2.3.24

新しいプラットホーム

 私の作品の最後の販売場所を決めた。

自己紹介文を書くのに何日かけただろう...
日本語でも何と書くか、何を書くかおそらく迷うに違いないが、英語となると、どんな単語を使うかまで考えなくてはならず、パソコンに打っては削除、打っては削除を繰り返していた。

もういい歳になっているので、経歴を書くとなると結構長いものになってしまい、かと言って、端折ってしまえば私が掲載する様々な分野の関連やら専門性がぼやけたものになってしまうことになる。

時間の経過と共に変わって来た興味と、それに伴う変化する(或いは追加された)仕事内容、そして、時間が経過しても変わらない手仕事に対する信念を、どうやって読む人に伝えようかと、散々悩んだ挙句に、11 歳で洋裁を初めてからこれまでに起こった事と、それぞれの時代に携わっていた仕事を淡々と書いてみた。

その後は、それぞれの作品の写真を撮り、説明文を考え、送料を割り出し、掲載するという作業...
正直なところ、それらを誰かがやってくれたら製作に専念できて楽なのだが、自分でやるしかないというのは誠に辛いものである。

まぁ、これまで作り溜めたものが数多く残っているので、しばらくは掲載する商品に困ることはないだろう。果たして閲覧する人がどれだけいるのか、想像もつかない上に、どれだけ売れるのかも全くわからない。
だが、恐らく、これまで使っていた Trade Me よりは、私のようなクラフターには合っているだろうと思える。


販売を託すウェブサイトでは、最初の 5 件の掲載に関して、規約に違反していないかをチェックするとのことで、実際に掲載内容を送信してから約 1 日経った後に、正式にそのサイトで販売ができるようになる。
私の場合も、問題なく、送信翌日に販売開始となった。

後で気づいたのだが、正式販売開始となったその日は亡き父の誕生日で、最初に載せたのはステンドグラスではなく、木工作品だった。


父が「頑張れよ」と言ってくれている気がした。





21.2.24

スタジオ名変更

 こちらに来て仕事を立ち上げ、起業家ビザで永住権を取得したと、以前日本人の知り合いに話した時に驚かれたことがある。日本人で起業家ビザを申請する人はそんなに多くはないんじゃないかということだった。

あの当時はまだ活力があった。

イスラエル人の知り合いに紹介されたイスラエル人弁護士事務所と、韓国人の知り合いに紹介してもらった韓国人税理士事務所に幾度となく通い、永住ビザ申請までサポートしてもらったりと、国籍などには全く無頓着な私だが、もしかしたら、日本人コミュニティーにどっぷり浸かっていない姿勢が少なからず評価されたのかもしれない。
永住権申請時に添付した推薦状も、キウィを含め、本当に様々な国から来た人々に書いてもらったものだった。

移民の非常に多い国なので、どこの国から来たかに関わらず、自然と助け合うようになっているのは、多くの移民がそれなりに苦労をしてきていて、他人の苦しみを自分のことのように感じることができるためだろう。

言葉も、文化も全く違う国で、誰かの助けを借りずに独り立ちできる人はそう多くはないに違いない。資金に限りがある場合は尚更である。

"他人に手を貸さない" 日本人を多く見てきた私にとって、他国から来た知り合いたちは本当に心温まる有難い存在だった。


仕事を立ち上げるに当たって、私は会社の登録名称とブランド名を決める必要があったが、ブランド名は最も力を貸してくれたイスラエル人の友達が私に付けてくれた "イスラエル名" とし、これまでその名前を使い続けてきた。
当然のことながら、それがイスラエル名だとは知らない人の方が多く、中にはどういう意味かと聞いて来る人もいたが、その人たちのほとんどは日本の名前(若しくは言葉)だろうと想像していたようで、イスラエル名だというと非常に驚かれたものだ。

私はその名前がすこぶる気に入っていたが、グラス アートから木工中心に興味が移ってから、もっともっと自分らしい生き方をしようと強く思うようになり、ブランド名を新しくしたいと思うようになってきた。

