐにとんぼ返りし支払いをした時のことだ。
彼は「いつでもいいから... もっと言えば、払わなくてもいいくらいだ」と言ってくれたのだが、私はその厚意に甘えもせず、借りたものはできる限り早く返すというポリシーに則って行動しただけで、別に特別なことをしたわけでもなく、悪いことをしたわけでもない。あなたにとっては、私が『言うことを聞かない人』でよかったじゃないかと内心思いながら、私も笑って支払いを済ませた。

ある友人はマッサージ師の資格を持っていて、過去にその仕事に従事していたということで、頼んでもいないのにマッサージしてくれるというので、「ごめん、私はマッサージ嫌いなのよ」と断固として譲らなかった。
マッサージよりもはるかに効き目がある塗り薬も持っているし、マッサージなんて所詮一時的なものだと思い込んでいるので、無料だと言われても受けるつもりは更々無い。

少し前、私のステンドグラスの仕事用に作ったfacebookのページにメッセージが届き、私を日本人だと想像してか、日本をべた褒めするような言葉の羅列に加え、東京に知り合いがいたらぜひ紹介して欲しいとか書いてよこした。私は日本には住んでいないし、残念ながら東京には知り合いは居ないと返事を送った(事実である)。
「日本に住んでいない」+「東京に知り合いは居ない」という言葉だけで相手は私を日本人ではないと判断したのか、「あなたは日本のことをとてもよく知っている。察するに前世では日本人だったに違いない」と返事が来た。
私は、「前世というものが存在するとしたら、私はおそらく日本人ではないと思うよ。私は典型的な日本人の感覚を持ち合わせていないからね」と答えた。その後はメッセージが来なくなった。きっと彼は『典型的な日本人』が好みなのだろう(笑)
まぁ、メッセージは来なくなったが、時々更新するページは見てくれているようで、今でも気に入ったものには Like してくれたりしている。


つい先頃GP(家庭医)から電話があった。
「あなた、最近乳がんの検査受けた?受けてなかったら受けなくちゃダメよ」

これまでも幾度となく乳がん及び子宮がんの検査を受けるよう強く勧められたが、全て断ってきた。今回も受ける気はないと断ると、どうしてだとしつこく聞いてきた。
「癌になっても治療して長生きしたいと思わないからだ」と答えた。
要するに、私には長生きしたいという欲望が全く無いのだ。もっといえば、既に長生きし過ぎたと感じているくらいなのである。

病気によっては寝たきりになって家族に負担をかける可能性が高いものがある。そういう類いの病気については、家族のために治療を受けることにしているが、それ以外で自分の身に起こることについては単に寿命だと思えばいいと認識している。


思うに、私はやはり『言うことを聞かない人』なのだろう。
でもまぁ、これが私の生き方だ。

18.4.13

私にはできないこと

少し前にも書いたが、日本でもパック詰めされた寿司を目の前にして「(1パックの)半分だけ買って行こう」と考える人が居るのだろうか...

以前、八百屋で陳列されているバナナの房から1本だけ捥いで買って行く人を見たが、まぁそれは一房いくらとなっていたわけではないので、有りかな?と後に思うに至ったものの、その行為を見た瞬間はやはり「えっ!?」と目を疑ってしまった。

苺売りの移動販売のおじさんは、お客に旬の苺やらサクランボを一粒サービスで手渡してくれていたが、「えっ... これ、ここで食べるの? 洗わないで??」と躊躇したのは私くらいなもので、他の客(大方が西洋人)は皆一様にすぐに口に放り込むのである。ベビーカーに乗った小さな子供も手渡されたものをそのまま食べている。そんなのを見ていると、日本人は過度に神経質なんだろうなとは思うものの、私はまだその習慣に少々抵抗があって、その場で食べたことはほんの数回しか無い。(苺狩りなどで洗わないで食べるのは平気なのに、流通の段階で複数の人の手を経ていると思うと、やはり簡単にでもすすぎたいよなと思ってしまう)
ふと思った。皆もしかして、家に帰ってからも洗わないで食べているのだろうか?
我家は自宅の庭でとれた苺でさえも洗ってから食べているぞ...

