28.4.24

入院 1 ヶ月を超えた母

入院時の見立てでは約 1 ヶ月の入院とのことだったが、やはり高齢なせいか、筋肉の衰えは否めなく、リハビリの成果も若い人ほど顕著では無いようだ。

それでも、ベッドから車椅子には自力で乗り移れるようにはなったようで、これだったら、退院しても車の乗り降りはできそうだというので、少しは安心したのが数日前...

一昨日来た連絡によると、退院はゴールデンウィーク明けになりそうだとのこと。
外出時は車椅子を使わざるを得ないだろうが、家の中では歩行器で動き回れるだろうとのことで、90 歳を超えても一生懸命頑張っている母の姿を想像したら、何だか可哀想で泣けてきた。


実家は、父が亡くなった後すぐに耐震構造の家に建て替えたのだが、バリアフリーにはなっておらず、車椅子用のスロープも無く、玄関の上がり框の段差も、車椅子には適さないため、裏庭に面したベランダに昇降機を取り付けて、そこから車椅子ごと家に入れるように考えているとのことだったが、長く地元の建設会社の IT 部門で勤務した姉のことだから、工事の依頼に関しては何の問題も無く、即座に対応してもらえるに違いない。
色々と新たにやらなければならない事が出てきてはいるが、姉だったら抜かりなく、また手際良く事を進められると確信できる。

母が入院中にも脳トレができるようにと、入院直後に『間違い探し』の本を買いに行き(寝ていてはタブレットでパズルゲームを操作し辛いだろうとの思いから)、毎日少しずつでも頭の体操をするようにしてくれてある。



入院直後からしばらくの間は何もやる気が起きない状態だったらしい母も、姉が毎日面会に行き、刺激を与えてくれているおかげで、きついだろうリハビリも頑張り、歩行器で歩けるまでになったのだ。

姉が本当によく面倒を見てくれていることに、ただただ感謝するばかりである。





19.4.24

19 年物冷蔵庫ついに死亡

数日前、ここに引っ越した際に購入した三菱製の冷蔵庫付近から変な音がしていた。どこから音がしているのかと気にはしていたが、一昨日、氷を出そうとして溶け始めているのを発見...

19 年ももったのだから寿命だろうと考え、急遽、手頃且つ容量の大きな冷蔵+冷凍庫をネットで探し始め、目星をつけると、次に、市内でその機種を取り扱っている店を探した。
ほとんどの家電専門店では、Price Much Guarantee (他店で全く同じ商品が安く売られていることを提示すれば、それと同等もしくはそれよりも安く販売してくれるというサービス)をうたっているため、まず先にネットで価格を調べておけば、ほとんどどこの店でも今現在の最低価格で購入できることになる。あとは配送料金と配達日でどこの店で買うかを決定すればいいだけだ。

実際に商品を置いてあるらしい店は極々限られていて、回ったのはたった二件だけ。
その内の一件 Noel Leeming は、希望する機種はあったものの(Webサイト上には、その店には在庫無しと書かれていたが)、配達日は 2 〜 3 週間後というので、それではお話にならないと、上位機種ではあるが $500 以上も高いものを買わざるを得なくなり、対応のすこぶる良かった Harvey Norman で、特売価格よりも更に $70 ほど値引きしてもらった上で、翌日配送してもらうことになった。配達、設置と、これまで使っていた冷蔵庫の撤去代等を含めると $2,000.00 近い出費となってしまったが、翌日配達は願ってもないサービスで、何より他に選択肢は無く、泣く泣く注文確定となったわけだが、正直ため息しか出なかった。

さすがに翌日配送は予想していなかったため、急いで家に戻り、慌てて設置場所の掃除...