彼の人の居なくなった月、『神無月』...
心の中にずっと燻っているイメージを、私の仕事に対する最後のブランド名にしようと、そんなことを考えながら、販売する物を少しずつ作りためている今日この頃である。





6.2.24

気温 30℃に達すると警告が出る国

 

ここの夏の平均気温は 21~25℃ というところだろうか...  30℃ を超えると Heat warning が出る。

そんな国に長く住んでいると、あの爽やかだと言われているハワイでさえも、耐え難いほどの蒸し蒸しした気候となり、空港に降り立った途端、汗が噴き出すばかりではなく、手足がパンパンに膨れ上がり、酷い目に遭うことになる。

この夏は例年になく、夜扇風機をつけて寝る回数が多い。
布団をかぶらないといられないほど涼しい夜と、熱帯夜とも呼ぶべき蒸し暑い夜が交互にやって来て、少々夏バテ気味である。


暑くなるとハエが家の外を飛び回るようになるが、この国のほとんどの家には網戸というものが付いておらず、仕方なく、我が家ではベランダ側には細かい網状の虫除けカーテンを取り付け、他の部屋は普通のレースのカーテンで、ハエの侵入を極力防いできたわけだが、それでも、これまでは数匹家の中に入り込んで来るのを防げないでいた。




数週間前、フェイスブックか何かで、上記の自家製虫除けスプレーの作り方を発見し、ダメ元で作ってみたところ、これが効果覿面で、窓枠に吹き付けておくだけで、ハエが家の中に入って来ることは無くなった。

酢の臭いはするものの、薄いのでさほど気にはならず、スプレーが顔や手にかかっても毒では無いので安心である。

SNS もたまには役にたつ。




31.1.24

H からの頼まれもの & 頂き物の水菜

数週間前、H の家に行った際、カーテンの丈をつめて欲しいと頼まれ持ち帰った。
その翌日には出来上がっていたが、H は何かと忙しかったようで、先週末、我が家の近くの美容院に来たついでに取りに来た。

H はお昼少し前に我が家に着いたため、残り物の裂いたビーフ ブリスケット(タコス味)を温め直し、レタスやらグアカモーレやらを加えてトルティーヤにして簡単なランチとし、私はといえば、我が家にある "使っていない物" を、(H が「使う」と言うのを期待を持って)次から次に出しては見せていた。

数年前に作ったが、辛過ぎて使えないままだったタコス ミックスやら、1kg 近く残っていた粉状ハリッサ、日本から買ってきた目薬、ハエやら蚊の忌避剤(酢と食器洗い洗剤を水で薄めたもの)を作って入れておくスプレーボトルとかがヒットして万々歳。

日本には選ぶのに苦労をするほど多くの目薬が売られているが、日本で売られているような目薬類は NZ では売られておらず、あるのはドライアイ用の、単に潤いを目的としたもののみで、爽快感などは全く無い。そのため、日本に帰国した際に数個まとめて買ってくるという行為に出るのだが、どうしたわけか、こちらでは日本にいた時のように頻繁に目薬をさすことがなく、一度も開封していない使用期限切れになっている目薬がいくつか出てしまうことになるというわけだ。おそらく、それらは次に日本に行き、新しい目薬を買ってくるまで、薬を入れている引き出しの中で眠っていることだろう。
不経済だし、勿体無いとも思うが、使いたい時に手元に無い/すぐに買って来れないという状況においては、致し方の無いことと納得するしかないだろう。


H は 4 時間ほど居ただろうか、家に戻って直ぐに裾上げしたカーテンを取り付け、ちょうど良い感じだと写真を撮って送ってくれた。お直しのカーテンを受け取って来る際、左右で仮止めした長さが異なり、左側の丈くらいにしてと頼まれていたが、間違えることなく直せ、床に着かない程度の絶妙な長さにできて良かった。(まだボケてはいないな...)