そういえば、少し前にイスラエル人の友人からの頼まれ仕事を届けに行った時、移動販売のおじさんのところでブルーベリーを買って差し入れしたのだが、彼もやはりすすぎもせずそのまま食べていた。


街中を素足で歩いている人を見た時には、「何で??」と思ったが、以前住んでいた家の近所の人は、見ず知らずの隣人の家(我家)を訪問する時にも素足だった。
この国では素足で歩くことに違和感を感じない人が相当数存在している。

にわか雨が多いこの国では、雨が降ってきても洗濯物を取り込むことはせず、干しっ放しにしておいて、次に乾いた時に取り込むようにしている人が多い。
これは、私にはとてもできない。

私にはとてもできないことがもう一つ。
食器洗いの洗剤が付いたまま、洗い流さないで布巾で拭いてお終いにする食器洗いの方法は、どうしてもマネをする気になれない。
多くの家がビルトインの大きな食器洗い機を備えているため、そうやって手で洗っている家はそんなには多くないのかもしれないが、こちらに来てからそのテの話はよく聞いた。


ここは移民の国。
ある国ではとても非常識なことが、別のある国ではごく普通のことで、容易に理解し合えないことも多くあるのだが、皆幾ばくかの違和感を覚えながらも、それでも大きな波風を立てずに暮らそうとしている。

私はと言えば、そんなやや潔癖性気味の日本という国で生まれ育ちながら、上記のこと以外はほぼ日本人らしいところもなく、最近わけあってこちらの日本人社会に触れる努力をしてみたものの、やはり『触らぬ神に祟りなし』だったなと再確認するに至ったのみで、この先虚しい努力は決してするまいと深く深く肝に銘じて、一連の活動に終止符を打った。


私にはとてもできないこと...

人生を終える時、私はおそらくこう言うに違いない。

「最もできないことだと思ったのは、日本人社会で暮らすことだった」と。



9.4.13

「日本人とは?---宛名のない手紙 --- 岸田 国士著」より抜粋

家のものが小豆をすこしほしいと言って近所の農家へ相談に行く。一升ぐらいならというので、それではと値段をたづねると、いくらでもいいと言う。しかし、いくらでもいい筈はないので、強いて言わせようとすると、ほかではどのくらいだろうかと逆に問うてくる。それから、先日町から来た衆が何十円とかならいくらでも買うと言ったが、そんなに高くとる気はないと言う。どうしても、これくらいとは言わぬので、その町から来た衆のつけた値を払う。けっきょく、いらぬというものを無理に受けとらされたかっこうがしたいのである。
「頭かくして尻かくさず」のこれほどぴったりした例はないのであるが、これもまた、われわれ日本人の痛ましいすがたである。


つくづく思うことは、われわれ日本人は、決して人並みの「人間らしさ」を持っていないわけではない。ただ、それがそのままのかたちで現れていないのである。それがそのままのかたちで現れることを阻む「何か」があるのである。その「何か」とはなんであろうか?
 前回の手紙で述べた「悲しき習性」ということにも関係がある。つまり、「自己中心」の物の考え方である。同情とかいうようなものさえ、自分本位の感情を出ないからである。従ってそういう感情のおおやけの表示が、どんな反響を呼ぶかということ、自分がその結果どんな立場に立つかということしか考えないのである。一対一の対決を余儀なくされた場合の利不利を直感するからである。結局、事面倒になるおそれのあることは差控えるくせがついてしまっているのである。「さわらぬ神に祟りなし」である。


