3.4.16

laminated plane iron


これは新しく手に入れた Henry Boker の鉋の刃。
研いでみると、ラミネートされたものであるのがはっきりとわかる。

時間をかけて丁寧に刃を研ぎ直し、鉋の底には鉋をかけて(日本の鉋使用)、板に接する面が真っ平らになるように調整をし、ビーズワックスを塗って仕上げた。



刃をセットして使ってみると、切れ味が良いのは当然だが、他の2挺の Henry Boker よりも使い易いように思えた。



最初に購入した Henry Boker (下の写真の左)は、大きくて角張り過ぎており、私の手にはフィットしない。
次に購入したもの(下の写真右)は、私には最も扱い易いサイズではあるが、刃の幅が狭過ぎるように思える。(やはり、荒削り用として使った方がいいかも知れない)


比べて見ると、今回購入したものが最も万能な鉋のサイズ、スタンレーで言うならば、No.4 Bench Plane という感じがする。


先頃、あるYouTube ビデオを観ていたら、ウッドワーカー向けの講演の中で、鑿や鉋の刃を『恐ろしいほど(危ないほど)』シャープに研ぐ人がいることに触れ、「そのように研いだことがある人?」と問いかけている場面があった。
会場に居た人の数人が挙手をしたようだったが、大方は恐ろしいほどまでにシャープには研いだことがないらしい。
刃の質にこだわる日本のウッドワーカーがそのビデオを観たら、きっと仰天することだろう。

刃は恐ろしいほどシャープに研がなければ、それを使って良い仕事はできないと、私は確信を持って言えるようになった。実際、若干切れ味の落ちた刃で広い板を平らに均そうとしても、綺麗にできないのだ。
そして、恐ろしいほどシャープにできる刃は、ラミネートされた刃しかないと、やはり思ってしまうのは、その鋭利さを見てしまったからだろう。

日本の刃物とドイツの刃物…
その双方を使ってみることができた私は幸せだね、父さん…
そう、心の中で父に話し掛けながら、ドイツの鉋の手入れをしていた。


Spear & Jackson, Henry Boker and... Miller Falls?


インターネット オークションで昔のハンド ツールを売る目的は、大きく分けて2つに別れる。
一つは商売でやっている人。古いツールを二束三文で仕入れたり、国内、或は海外のオークションで安く仕入れて、上乗せした金額でオークションに出して仕事にしている。
もう一つは、家族が使っていた物(または自分がかつて使っていた物)で、使わなくなったのでいくらでもいいから処分したいという人。
この3つのツールをまとめてオークションに出品した人は、後者の方のようだった。

今週始め、この3点で $15 (+ 送料 $9)で落札し、3日後には荷物が届くという、素晴らしくスムーズなトレードだったが、出品者がこのような古いツールに詳しくないからか、説明にはそれぞれのサイズが書いてあっただけで、メーカー名は3点とも書かれていなかった。

ずっと探していた小ぶりの鋸と、エッグ ビーターと呼ばれるハンド ドリルは、想像していたよりもコンディションがよく、鉋は少々痛々しい修理がしてあった。



ハンド ドリルのギアの噛み合わせは問題無く、しっかり動いたが、ドリルビットを差し込み固定する部分のパーツが一カ所逆を向いているようだったので、ピンセットを使って据え付け直した。



次にハンドルの剥げた塗装を取り除き、サンドペーパーで綺麗にした後シェラックを塗っておいた。(写真は、小さなハンドルにシェラックを塗り終わったところ)




小ぶりの鋸の歯の先端が一部欠けているが、使用するのには問題無いと思うので、このまま錆を取って歯の目立てをし使うことにした。


ハンドルは欠けも無く、非常に良い状態だった。
西洋のこういったハンドルは、実用一辺倒ではなく、デザイナーのセンスがうかがえるものが多いように思う。


まずは、少しガタツキのあったハンドルを外して、ブレードの錆を落とそうとしたのだが、このマイナス ドライバーでは回せない木ねじを外す専用ドライバーがない…
アトリエにあった鉄板を切ってドライバーもどきを作ったのだが、ねじがかた過ぎて鉄板が曲がってしまったため、仕方なく、DIY ショップに行って、最も安くて幅広のマイナス ドライバーを買ってきた。
小さな四角のヤスリで、買って来たドライバーの中央を削り、この両側の溝にぴったり納まるドライバーを作って問題解決。