H が栽培した立派な水菜を山盛り持ってきてくれたので、私は早速、その日の夕食に、水菜料理で最も好きな、豆腐と水菜の胡麻和えを作って食べた。レシピにはちくわを入れると書いてあったが、ちくわは常備していない(且つ高い)ので、中国系スーパーマーケットで売っているフェイクな蟹のすり身ナゲットで良しとした。


我が家の夏の定番である。


19.1.24

Tailors Clapper

 

Tailors Clapper と呼ばれる、アイロンをかける際に使われる道具。とりわけ、厚手の生地やら、パッチワークをアイロンがけする際にあると便利な物として知られている。

主として、アイロンがけした縫い目をまだ熱い内に真っ平らにプレスすることを目的とした物で、そのため、手に熱が伝わらない程度の厚みの板であることが必須条件だ。

組み立てる必要の無いものなので、非常に簡単に出来上がるのだが、一般に売られているものは信じ難いほど高価で、ネットで検索すると、NZ $80 近くするものもあったりして、そんなに法外な値段を付ける理由が理解できない私は、もちろん買ったりなどせず、自分で作ることにしたというわけだ。


幸い、手持ちの板の中にハードウッド(saligna)の厚い切れ端があったため、鉋で表面を真っ平らにし、使い易いだろうサイズにカットし、カットした部分に鉋をかけたり、丸みはファイルやらサンドペーパーを使って整えた後に、買って間もない Makita Router / Trimmer を使い、Clapper を持ち易いよう、側面に指が収まる程度の窪みを掘った。

このマキタのハンド ルーター/トリマーはストレス フリーで使えて、あっという間に窪みも作れ、周囲の角張った部分も丸く仕上げられて便利である。


こんな、たかがただの板じゃないかと誰もが思うであろう物を、どうしてそんな高い値段で売ることができるのだろうか?

もし仮に、ルーターも無ければ、鉋や鋸も無いという人でも、DIY ショップ(ホームセンター?)で適当な大きさの角材と、サンドペーパー(#180〜#240程度)を購入してくれば、同じ機能を発揮できる物を難なく作ることができるだろう。
指の滑り止めは、小学校の時に使った彫刻刀セットの中の、丸く削れる(ほぼ半円形の)刃が付いたものを使えば作ることができる(少々の根気が必要だが)。
窪みを作るのが面倒だったら、窪みではなく突起を付ける... 、指が引っかかる程度の板を粘着テープ、木工用グルー、ホットグルー等々で貼り付けるとか、或いはしっかりとビスで止めるとかしても一向に構わないだろう。何なら、安い引き出しの取手を上に付けたっていい。要するに、自分が持ち易い/動かし易いようにすればいいというだけの話だ。

板の角は丸く削っておくのが好ましい。角をそのままにすると、ささくれができたりする危険があり、布地を引っ掛けたり、持った時に手を傷つけてしまう恐れが出てくるためだ。(サンドペーパーで角を削り落とすだけで十分)

廃材で作ればサンドペーパーだけの出費で収まるものでも、買うとなると、馬鹿げた価格を支払わなければならなくなる。

洋裁はしても木工はできないと思い込んでしまっている人は少なくないだろう。だが、これは木工と呼べるほどのものではなく、特別な技術を要するものでもないので、洋裁或いはパッチワークを楽しむ機会が少なからずある人は、一つ試しに作ってみるといい。

きっと重宝するだろう。






15.1.24

久々の洋裁

 自分で縫った服を着るようになったのは、確か小学校  5 年の頃からである。

2 才年上の姉がリカちゃん人形の服を作り始め、私も見様見真似で幾つか作った記憶がある。

姉が原型からパターンを起こし、本格的な洋裁を始めると直ぐに、私も(姉に教わりながら)洋服を作り始めたのだが、そのほとんどは従姉妹からのお下がりの服をくずした布で作るもので、好きな布地を買って来て作っていたわけではない。