あんなに狭い空間にこんなにも物が入っていたのかと驚きながら、使っていない部屋に取り敢えず一時収納したが、新しい冷蔵庫を入れた途端にまたこのゴチャゴチャを元の位置に戻すのかと思うと気が重く、また、これまで冷蔵庫の上に棚を設置し、フライパンなどを収納していたのが、今回は冷蔵庫の高さが高過ぎて、踏み台を使わなくては手が届かない事がわかり、対策を考えざるを得なくなった。( T は踏み台昇降運動だと思ってやればいいと笑っていたが、やはり面倒臭い)

高い棚の中の物を簡単に取り出すためにはプル ダウン式にするのがいいだろうと、兼ねてから思っていたが、売られている出来合いのものは値段が張りすぎる。
自作するのはそう大変そうでもないが、他にもっと楽な方法はないものだろうかと、狭いキッチン&ダイニングを眺めながら考えている真っ最中である。



ちなみに、これまで日本製以外の冷蔵庫は買った事がなかったので、今回買った LG がどれだけの期間使えるのか少々心配ではあるが、この LG の420ℓは、棚板の一枚が半分スライドして、奥行きが半分になるようになっていて、これがすこぶる使い勝手が良く、コスコで買う Real Mayo やら、背が高く尚且つドアポケットに入らないほど太い瓶類、古いタッパーウェアのレタスキーパー等々が余裕で立てて入り、しかもその奥に置いた物も見易く取り出し易いというのが、何より嬉しい点だ。


耐久年数に若干の不安はあるものの、まぁ日本に居た時に使っていたシャープ製の洗濯機は買って間もなくからしょっちゅう壊れていたので、日本製だからといって安心はできないこともよく承知しており、比較的評判の良い他メーカーでも、電化製品というのは個々に当たり外れがあることは重々理解しているため、運良く性能の良い物に当たってくれているのを、ただただ願うのみである。

ついでだが、これまで使っていた三菱製の冷蔵庫よりも数年前に買ったデロンギのオーブントースターはいまだ健在で、流行りのエアー フライヤーに買い替えられないでいる。
また、ここに引っ越す際、冷蔵庫と同時期に買い揃えた電子レンジも、洗濯機も、衣類乾燥機も、まだ何とか使えているが、恐らく、いつ壊れてもおかしくはない状態だろう。

H たちの犬が怪我をし、手術をした際の費用が $3,000 を超えていたことを考えると、まぁ何年も使えるだろう物だしな...と、思わぬ出費で受けたショックを、無理やり笑い飛ばしている今日この頃である。





13.4.24

若干焼き過ぎのショートブレッド

買い置きのお菓子が無くなっても、卵やら野菜類が無くならない限り買い物には行かない私...

口寂しい時には、家にある材料でお菓子を作ってよしとする。

数日前にはマドレーヌを焼き、そして今日はショートブレッドを焼いたが、どちらも楽にでき、面倒だと思う前にオーブンに入れることができるという点では、バスク チーズケーキと大差はない。



ショートブレッドを焼いたのは何年ぶりだろうか?
ボソボソの生地を型に押し込みながら、この生地ってこんなボソボソだった?と、遥か昔の記憶を辿ってみても何も覚えていなかった。

焼き上がると型に入れたまま冷まし、冷めたところでショートブレッドを慎重に切ってみたものの、やはり綺麗には切れず...

切りながら、ポロッと崩れた小さなピースを食べてみると、サクサクとしていて、非常に美味しかったので、形はどうあれ、とりあえず満足した。


焼き上がったショートブレッドを切り分けるのは少々面倒なので、次回は切らなくてもいい方法を考えよう。


さて、甘い物が続いたので、次はコーヒーゼリーを作ることにしようか...
コーヒーゼリーは、朝コーヒーを淹れる際に、用意したカップ分だけ多めに作ればいいだけで、水でふやかした粉ゼラチンを混ぜてカップに分け入れ、粗熱が取れたら冷蔵庫に入れて数時間待てば出来上がるという超簡単さ。(コーヒー液には砂糖など入れない方がすっきりしていて美味しい)
作り置きの自家製シロップ(砂糖+水を適度に煮詰めたもの)と冷凍してある生クリームのキューブを事前に解凍しておけば事足りるのに、何故日本では自分で作らず、スーパーマーケット等で買っていたのだろうか? 多分、物が有り余るほどある日本では、別に時間をかけて自分で作ったりしなくても、比較的安価で何でも手に入るからなのだろうが、こんな簡単なデザートまでも買っていたんだなと思うと、今更ながら、自宅で作らなかった自分に呆れるばかりである。