ハンドルを取り外すと、中は錆でジャリジャリしていた。
そして、真鍮のネジには緑青が付いていたので、ワイヤー ブラシで綺麗に取り除き、平らな面は目の細かいサンド ペーパーで磨いておいた。




鋸の歯の部分は下の写真のように若干湾曲していたので、ハンマーで叩いて直した。



錆を取って出てきたメーカー名は、SPEAR & JACKSON。
イギリス (Sheffield)の超有名なメーカーだった。




さて、最も傷んだ箇所の多かった鉋だが、ブレードに付いていたマークを見てすぐに、これが Henry Boker のものだとわかった。
3挺目、Henry Boker…

3挺とも形が若干違いはするものの、特別 Henry Boker のコレクターというわけではないので、こんなに幾つも要らないかも…と咄嗟に思ってしまったが、この割れ目の入ったハンドルの修理に3カ所穴を空け、ねじ釘で留めてあるのを見ながらボディの汚れを取っていたら、色々な思いが心をかすめた。

この鉋を使っていた人は、きっとこの鉋が好きだったんだろうな… 
ここまでして使い続けていたんだから、きっと使い勝手の良い鉋だったに違いない。
ただ飾っておくのを楽しむコレクター(ツール オタク)が、お宝に傷がつかないように丁寧に丁寧に扱っていたものではなく、これは仕事をし続けていた鉋なんだ… 
これを使っていた人はどんな人だったんだろう? 
どんな物を作っていたんだろう?

外側は汚れをあらかた取り、シェラックでコートしたものの、私はこのねじ釘の穴を塞いで綺麗にすることはやめておいた。
この鉋は痛めつけられていたわけでも、粗末に扱われていたわけでもなく、愛着を持って使い続けられていたのだ。
素晴らしいじゃないか。

この鉋を作った人がこれを見たら、ハンドルが割れても捨てずに使い続けてくれていたことにきっと感謝することだろう。
使い捨てではないツールを作る人は、長く使ってもらえることを最も喜びとするはずだから。






今日の作業は、外側を綺麗にしてシェラックでコーティングするまでで終了。
鉋の刃を研ぎ、鋸の目立てをするのは次回… 

できればエッグ ビーターにもう一つ木製のハンドルを作って付けたいとも思っている。



31.3.16

魚の パターン作り




ここNZでは魚釣りは人気のスポーツだ。
そのためか、スクロールソーで作る魚の飾り物はけっこう人気があって、作って売れ残るということはまずない。

スクロールソーで作る魚のフリーパターンは沢山出ているが、NZで捕れる魚のパターンは少ないため、インターネットで適当な写真を探し、それを使って自分でパターンを作ることになる。

今日は半日フォトショップで(しかも作業し辛いトラックパッドで)細かい作業をし続けていたので、すっかりドライアイになってしまった。

取りあえず仕上がったものの、まだスクロールソーで切り辛い箇所がないか細かくチェックしていないので、一旦印刷して確かめる作業をこれからすることになる。

これは Tarakihi (タラキヒ)という白身の魚。
日本にも輸出されているらしく、名前はフエダイとかシマクロダイとか呼ばれているそうだ。


30.3.16

Lovely Car & Car Enthusiast

夕食を食べ終わり、同居人たちも私も各自部屋でくつろいでいた時、玄関のベルが鳴った。

いつものことながら、裏に住む大家さんの息子が、来客が多いのでウチの駐車場に車を停めていい?と言いに来たのだろうと、我家の誰もが思っていたのだが、ドアを開けると知らない中年の男性がにこやかな表情で立っていた。