家には洋裁関係の月刊誌と思われる物が何冊かあって、原型を使っての製図の仕方を覚えてしまえば、自分の体型におおよそ合った服を作ることができ、おそらく、当時の最先端を行っていたであろうデザインの服を、裕福ではない家に住んでいたとしても、身に付けることができていたのである。

小学校に自分で作ったキュロットスカートを履いて行った際には、同級生は見たこともないズボンのようなスカートのようなヘンテコなものを訝しげに見、機能性はさておいて、早速いじめの材料にするという、愚かな行動に出た。

いじめられてはいたものの、キュロットスカートは非常に便利で、私は特に気に入っていた。

中学校時代には、夏の工作として、前中央にハトメ穴を並べて開け、そこに通した紐が特徴のジャンパースカートを提出し、姉の出品作とともに賞をもらったことを覚えている。
もちろん、ずば抜けて器用な姉が金賞、私が銀賞であったのは言うまでも無いが、姉が何を作って出したのか、全く覚えていない。

中学校時代、夏の制服(セーラー服)も作った。
何故作ったかといえば、体育の授業の前後に、着脱のし難い被り式のセーラー服にほとほと嫌気がさしていたからだ。じっとしていても汗が吹き出す日本の夏に、体に張り付く伸縮性ゼロの被り服など、想像しただけで悍ましい。製造業者は着る側の利便性をこれっぽっちも考えていなかったのは明白だ。

私が作ったのは、前がコンシールジッパーで全開できるもの。ジッパーの存在は縫い目にしか見えないため、傍目からは皆と同じ制服にしか見えず、先生からのお咎めなど一切無し。
それからは着脱の度に余計に汗だくになってイライラすることもなくなり、非常に快適に過ごせるようになったことは、今でもよく覚えている。

高校時代の制服は前あきのシャツブラウスに、秋はベスト、冬はブレザーを羽織る学校だったため、脱ぎ着のストレスは無くなったものの、スカートは、ヒダが取れてしまうのを防ぐため、『寝押し』をするかアイロンをかけるかのどちらかをしなければならなかった。
面倒なので、ヒダの内側部分に隠しステッチをして、ヒダが取れないようにしたスカートを作ったら、クラスメイトから同じようにして欲しいと頼まれ、やってあげたことがあった。

また、高校では、家庭科の先生から、家庭科室のウインドウ ディスプレイとして飾る服を縫ってくれないかと頼まれ、夏休みにささっと仕上げて持って行くと、先生は報酬だと言って 3,000円の図書券をくれたことがあった。布地とデザインは先生が決めたもので、確か、襟付きカフス付きのシャツブラウスだった。布地は全く伸縮性の無い木綿で、デザインは何十年も前の家庭科の教科書に載っていたような、袖ぐりのカーブがかなり大きなものだったため、袖ぐりのいせこみに難儀をしたのが鮮明に記憶に残っているが、その図書券で何の本を買ったのかは、まるで覚えていない。ちなみに、そのディスプレイには製作者の名前は書かれておらず、誰が作ったものかおそらく誰も知らなかったに違いない。


時が流れ、結婚してからは、連れ合いの服を直したり、自分の服を作ったりしていたが、アルバイトで高級百貨店専属の超高級洋裁店に一時縫い子として雇われたこともあった。

そこのチーフは元大手洋裁学校の経営者兼校長を何年も務めた人で、採用のための面接に行った折、洋裁学校も出ておらず、自分で縫ったものも持参していなかった私に、「手を見せて」と言い、私の手を見ただけで即採用を決めてくれたのだった。
チーフ曰く、『洋裁学校を出たからといって、全ての卒業生が綺麗な仕事をするわけではないし、この布地だけで一着何万円もするオーダーメイド服の制作を任せられるわけではない。手を見れば、その人が器用かどうかわかるのよ。』と穏やかながらも凜とした、そして優しい笑顔で、私に話してくれたのは、とても印象的だった。
実を言うと、私は洋裁学校も出ていないし、自己流で縫い物をしてきただけなので、本当に私に務まるのだろうかと、かなり不安だったのだが、チーフはそんな私の背中を押し、「大丈夫、あなたならできる」と、まずは簡単な 8 枚はぎのスカートを縫うように言われた。
採寸、パターン起こし、仮縫いまで終わっていたそのスカートには、修正箇所が明記されており、その修正通りに裁断し直し縫えばいいだけだったが、縫い上がったものを確認してもらうと、綺麗に出来ていると褒められ、驚くほど多くの報酬をもらった記憶がある。