ところで、これは、煎じつめれば、必ずしも個人の罪ではなく、お互がそういう習性を身につけるに至った原因が、やはり、そういう性格の「周囲」にあるのであって、よほど運がよくなければ、個人の正しい考えや行動が、「周囲」の支持を公然受けることはむづかしいという実情をわれわれは身に沁みて知っている。いつかそれが自然の身構えになっていることは、誰よりもわれわれ自身がよく心得ているのである。

言わば、直接個人の利害に係ること以外、まったく無関心とも見える周囲の眼を感じながら、われわれは自分の行動を律しなければならぬ時がある。それと同時に、人々の注意をひくということの意味が、われわれの間では、不自然に誇張されている。つまらぬことで人の眼をみはらせようとするものがあるかと思えば、別に恥ずべきいわれもないのに、むやみに人の間で目立つことをおそれるものもいるのである。そして、いづれもその極端なものは、人間の「人間らしい」すがたを失っているのである。


・・・・不幸にして、われわれの祖先は、道徳的にも驚くべき形式主義者であった。秩序を保つための形式が、成長を遂げるべき本来の精神を扼殺(やくさつ)したのである。


要するに、われわれの周囲を取り巻くものは、それぞれに「一個の人間」であるのに、われわれには、その「人間」という実体がぴんと来ず、それらは、なるほど「人間」の仲間かも知れぬが、むしろそんなことよりも、肩書であり、商売であり、旧知であり、未知で有り、時には好感がもてるもてないであり、更に肉身であり、恩人であり、仇敵であり、競争相手であり、泥棒であり、馬の骨であり、女ならば、人妻か処女か、素人かくろうとか、(この言葉に注意せよ)それが一切である。

かかる対人意識は、表面的には、それで別に差支えないと思われるかも知れぬが、人間同士の接触がこれですべてをすましているという現象は、決して他の国にはみられぬものだと私はひそかに考える。
この由々しいことが、どうして今日まで問題として取り上げられなかったであろう? それが封建的、非民主的な所以だと言ってしまえばそれまでであるが、決してそれだけでは問題の核心にふれてはいない。なぜなら、封建制を批判し、民主主義を唱えた多くの日本人が、やはり、かかる対人関係をもち、自ら省みるところがまだまだ足りなかったように思われるからである。
日本人の不幸の多くと、日本の社会の病弊のほとんどすべては、この、われわれの対人間意識の「不健全」に基くと言い切ることはできないであろうか? 私は、そのことをますます強く信じるようになった。


・・・それはわが戦国時代の歴史に材をとったある注目すべき映画の一場面である。
主人公である一武士が敵手に捕えられ、取調のため縄付きのまま白洲に引き立てられて来たところである。彼は、まず水を飲ませてくれと申出る。許されて、番卒が柄杓で差出す水に口を当てて飲む。いく口か飲んで、ほっとする途端、番卒は、柄杓に残った水を、この捕虜たる武士の面上にぴしゃりとひっかけるのである。まことに無造作なひとつの科である。ああ、なんという描写! なんという写実主義!
 私はこの場面だけで、この映画を再び見る気はしないのである。
 なぜなら、それがなんということなしに、その番卒の特別な役柄という風にはとれないからである。つまり、劇中の一人物の効果的な所作という解釈はできず、日本の下級武士は、抵抗力を失った故に対し、日常茶飯事の如くこういう取扱いをしていたのだ、という印象しか与えぬからである。が、それだけならまだいい。私がその時感じた不快感を率直に述べるなら、今の時代にもわれわれの同胞のなかに、この類いの人間はざらにいるのだ、という証拠を見せつけられるようであった。しかも、何よりも心淋しく思うのは、作家も俳優も、そこまでのことは気がついていないらしいということである。
 私は断言するーーこの映画を一外国人に見せたとする。この場面が必ず与える衝撃は、彼にとってどんな残忍な描写にも劣らず「胸糞のわるい」ものに違いない。しかも、これが日本人だという事情を決して見逃さぬであろう。それは、悪魔の行状ではもとよりない。最も卑小な人間の最もけちくさい快楽の表現である。半身は機械、半身は獣とみられるかの奴隷の舌なめずりである。
 これは、拷問や虐殺の非人間的なるより以上に、救いようもなく非人間的である。