とても上品そうなその人は、穏やかな口調ながら、自分は Car Enthusiast で、外に停めてあるとてもラブリーなフォード エスコートの持ち主にぜひ会ってみたくて来たんだと熱心に話し始めた。

私の車ではないというと、持ち主は今居るかと聞くので、同居人Hを呼び、私は奥に下がったが、話し声が聞こえるので、私と同居人Tは笑いをこらえながらHの受け答えを聞いて楽しんでいた。

その人の家はここから2, 3分の所にあるようで、これまでに何度かこの車を見ていて、自分が若い頃走っていた車を今でも綺麗にして乗っている人に是非会って話をしてみたいと思っていたんだと言い、何処で見つけたの?とか、何故この車を買おうと思ったの?とかから始まり、錆はかなりあったのかとか、修理が大変だったろうとか、けっこう色々な質問をし、もし手放す時が来たら、ぜひ僕を思い出して連絡をして欲しいと、名刺を手渡してくれたと言うので、私達はその人が帰った後、「相当この車が欲しいんだろうね」と、"Car Enthusiast" の話で盛り上がってしまった。

エスコートは本当に人気がある。
特に50代から上の世代は、郷愁も相まって、'Lovely Car' と愛着を込めて呼ぶのだ。



ガソリンスタンドでも白人の中年男性に「いい車だね!」と声を掛けられ、家に居ても見ず知らずの中年男性(やはり白人)が持ち主に会いたいとやって来る…

同居人Hは会社でも中年男性ばかりが近寄って来るようで、オヤジキラーと皆にからかわれてかなりガックリきていたが、全く予期せぬ今夜の来客の話は、きっと明日、会社で笑い話となっているに違いない。


「変な経験だった〜」とHは言い、「ユニ(大学)に通ってるの?って聞かれてたから、実際よりも若く見えたんだね」と、Tが冷やかして笑っていた。

変だけど、何だか微笑ましく感じてしまったこの珍しい来客によって、荒んで来ていた心が少し和んだように思えた。


日本では、「あなたの車良い車だね」と言いに、見ず知らずの人の家を尋ねてなど行かないだろうし、「手放したくなったら連絡して」と、他人の愛車に購入希望者として名乗りを上げにも行かないだろう。

この国、オープンな(アッケラカンとした?)お国柄だよねと、同居人達とひとしきり笑った晩だった。



人間はどこまでガメツく、狡く、無責任になれるのか

インターネット オークションに出品している人の中には、"No Buy Now"と但し書きをしている人が結構居る。

自分が設定するBuy Now 価格よりも高くなる可能性があると見積もってそうしている人も中には居るだろうが、私のように、Buy Now で落札してもらうと、(近くにあったポストボックスが姿を消してしまったため)一つ落札される度に、その都度遠くまで運転して郵便物を出しに行かなければならなくなり、ややもするとガソリン代の方が高くなってしまうので、オークション終了時間をできる限りコントロールするために、Buy Now 価格を設定しないでいるという人もおそらく居るに違いない。(私はNo Buy Nowとは但し書きしていないが)
また、これからここに書き連ねるようなトレーダーがあまりにも多く、一々良心的に対応するのは馬鹿らしいと感じている出品者が多いのかも知れない。


「私達は今週末に海外に旅行に出かけてしまって、オークションが終了する日曜日にはこちらに居ないから、リザーブ価格をBuy Now 価格に設定してくれると嬉しい。その美しいペンダントを友達へのプレゼントにしたいと思っているの」と、やけに細かく事情を書いて来た人がいたので、旅行に出掛ける前日までに確実に届かないと困るだろうと、すぐにBuy Now 価格を付けたことを知らせたことがあったが、舌の根も乾かぬうちに心変わりしたようで、watch list からも削除し、なしのつぶて…
そのような人に遭遇するのは初めてだったので、「あぁ、世の中にはそういう人も居るんだ…」と、空虚な気持ちになった。売れなかったことにではなく、『口から出任せ』で、自分の発した言葉に責任を持てない、或は相手の気持ちをこれっぽっちも考えていない人を見たような気がして、空しい気持ちになったのだ。

またその前の週には、出品しているLucet に、「ハンドル付きの物を作れるかしら?」という質問が来て、「あなたのために喜んで作りますよ」と返事をし、丁寧に作ってリストし、その旨を質問者に知らせておいたが、その人は買わなかった。一体、何の目的で質問をして来たんだろうか?