残念ながら、それから間も無くして妊娠直後に切迫流産と診断され、数ヶ月寝たきり状態... しかも妊娠後期には切迫早産となってしまい、洋裁店を辞めざるを得なくなってしまった。

その後は、専業主婦をしながら、子供たちが小さい頃は子供たちの服を作ったり、布おもちゃを作ったりし、またエプロンを作って売ったりもしていた。

自宅から車で 10分ほど離れた場所にあった、言わば ”隣町” にあった小さな布地屋に行くと、店主は私のことを噂で聞いたとかで知っていて、人と連まない私は、一体誰がどのように私のことを話していたのだろうと、「この界隈で最も器用な人だと言われている」と褒められながらも、複雑な気持ちになった。

本人が居ない所で話されることには、ほとんどの場合尾鰭が付き、正しく無い情報が混じっている場合の方が多いと思っている私には、噂話に上ることは決して嬉しいことではなく、「もっともっと器用な人は数え切れないほどいると思うよ。実際、私の姉は比較にならないほど器用だしね。」と、笑って済ませたことを覚えている。


... と、そんな私であるが、先日久しぶりに超簡単なブラウスを、テキトウと表現するのがピッタリな工程を経て作り、出来上がったものを着て鏡を見て驚いた。



全然似合わない...

同居人 T に「せっかく作ったのに、超似合わない」と笑って見せると、T は、「自分で作ったのに、似合わないものを作る人なんているか?」と大笑いしていた。

遥か昔に買った布は、昔は似合ったかもしれないが、グレイヘアにはまるで似合わない色となっていることに、着てみてようやく気付いたというわけだ。

まぁ、家着としてなら何でもいいいや...



ある有名家具職人のお母さんは洋裁の仕事をしていたと聞いたことがある。
私は洋裁、木工のどちらも嗜むが、洋裁で印付けをする際にチャコやら水で消えるマーカーを使っているところからして、『誤差』というものに対してさほど神経質になっているとは言えず、1mm、2mm の違いは許容範囲なのだとよくわかる。
方や、木工においては、0.5mm の誤差は非常に大きく、指の腹で触ってはっきりと確認できる違いなのである。しかし、どんなに正確に作ったつもりでも、木というのは気温やら湿度の変化によって伸び縮みするのを免れられなく、経年変化と言おうか、経年劣化と言おうか、作った時点の状態をほぼ維持できないときているのだ。

神経を擦り減らして作業をしても、自分が満足する状態をどう足掻こうが保てないというのは、私にはやはりストレスである。

そういう面では、着て ”動いていればわからない” 作りとなる洋裁は気が楽である。
まぁ、達成感は木工の比ではないが...





12.1.24

食品のアウトレットショップと業者用卸問屋?

 家族 3 人で買い物に行ったのは何年ぶりだろうか?