 

7.4.24

NZ は本日 Daylight Saving(夏時間)終了

 本日午前 3:00 に時計の針を1時間巻き戻し、午前 2:00 となったNZ。

携帯電話も、パソコンも、はたまたデジタル式時計までも自動的に時間が変わっており、壁掛け時計が無かったら時間が変わっていることに気付かないかもしれない。

我が家にはキッチン&ダイニングとバスルームにそれぞれ 1 個ずつ壁掛け時計があるだけで、毎回時計の針を動かすのは、背伸びをしなくても時計に手が届く同居人 T の役目だ。私はもうう何年も前から背伸びをしても届かなくなっている。(明らかに背が縮んだということだ)

これから約半年間に及ぶ秋から冬にかけての時期は、例年雨ばかりの季節となっているが、今年はどうなることやら...

冬の時期は暖房等で光熱費が嵩むため、政府は年金受給者や生活困窮と認められた者に補助金を支給してくれることになっている。もちろんそれで光熱費を全て賄えるわけではないが、無いよりはよほど良いと感謝するしかない。


サマータイムの無い日本からこちらに来た当初は、このデイライト セイビングの始まりと終わりには少なからず困惑したものだが、21 年も経つと何の違和感もなくなるものだ。

今日から日本との時差は 3 時間。(これまでは差は 4 時間)
電話することは滅多にないが、LINEでやり取りするのにも、この 1 時間の差は結構大きい。





3.4.24

NZ 老齢年金額支給 増額

 今年も年金支給額が増額となった。


支給額は独身で一人暮らし、独身で 18 歳以上の同居人がいる、受給資格有りのパートナーと同居している、受給資格無しのパートナーと同居している等の分類はあるものの、年齢には関係なく、65 歳以上であれば、それぞれの分類において一律に支払われることになる。

私の場合、これまでは日本円にして月 15 万円強だった支給額が、この 4 月から 17 万円強となった。もちろん、日本年金機構から支給される額を、変更がある都度申告しているので、その額が NZ ドルに変換されて差し引かれることになるわけだが、(為替レートの関係で若干差は出てくるものの)日本の年金と NZ の年金を合算して、概ね NZ の固定支給額である月 17 万円強は支給されるということで、日本に住み続けていたら『到底生活できないレベルの年金』しか受け取ることができなかったことを考えると、非常に有り難いことだと感謝せざるを得ない。

昨年末の選挙で政権が変わったことが影響しているのかどうかはわからないが、年金受給資格に合致しているかどうかを判断する基準は、今年 7 月 1 日から改定されるとのこと。
既に年金受給資格がある者には適用されないので、私には関係のないことだが、今後、年々規約は厳しいものになっていくことは十分予想される。


永住権申請などに関してもそうだが、ほぼ全ての申請に関して、審査が厳しいものとなって来ているのは間違いない。
私の知る中東系の知人などがここ NZ に来た遥か昔には、最初に降り立ったイミグレで「永住権要る?」と聞かれ、何の制約もなく永住権を発行してもらえたらしく、私が申請した時に課されていた英語の試験 IELTS やら、膨大な申請資料やらを目にして、「自分が今申請したら絶対に永住権は取れなかったな」と笑っていたのを、今でもよく覚えている。
今現在は更に永住権が取り辛くなっているに違いない。


将来日本を離れどこか他の国で生活しようと考えている人は、何処の国においても、おそらくこの先、永住権取得は年を追うごとに難関となって行くと考えていた方がいいだろう。


だがしかし、この世は全て自分の予見した通りに物事が動くわけではなく、運命を決めるのは自分自身ではないことを、覚悟しておいた方がいい。
私はそれを痛いほどよく知っている。