一方、落札してくれたのは嬉しいのだが、NZ国外に住んでいるのにも関わらず、NZ国内の郵便料金を払い、もし追加料金がかかるようだったら支払わなくちゃねと、クレジットカード決済をした際にメッセージを添付してよこしたまではよかったのだが、その後、全く連絡が取れなくなった人も居た。
こちらは早々に、国外への送料と届くまでの日数(普通郵便だったら幾ら、追跡サービス付きの送料は幾ら、エクスプレス便だと幾ら、等々)を調べ、相手に3度 emailを送るもなしのつぶてで、そのまま返事を待ち続けても無駄だと思い、仕方なく送料がオーバーした分は私の収益から減らし送ったものの、着いたかどうかわからず…
とうに届いていていいはずだし、届かないというクレームも無いので、おそらく受け取ってくれているのだろうとは思うが、フィードバックも無く、何も言って来ない。
海外に送るのに、国内の送料で足りるとは普通思わないでしょと思うのだが、そういう人も居るんだと驚くと同時に、emailで問い合わせが来ているのに返事を返さない(連絡が来るかも知れない状況でもemailをチェックしていない?)人が居ることにも、正直苛立を覚えた。

更に、watch list に入れていたものの入札せず、オークション終了後にfixed price offer をして欲しいとリクエストして来た人がいたが、出品していたリザーブ価格でオファーを出したら、アクセプトされずに時間切れとなった。
直接値切ってきたわけではないが、明らかに値切っていたのだと思った。そのような人に、安くしてまで買ってもらおうとは思わない。安くして売るのなら、その人ではない人に買ってもらいたいとさえ思ってしまうのは、自分の気の強さのせいだろうか...

幸いにも、その後の2件のインターネット オークションでの取引は何の問題も無くスムーズに終了し、この世に無責任な人ばかりでなかったことを心から嬉しく思ったものだが、日頃ほとんど人と接触せず、わずかに人と連絡を取り合うことになるインターネット オークションでさえ、このようなあまり喜ばしいとは言えない経験を何度もするのだから、外に仕事に出ている人はさぞかしストレスが溜まることだろうな… 同居人Hが時々イライラしたまま帰ってくるのがよくわかるよなと思った。

私は"聖人"ではないので、そのようなあまり嬉しくないことが重なると苛立もし、どうにかならないものかと考えてしまう。
考えたところでどうにもならないのだろうなと思いながら...


ここ数日、ある聖句が頭の中を駆け巡っている。

テモテ第二3:1-5

しかし、このことを知っておきなさい。すなわち、終わりの日には、対処しにくい危機の時代が来ます。というのは、人々は自分を愛する者、金を愛する者、うぬぼれる者、ごう慢な者、冒とくするもの、親に不従順な者、感謝しない者、忠節でない者、自然の情愛を持たない者、容易に合意しない者、中傷する者、自制心のない者、粗暴な者、善良さを愛さない者、裏切る者、片意地な者、[誇りのために]思い上がる者、神を愛するより快楽を愛する者、敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。


そうそう、隣りの犬は昨日からほとんど吠えていない。(昨日は日中全く声がせず、今日はたまに短く吠えてはいるが、吠え続けてはいない)

飼い主が隣近所の迷惑を理解したのか、ただ単に通報されたくなかったというだけなのかわからないが、それでも静かにさせておくよう努力をしてくれていることは有り難いことだ。