H の家の近くに食品が安いという店があるというので、数日前、まだ仕事が始まっていない H に誘われて買い物に行った。

最初に行ったのは Why Knot Outlet Shop。
確かに安い物が多かったが、賞味期限を何ヶ月も過ぎた冷凍食品が平然と売られていたりして、流石にそれらは買う気にはならなかった。

冷蔵されていた 1kg チーズは半月ほど賞味期限が切れていたが、価格は約半額。試しに買って来て、早々にフードプロセッサーを使って削り、冷凍してもくっつきにくいようコーンスターチを少々混ぜてから、小分けにして冷凍した。



てんぷら粉は日本の物とは少々違いそうだが、賞味期限内で $3.99 と安かったので買ってみた。




賞味期限から 3 ヶ月ほど過ぎたカルビーのお菓子は、50セント(約 ¥45)だったので、H も私も買って帰り、「日本で同じようなのを食べたことある!」という H に、「カール?」「うまい棒?」と返事をした私...
仕事から帰った T に食べてもらい、感想を聞くと、「うまい棒かカール」と、全く同じ感想だった。
湿気てもおらず、古い油の味もせず、美味しく食べることができた。
こちらにある日本のスーパーマーケットでお高い日本のお菓子を買う気にならない私たちには、こんなもので十分に思える。



他に幾つか買い、冷蔵庫に入っていた 4 本まで FREE (賞味期限 2 日経過)のミルクを 2 本だけもらって、次の業者用卸問屋 Gilmours に向かった。


兼ねてから行きたいと思っていた Gilmours にも Why Knot と同様ほとんど客はおらず、客でごった返す店内を想像していた私たちにとっては、非常にラッキーだった。

本来飲食関係の業者とか、学校/企業などのイベントの際に大量購入する必要のある人たちがメンバー登録してようやく買うことのできる店ということになっているのだが、H が一般客も普通に買えるようになっているというので、行ってみたというわけだ。

期待を込めて行った割には、価格はさほど安くはなく、品数もそれほど多くはなかった。
肉、魚類はいつも買っているオンラインの肉屋/魚屋よりも安く、それらはこれからも買いに行くかもしれないとは思ったが、コスコほど目新しい商品は無く、買い物をしていて楽しいという感じは全く無かった。

*ちなみに、店頭表示価格は、この国にしては珍しく『税別』であることを、レシートを見て知った。となると、本当に安かった商品はどれくらいあったのだろう...?





27.12.23

クリスマス リリー 2023

 

24 日まで蕾のままだった今年のクリスマス リリー。
25 日の朝、コーヒーを淹れながらふとベランダを見ると、いくつかの蕾が開花していて、おー、今年も間に合ったかと、自然界の凄さに今更ながら驚いた。
2016 年だったかに、どこぞの不動産屋がポストに入れて行ったと思われる球根は、それからずっと、(鉢も変える事なく)1 年に 1 回だけ咲いてくれている。その生命力の強さには目を見張るものがある。


その世間ではクリスマスとされている日、H から携帯電話に写真が送られてきた。


L はグースを傍らに置いて、朝誰かが起きて来るのを待っていたのだろう。
H が起きたら、すぐさまグースをくわえて「投げて!」と足元に持って来たそうで、それからほぼ一日中、ずっとその繰り返し... さすがに「ウザイ😅」と苦笑いしていた。

次の日は朝起きてトイレから出ると、ドアの外にはグースをくわえた L が居たと笑っていた。


L は本当に活発な犬で、誰かのそばにくっついてじっとしているのが好きな J とは正反対。
走り回って遊んでいるのが何より好きなのだ。

トイを作った身としては、そんなに喜んで使ってくれて嬉しいのだが、一日中フェッチの相手をさせられる側はさぞかし疲れることだろう。

次は、相手をしてくれる人が居なくても遊べるトイを作らなくては...





24.12.23

日本の苺&犬同士の引っ張り合いにも破れなかった縫いぐるみ

 ある日本の企業が、季節が日本と反対の NZ で(日本への輸出を主な目的として)栽培を始めた ” 日本の苺” ... 