この映画は、たまたま私の記憶に深くとどめられたものであるが、日本の数多くの映画や芝居や、その他の演芸、読物などについて注意するがよい。作者がことさら悪玉乃至は冷ややかな世間の代表として描きだしている人物にしても、その悪玉ぶり、世間の代表ぶりが、実に日本独特のものであり、一方の善玉の美挙快挙にもかかわらず、これを善玉たらしめるわれわれの社会の底知れぬ「いやらしさ」「日本人の軽薄な非人間的一面」を、作者の意図とは関係なく、おのづから告白するために登場したかたちになっていること、常にまったく型の如くである。時に善玉といえども、油断がならぬ。


日本人は「話せばわかる相手」だと、日本人自身は考えているらしい。それは同胞意識が強いためか、人間として「ものわかりがいい」という自慢なのか、私には、どうもよくその意味がわからないのである。おそらく、それは、「泣き落しが利く」というような場合が多いこと、「わかってもわからなくても、ともかく一応わかったことにしておく」という礼節がひろく行われていることを、自分本位に都合よく言いかえた言葉ではないかと思う。
「話せばわかる」ということは、なるほど、「話してもわからない」よりは有り難いに違いないが、私の観察によると、「話せばわかる」という意味の裏に、「話さないとわからない」絶望感のようなものが含まれていそうに思われてしかたがない。


「こういうつもりだった」ーー「いやそういうつもりではなかった」というような言葉のやりとりは、われわれの耳には、もう馴れっこになっている。これほど、相手を、そして同時に、自分を馬鹿にした話はない。
 契約は双方の利益と立場とを、双方がはっきり認め合い、完全な合意の上で、第三者にも対抗し得る共同の権利と義務とをひと通り成文化したものでなければならない。
 ところが、この契約の精神がいまだに理解されず、或は、故ら理解しようとせず、うやむやにしておく方がなにか相手を信用したことになりそうな気がし、ことに一方は、契約によって拘束を受けることのみをおそれ、他方は、強いて恬淡(てんたん)を装うことをもって得策と考え、えてして契約書というものは無用視されている現状である。
 しかも、たまたま契約書を取り交わす段になり、多くは企業者側で用意している印刷の契約書なるものを見ると、まづ型の如き法律的用語をもって双方の権利と義務とを箇条書にしてあるのはよいとして、その全文にわたり、注意して読めば読むほど、企業者としては当然の義務を掲げているに過ぎないのに、協力者側に対しては、著しい権利の譲渡を迫っているものが少なくない。もちろん、草案であるから、企業者側の希望的条件とみなければならぬが、それにしても、そんな虫のいい条件を協力者に黙って承諾させようと思っている腹が私には呑み込めないのである。
 そこには、なにか、企業者というものの、ややもすれば横暴な性格が顔を出し、若干の例外を除いての協力者の弱点につけ入る非人間的態度を見逃し得ない。・・・


 すべて契約を盾にとるのはよろしい。契約とはそうあるべきものだからである。しかし、契約がないのを楯にとって自己の立場を不当に有利ならしめようとはかるのは、人間のさもしさである。契約がないということは、特別な契約以上に、「人間」の本性と社会の常識とに従って事を運ぶ暗黙の理解があったとみなければならぬからである。
 契約が無いことを楯にとって恬然としているくらい、「人間」のずるさをむきだしにしたものはない、と私は思う。
 それは、法律を防御的にでなく、攻撃の武器として使う高利貸や悪質官吏に似ている。こういう人物が横行する社会を「不気味な社会」というのである。