28.3.16

謝らない人

新しく隣りに入った家族の犬は、家に人が居ないと一日中吠え続けている。
昨夜は夜遅くまで家に誰も居なかったようで、絶え間なくキャンキャン キャンキャンと、我家との境まで来て吠え続け、うるさくてたまらなかった私達は、食パンでもくれておいたら啼かなくなるかと試してみたがダメだった。

そして今日の昼、その家に住む白人の女性が玄関に現れ、開口一番、
「あなたウチの犬にパンを与えたでしょ。そんなことしないでちょうだい。」と苦情を言ってきた。(隣りの犬は食パンを一切食べなかったのだ)

「ごめんなさいね。あなたの犬があまりにもうるさかったから、食べ物を与えたら静かになるかと思ったんだけど」と言うと、「パンなんて与えないでちょうだい」と怒っているので、もちろんこれからは何も与えたりしないけれども、犬が四六時中吠えていないようにちゃんと躾をして欲しいものだ。隣人の迷惑も考えてみたらどうだと、私は相手の威張り腐った態度を改めさせるべく言ってみた。
それに加えて、「あなたはまず、騒音で隣人に迷惑をかけていることを、何よりも先に謝るのが礼儀じゃないかと私は思うよ」と忠告したのだが、「引っ越して来たときよりも格段に啼かなくなっているじゃないの!」と言い返すので、「家族が家にいる時には啼かなくなっているけれども、いない時にはずっと吠え続けているって、知らないでしょ」と聞いたら、「知っているわよ」と返してきた。
(ほう… 知っているのに、深夜遅くまで犬を家に置き去りにして、犬がひっきりなしに吠え続けているのも平気だったんだ…  隣人の迷惑も、犬のことも何も考えていやしないということか)

「犬の吠えている声を聞かされ続けているのがどんなに苛立たしく、腹立たしいかわかる?」と質問すると、彼女は「犬は吠える生き物だから、吠えるのは当たり前でしょ」と吐き捨てるように言い、食べ物を与えたことを殊更強調して非難し続けるので、「それでは今後このようなことがあったら、私は警察(或はノイズコントロール)を呼ぶことにするよ。他に方法が考えつかないから」と伝えた。

会話中、彼女の口からは一度も謝罪の言葉は聞かれなかった。
『犬が吠えるのは当たり前』だと思っているような人だから、夜中に吠え続けて近所に騒音被害を与えても別に"飼い主としての責任は無い"という考えなのだろう。そのような人にはこちらがどんなに迷惑を被っているかなど考える機能など備わっていないのだから、公的な機関に対処を委ねるしか方法は無いように思えた。

おそらく、彼女以外の大多数の人は知っているだろうと思うが、全ての犬が四六時中吠え続けているわけではなく、躾のできていない犬がのべつ幕無しに吠え続けるのだ。
(躾などされていない野良犬でさえ、あんなに何時間も何時間も吠え続けないだろう)

躾のできていない犬が吠え続けて近所に迷惑をかけているというのは、国内で大きな問題となっているらしく、数週間前、ラジオのトーク番組でその話題が取り上げられていた。
トーク番組に電話をしてきた『迷惑を被っている』人の数は多く、その人たちのほとんどは、非常識な隣人の『改めようとしない態度』に怒りを露にしていた。
そう、問題なのは犬ではなく、飼い主のモラルの無さなのだ。

もしウチの隣人が、開口一番、「昨夜ウチの犬がきっとずっと啼いていてうるさかったんでしょう。ごめんなさいね。でも、食べ物を制限しているから、これからは食べ物を与えないでいてくれるかしら」と、『苦情を言いに来た』のではなく、『頼みに来た』のであったら、事態はさほど悪くはならなかっただろうと思うが、考えてみるに、そのような誠実な態度を取れる人(誠実な人)であったら、もっと早くに、迷惑がかかりそうな隣近所に先に謝っておいたことだろう。