中国系スーパーマーケットで売られるようになった当初は、信じられないほど高額な 1kg NZ$ 39.99 だったが、先日行った折には 1kg $28.00 になっていたので、(贅沢をして)期待を膨らまして買ってきた。



買ってきたばかりの苺を食べてみると、香りは正に日本の苺だったが、期待に反して酸っぱく、味は NZ の苺とさして変わらず...  何日か冷蔵庫で保存したらまだ少しはマシになったが、先日 H にも食べさせてあげようとお裾分けをしたら、反応は... 「ガリガリ」

日本のクオリティとは程遠く、私たちの期待を大きく裏切った NZ で育った日本の苺... おそらくこの先、NZ の苺と同程度の価格にならない限りは買うことはないだろう。



H たちの家に行く際、苺と一緒に犬たちへのお土産も持って行った。

グースの縫いぐるみは、与えると直ぐに二匹で引っ張り合いをしていたが、どこもちぎれたり破れたりせず、頑丈に作られていると皆が驚いたほどだった。



活発な L は、グースの縫いぐるみを投げてもらってキャッチするのがよほど楽しかったと見え、何度も何度も T や私の足元に落としたり、手に渡したりしてくれ、逃げる T に向かって「投げて〜」と、息を切らしながらもグースを口に加えたまま追いかけまわしていたりもした。


L とは正反対な J はグースで遊ぶよりもトリート探しの方が嬉しかったらしく、根気よく探していた。



一度覚えてしまえば二度目からはスムーズに探し当てることができ、こちらも破れることなく、よだれでぐっしょり濡れた鯛焼きの餡やら、枝豆の豆に、何度もトリートを入れてもらって遊ぶことができていた。

作った甲斐があったなと、嬉しくなった。


さて、家に帰ろうと外に出ると、L が T にくっついて一緒に外に出て来てしまい、H たちが呼んでも知らないふりをし、T の隣で歩いて行ってしまった。
仕方なく、T が H の家の方に一旦戻り、L を捕まえてもらっておいて、ようやく帰ることができた次第だ。



H から、お正月のお餅が欲しいとリクエストがあったので、また近々行くことになりそうだ。
今度はワンコたちに何を持っていこう...









22.12.23

ようやく夏

12月半ば過ぎまで、夏とは思えないほどの寒さだったオークランドだが、ようやく日向に居ると焦げるような日差しになってきた。

街路樹の『NZ のクリスマスツリー』と呼ばれているポフツカワは、至る所で真っ赤な花をつけ、クリスマスが近いことが一目でわかるようになっている。

我が家のベランダからも、いくつかのポフツカワの木が見えるが、真っ赤な花が風に飛ばされ、車に着いたりすると、なかなか取れなくて難儀をする。




ここ数日、夜扇風機をつけるほど暑い日が続いているが、予想最高気温はこのところ 25℃程度にとどまっていて、日本のうだるような夏から比べたら 10℃以上も低い。


30℃にも達していないのに、暑さで更にやる気が失せている。

何故だか木工をする気になれないので、H の愛犬たちのために、どこかの通販サイトで見た可愛いグース(?)の縫いぐるみを適当に製図して作ってみた。

使った布は古いズボンと、家にあった端切れのみ。


最初に作ったのは少々細過ぎたので、二つ目は製図をし直し、まぁまぁこんなものか... という程度に改良。使ったのは、やはり古いズボン。


痩せ細った貧弱な鳥が、何だか笑えて、可愛く見えたりもする。



次に鯛焼き型のトリート探しを作った。(どなたかがネットで型紙を提供してくれていたのを使用)
使ったのは、デリバリーを頼んだ際に料理が入れられて来た不織布のバッグ(他に使えそうな色が無かったため)。
不織布の間に厚手の起毛生地を芯として入れ、鯛焼きのステッチを施してあるが、多分、布は強くはないので、破れるのは時間の問題だろう。




そして、枝豆のトリート探し。
豆が既に食べ頃を逸したような色をしているが、犬は見分けられない色が多いという記事を読んで、だったらこれでいいか... と、有り合わせの布で作ってみた。




洋裁は木工のように精密である必要は無いと思っている私は、型紙を布に写す段階から超適当。
今回は更に犬のトイということもあり、縫うのもさして気にせず、只々市販品よりも少しだけ丈夫に作ろうと思っていただけだ。

製作にお金をかけていないので、気兼ねなく噛みちぎれるトイ。
喜んで遊んでくれるといいな...