 歪められた「対人意識」が瞬間俟々々に顔をのぞかせるわれわれ日本人の社会生活を、なににたとえたらいいか? 重ねて言うけれども、ただその部分だけをじっと見つめていると、私は、自分もそこに生い育ったのだという事実をはっきり感じながら、なんとしても「お化けの国」に住んでいるような心細い幻覚にとらわれるのである。


7.4.13

面白いほど膨らむピタパン

これまではスーパーマーケットで袋入りのピタパンを買っていたのだが、Pizza Maker なるものを手に入れた為、これからは家でピタパンを焼くことにした。


私のパン作りは、手で捏ねるという作業をフードプロセッサーで行うため、あっという間に一次醗酵に入る。


一次醗酵にはプラスティックのコンテナを使っている。もしその日の内に一次醗酵を終えたパン生地を使わない場合は、コンテナに入れたまま冷蔵庫に放り込んでおくことができるので、非常に便利だ。冷蔵したパン生地は2週間はもつので、沢山仕込んでおけば、好きな時に一次醗酵済みのパン生地を「 成型〜二次醗酵〜焼く」ことができ、割と手軽にパン作りに取りかかることができるのではないだろうか。


これは初回に作ったピタパンだが、100%全粒粉である。別に取り立てて健康志向というわけではなく、ただ単に、初めてピザ用オーブンを使って焼くので、失敗しても惜しくない粉を使ったというだけだったのだが...。 そう、全粒小麦粉が使うアテもなく残っていたのである。 ちなみに我家では、全粒粉のピタパンは不評で、普通の小麦粉で作ったものは焼けるハシから無くなっていくほど好評だった。

*材料
・全粒小麦粉(または普通の小麦粉)500g
・粒子の細かい塩 10g
・インスタント・イースト 小匙1杯
・水 1 1/4 カップ
・植物油 大匙1杯

(*小麦粉は、プロテイン含有量が 8〜12%のものが適しているらしい)

*作り方
1. 材料を混ぜて捏ね、3時間半〜4時間ほど常温で醗酵させる。
2. 一次醗酵を終えたパン生地を、軽く打ち粉をした作業台の上で12等分し(大きく作りたければ数はそれよりも少なく、小さく作りたければそれよりも多くしても一向に差支えない)、ボール状に丸める。→ 表面が乾かないように、布やサランラップ等で覆って10分間放置。
3. 一つずつ伸し棒で薄く伸ばしていく。→ 12等分した場合の直系は約18cm, 3mm厚くらいを目安に。
 (伸ばした生地も表面が乾かないよう、布/サランラップ等で覆っておく)
4. 平らに伸ばした生地は5分ほど休ませてから、260℃に温めたピザ用オーブンで3〜5分焼く。

ぷく〜っと膨らんだら焼き上がりだと思っていい。

通常、パンは焼き上がったら常温で充分冷ましてから切ることとされているが、このパンは焼きたてを食べるのが一番である。
余ったらビニール袋に入れて冷凍保存し、トースターでこんがり焼いて食べるのも美味しい。(本場イスラエル人はこんがり焼いたりしないようだが(笑)、日本人には焼いたお餅を想像させる味で、なかなか美味しいのである)



さて、最後になったが、私が使っている、ピタパンを焼くのに非常に適しているピザ・メーカーのデモ・ビデオを見つけたので、(会社の回し者ではないけれども)、ここに載せておくことにした。



22.3.13

@ my studio

今日、スタジオで仕事をし始めるとすぐに頭がクラクラし、気分が悪くなったので、しばらく休憩室のソファで横になっていた。

開け放した入り口のドアの向こうには、ハーブガーデンの生い茂ってしまったパイナップルセージの赤い花が見え、やせた梅の木が見え、かすかに水色の空が見えていた。

もしかしてこのまま逝ってしまうかもしれない...、そんな思いが頭をよぎった。
そこで、持っていたiPhoneで『最後に私が見ていた風景』になるかもしれない写真を、横になったまま撮っておいた。