犬が吠えるのは当たり前だから…という理屈でいけば、犬は噛み付くのも習性だから、他人に危害を加えても当然だということになる。
ピットブルなどの獰猛な性質が元々備わっているような犬による被害が、毎年のように報道されているが、それも習性だから問題視することはないなどとは、正常な神経を持ち合わせている人であれば思わないだろう。
躾けられないペットを無責任に飼うべきではない。


猫の糞被害に悩まされ、次は犬の騒音被害…
この世は、増殖する自分勝手な人間のせいで、非常に住み難くなって来ているように思えて仕方がない。



歳食って面倒臭いと感じることが多くなった私



出来上がりを見ただけでは、竹串なんぞを使ってこんな細かい作業をしていることなど想像できないだろうなといつも思う。(写真中央の馬の頭の部分:上はサンディング前、下はサンディング後)

塗装で水分(或は油分)を含んだ木の繊維は飛び出し、切ったままで何も塗らない状態よりも更にガサガサになってしまう。(オイルを塗った場合はまだ少しマシな状態だが)

サンドペーパーでそのガサガサした表面(断面)を滑らかにして行く作業を、以前は面倒だとは思わなかったが、最近は面倒で仕方がない。でも、時間をかけてそれをしなければ仕上がりが綺麗に見えないのだ。
何とか簡単にできる方法はないかと、先にオイルやらシェラックを塗って、その後ステインで仕上げてみたこともあったが、思い通りの仕上がりにはならず、尚かつ、やはりサンディングの必要があり、解決策にはならなかった。



表面、裏面のサンディングはわけなくできるので、何もストレスを感じない。
問題はスクロールソーでカットした断面の始末だ。
ペイントの専門書を買ったら、何か良い解決策をゲットできるのだろうか?

そのようにしてできる限りスムーズにした後、二回目のステインを塗って再び乾かしている。




25.3.16

マドレーヌは家で

ここNZは、今日から来週の月曜日までイースター ホリデーに入っている。

ということで、昨夜は携帯電話にセットしてある目覚まし時計をしっかりオフにし、今朝はゆっくり起きられると思っていたのに、朝5時台に目が覚めた。(いつもよりも早いじゃないか…)

目は覚めていたものの、そんなに早く朝食の支度をしても仕方がないので、ベッドの上でemailのチェックやら何やらして空が明るくなるのを待っていた。


今日は、昨日フリーのパターンで作ったウェルカム ボードのペイント作業やら細々した作業をして午前中過ごし、午後は家に戻ってのんびりとお菓子を焼いたりしていた。

フリーのパターンは少しデザインを変え(要らない文字を消し、ウェルカムの文字を大きくした)、スクロールソーで切ること約3時間。
ブレードを留める部分が傷んできているのか、ブレードの下側が頻繁に外れ、ブレードが曲がったり折れたりして難儀をした。
1枚の板を切り終わるのに5本もブレードをダメにしてしまったなんて… ため息ものだ。

ブレードの留め金の具合が悪くなかったら、おそらく2時間半もあれば切り終えていたことだろう。



切り終わると、次には切り口のガサガサをサンドペーパーで綺麗にする作業が待っている。
カーブのガタツキを整え、周囲を極少量面取りし、全てを綺麗にするのに1時間以上かかった。

(スクロールソーでカットしただけの状態 - 裏面)

(ガサガサを取り除いている途中)




そして、今日は第一回目のペイント。
細い筆を使い、細かい部分にも裏側にも全てステインを塗り、そして拭き取る。
下の写真はステインを乾かしているところだが、完全に乾いたらサンディング、そして二度目のペイントをし、色の具合を見て、ステインを重ね塗りするか、ポリウレタンで仕上げて良しとするかを決めようと思っている。





さて、我家では買って食べることはないマドレーヌ。
今回は横着をして型に塗るマーガリンをオリーブオイルを吹いて良しとし、粉をふっておいたのだが、それが災いしたのか、はたまたいつもは使わないバターを使ったせいか(いつもはOlivani Spreadを使う)、焼き上がる頃にはグツグツ煮えているような感じで、大量のオイルが型の外に流れ出し、ゲゲゲな状態になっていた。