8.12.23

原因不明の発疹(蕁麻疹)に見舞われる

普段の食事と何ら変わらない食事をとり、日常生活も変わらず... だが、突然の蕁麻疹の出現に昼夜悩まされるという人は、調べてみると少なからずいるようで、専門医に行っても原因が特定できない場合の方が多いようだ。

日本の専門医(=皮膚科)でさえ原因の特定が難しいのに、(何科が専門かも定かではない)こちらの GP(家庭医)で診てもらう意味があるのか?... 抗ヒスタミン剤は処方してもらえるだろうが、原因が特定できなければ、今後防ぎようが無いではないか...  そんなことを考えながら、痒みを少しでも抑えようと、Kawakawa 軟膏を塗り続けること 5 日間...


このカワカワ ヒーリング バームは安価であるのに、痒みによく効き、虫刺されはほとんどの場合 1 回で痒みが治る。難点を言えば、独特な強い臭いだ。(私と T はもう慣れてしまったが)

だが、軟膏で一時は痒みが治っても、発疹はどんどん違う場所に広がって行き、両腕の次は両脚、更に背中及びお腹にまで拡大し、両手足の指の強烈な痒みに加え、唇、瞼の腫れ、挙句には耳の中まで痒くなる始末だった。

5 日経っても治る気配が全く無かったため、蕁麻疹の治療方法をネットで検索すると、抗ヒスタミン剤は医師の処方箋無しで、一般の薬局で手に入ることがわかった。
原因はわからないが、とりあえず痒みを伴う蕁麻疹が治れば... と、この悲惨な状態を見兼ねた同居人 T が薬局に走り、例によって数種類の抗ヒスタミン剤を買ってきてくれた。


買ってきてくれた内の最も高価な物(写真一番上)から試してみると、服用 1 時間後には痒みが消え、同時に発疹もほとんど消えて無くなっていた。すごい効き目である。

1 日 1 錠の服用だったが、丸一日を超えても症状がぶり返すことなく、一度で直ってしまったのか?と追加で飲むのをやめていたら、その 8 時間後にまた発疹が出始めた。やはり原因となるものが根絶させられたわけではなかったのだろうと、2 錠目を飲み様子を見ていたが、やはり 1 日半も経つと再度発疹がで始めた。

せっかく 3 種類も買ってきてくれたのだからと、今度は最安値だったもの(上記写真 真ん中)を試した。これまで見たこともないような極小のタブレットだ。

(長さ 9 mm 幅 4 mm)

Telfast が普通サイズで、これはその 1/4 ほどの大きさしかなく、fexofenadine hydrochloride (フェキソフェナジン塩酸塩。アレルギー性疾患治療剤)は Telfast が180mg なのに対し、Razene は 10mg と18 分の一の量しか入っていない。
ちなみに、まだ飲んでいないが、 Levrix には Levocetirizine Dihydrochrochloride (レボセチリジン二塩酸塩。同じようにアレルギー性疾患治療剤)が 5mg 含有と書かれていた。



この極小の錠剤 1 錠服用後は、痒みは出なかったものの、軽い発疹が数カ所に現れては消えを数回繰り返していたが、その後 24 時間を優に越えても症状は元には戻らず、服用をやめてから丸 2 日経っても蕁麻疹は出てきていない。

ようやく治ったのか... ?

何はともあれ、また平穏な日常が戻ってきたことを、実に嬉しく思った次第である。







日本に荷物を送る準備

YouTube で犬のコートの製図を教えてくれているのを見つけ、早速製図し、まずは試作品を作り、その後超個性的な生地を使って本番に臨んだ。 製図はいたって簡単だったが、最初に使用した布は手持ちのやや厚手のフリースだったため(緑色の布は、以前作ったもののほとんど着用しなかった自分用...