撮った写真を確認すると、外が明る過ぎて色がとんでしまっていた。何枚か撮り直してみたものの、何度やっても同じように太陽の光りで屋外が白とびしてしまうばかりで、「今見ている風景」にはならなかった。

しばらくiPhoneと格闘している内に、頭のクラクラは治まり、起きて仕事ができるようになった。

これは、『最後の一枚』になりそびれた写真。



13.3.13

A message from Korea

韓国に居る友達からfacebookにメッセージが届いた。

「友達」と言っても年齢が親子ほども違うのだが、NZに来て初めて入った語学学校でのクラスメイトで、その時彼はソウル大学に在籍する学生だった。

彼はとても気だてがよく、すこぶる行儀のいい青年で、頭脳明晰であるのをひけらかすこともなく、終始笑顔を絶やすことがなかったが、ある日年下の韓国人の男の子が、私に「ハーイ○○!」と呼び捨てで名前を呼び挨拶したことに対して、「無礼なヤツだ」と本気で怒ったことがあった。
韓国は日本以上に年齢差というものを重要視するようで、年上の私に向かって呼び捨てというのは彼にとっては許されざることだったのだろう。とは言っても、ここはNZ。社長に対してだろうが先生に対してだろうが呼び捨てが当たり前の国なのだから、私は呼び捨てでいっこうに構わないし、○○-sang (○○さん)と呼ぶ必要はないよと私は彼の怒りを笑い飛ばした。

同じクラスで丸一日中時間をともにしていても全く親しくならない人というのがいて、顔は思い出せても名前は覚えていないというのはまだマシな方で、顔すら覚えていない人も実際沢山いたのだが、彼は仲の良いクラスメイトの中の一人だったので、語学学校を去った後も折りに触れてemailで連絡を取り合っていた。
近年はfacebookがemailの代わりとなり、相手の投稿を見て近況を知り、そこにコメントを残したりして繋がっているような気になり、そして、ついにはメッセージもemailではなくfacebookを介して伝えられるようになった。

「ハーイ、○○ sang」... (相変わらず行儀がいい)

彼は大学卒業後映画製作会社に就職し、VFX (Visual effects) 製作の仕事をしている。仕事場はシンガポールであったり、オーストラリアであったりと、忙しく飛び回っていて、多国籍なメンバーとともに生き生きと生活しているのがよくわかるが、かなりなハードワークだというのも同時に伝わってくる。
彼の以前関わった仕事に The Forbidden Kingdom という映画があった。就職して最初の大きな仕事だったのだろう、彼は自分の仕上げた作品をemailに添付して送ってくれたので、映画を観てその場面が映るのを今か今かと画面に釘付けになって観たものだ。そして、エンドロールに彼の名前を見つけて、自分の子供のことのように喜んでしまったよとemailを送ると、エンドロールまで見てくれたんだと、かえって恐縮されてしまったこともあった。

そんな息子のような彼からfacebook経由で届いたメッセージには、彼の弟さんがNZで永住権を取り、ご両親を呼び寄せることにしたので、ご両親は今年5月にはこちらに引っ越してくることになることや、自分もできればNZの映画会社で働き、移住してきたいという希望がある事などが書かれていて、またこちらに来ることが決まったら必ず連絡するから、ぜひ会って話をしようねと書き添えられていた。
そして、引き続きfacebookで人生をシェアしたいと書いてくれてあった。「こんなおばさんと?何で?」とかなり疑問ではあるが、短い期間ではあっても一応クラスメイトだったんだもんなと、気を取り直し、放置状態だったfacebookに時々は何かをupしなくちゃなと思った次第である。




ところでダニエル、
facebookにupしたこのレモン バター クリームを挟んだバター クッキーだけどさ、サクサクでイケルじゃん!と思って、続けてもう一つ食べると何か微妙に気持ち悪くなるんだよ(笑)

一言で言うと、「くどいクッキー」ってとこかな。



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