オーブンが火を噴いては困るので、慌ててオーブンから取り出し、ペーパータオルの上に乗せて油分を吸い取らせてから食べてみたが、少々ふっくら感が無いものの、味は普通かなという感じ。 ゴミ箱行きにはならなかったが、マドレーヌで失敗したのは初めてだったので、ちょっと凹んだ。




24.3.16

速報 NZ 国旗変更せず

(この画像は、NZ Herald の記事をキャプチャーしたものです)

NZ ヘラルドによると、56.6%の国民が現行の国旗を選び、43.2%が新しい国旗を選んだとのこと。
合理主義の国なのに、最初に国旗変更の賛否を国民に投票させず、これまでの国旗変更キャンペーンに NZ$26 million という無駄金を使ってしまった政府に対して、おそらく怒りの声がこれからしばらくは上がり続けることだろう。



23.3.16

改良型 ベンチトップ ベンチ


初めて試した Inlay もどきがどうにも上手くいかず、数日悪戦苦闘した挙げ句に、どうにもならないと諦め、ゴミ箱行きになった製作中のトレイのハンドル。


以前作った作業台の上の作業台が使い辛くなってきたため、穴を空けた上の板だけを残して解体し、新しく(少々高めに)足を作り直し、足の部分にクランプが入るだけの穴を空けて、横にはかなり前にインターネット オークションで落札したミニ クランプを取り付けた。


ミニ クランプに取り付けた板に、(雲の上のお師匠さんのやり方で)着脱式の vise dog を差し込む穴を空けた。




ミニ クランプではあるが、しっかり固定でき、これまで使っていた作業台よりもサイズは縮小したものの、格段に使い勝手が良くなった。
ただし、無垢の板ではなくMDFと合板を使っているため見た目はよろしくなく、その上、これまで使っていた上板を再利用したため、至る所に螺子釘穴が空いていて実に貧相だ。
まぁ売り物ではないし、使い勝手がよければいいか… という程度のものである。

さて、ミニ作業台が使い易くなったので、またトレイ作りの続きをするとしよう。

19.3.16

Kilimanjaro Kafe

朝起きると、取りあえずはキリマンジェロ カフェに行き、そこで朝食を取ることになっていた。

美味しかったかどうか全く覚えていないコーヒーと、すこぶる美味しかったパイナップル ジュース。トースト… 卵料理はウェイター或はウェイトレスがその場で焼いてくれていた。サラダにベーコン、ソーセージ、果物などといった定番のものが並んでいたのをかすかに覚えているが、2週間滞在してしていた間、毎日そこで朝食を取ったはずなのに、果物以外何を食べたのかさっぱり覚えていない。

豪華な美しいリゾートホテルだった。
自分が選んだわけでもなく、招かれたというのでもなく、ただそこに行かざるを得ない境遇に陥ってしまった私達は、次に起こることがどんなことかもさっぱりわからず、観光気分などというものも味わうことなく、アフリカ大陸に着いたわけでもないのに、毎朝キリマンジェロ カフェに行くしかなかったのだ。

そのカフェは、敷地内の中央に広がる大きなスイミング プールの中に建っていた。
水辺に近い席をとり、コーヒーを頼む。
スタッフたちは、おそらく私達の身に起こったことを聞かされていたのだろう、皆とても親切に、そして、静かにしておいてくれた。

17年経った今でも、時々ふっとキリマンジェロ カフェの香りが漂ってくる。
そして悲しみがこみ上げる。

もう人生を終わりにしたい。
終わりにして欲しい。

時々どうしようもなくそう思う時がある。


日本に荷物を送る準備

YouTube で犬のコートの製図を教えてくれているのを見つけ、早速製図し、まずは試作品を作り、その後超個性的な生地を使って本番に臨んだ。 製図はいたって簡単だったが、最初に使用した布は手持ちのやや厚手のフリースだったため(緑色の布は、以前作ったもののほとんど着用しなかった自分用...