2.4.24

手術翌日からリハビリに入った 90 歳超えの老婆

母の手術は 2時間ほどで順調に終わり、翌日から早速リハビリが始まると姉から知らせが来て、私と子供たちは「大丈夫か?」と驚きを隠せなかった。

母は入院前の認知症の検査でも全問正解だったということで、医師や看護師に驚かれたようだが、頭が冴えているだけではなく、手術後直ぐにリハビリもできると判断されたほど元気なようだ。

姉が、母から電話がかかってきて「タブレットを持ってきて」と頼まれたと笑っていた。母はタブレットでジグソーパズルをするのが日課になっていて、1 ヶ月ほどになる予定の退屈な入院生活を、パズルをして過ごそうと咄嗟に思ったらしい。
「やる気満々だな」と笑う姉につられて私たちも大笑いしてしまった。

数年前に新築したばかりの市民病院では Wi-Fi が使えるようになっているらしく、カフェやコンビニも入っているとのことで、明るく広々としたピッカピカの院内での生活は、以前よりはずっとマシになっているに違いない。


90 歳を超えて大腿骨を骨折してしまったのに、笑い話になってしまう母の元気さは、凄いとしか言いようがない。

骨折はしたものの、予想を遥かに上回る元気さで心底安心した。

ちなみに、日本に居る長男の所に電話した母が、私にはまだ入院していることを知らせていないと言っていたらしく、もう既に姉から聞いて知っているよと言うのも気が引けて、「そうなんだ」とだけ言っておいたと連絡をくれた。

遠くにいる私に心配をかけないようにしようと思ってのことなのだろうが、どんなことでも黙っていられるよりは知らせてくれた方がいいし、しっかり者の姉がいつでも側についてくれていて、常に適切な判断をしてくれるという確信があるため、過度の心配をしないで済んでいるのは何より嬉しい。

航空券がコロナ前のような金額だったら、しばらく帰っていないことだし、母の顔を見に一時帰国しようと考えただろうが、約倍(あるいはそれ以上)の値段になってしまっている今は、命に関わる状態ではないようだから、急いで帰る必要はないか...と、やはり思いとどまってしまう。

世間では既にパンデミックが明けたように振舞われるようになったが、未だ不便な世の中に変わりはない。
感染者は減りはしても、ゼロにはなっていないことを考えると、飛行機の移動はやはりリスクが大きいと言わざるを得ないだろう。


病院での面会も、人数が 2 名と制限されている上に、面会時間も 15 分のみとなっているとのこと。
全ての制約が取り払われる日が来るのはまだまだ先のようだ。





27.3.24

母 大腿骨骨折との一報が入る

先週、"雲の上のお師匠さん" が 仕事帰りに襲われ、乗っていた自転車から突き落とされたという記事を目にした。
肋骨を 3 本折るという大怪我をし、病院に運ばれたとのこと。

記事を見た途端、血の気が引いた。

彼を慕う人々は、彼の早期回復を心から祈っているとコメントを残していた。
彼は多くの人々の温かい励ましの言葉にさぞかし癒されていることだろう。
私はコメントこそ残しはしないが、心の中で、さぞかし痛い思いをしたことだろう。でも亡くならなくてよかったと、最悪の事態に至らなかったことを、神に感謝した。


そして昨夜、既にベッドに入っていた私の元に、姉から LINE を通じ連絡が入った。
90 歳を超えた母が転んで、大腿骨を骨折してしまったとのこと。入院し、翌日手術を受けることになったというので、日本に直ぐに帰ったほうがいいかどうか悩んだ。

姉が、重病では無いので経過を見てからでいいと思うというので、術後の様子をまた知らせてくれるようにと頼み、実に頼りになる姉で本当に助かったなと、改めて、姉が母の面倒を見てくれている有り難さを身に染みて感じた。

入院は 1 ヶ月ほどを予定しているとのこと。手術が成功したとしても、歩けるようになるまでには相当な時間がかかるに違いない。
退院しても、バリアフリーではない家での生活ができるのだろうか?

歳をとると、いつ何時身の不自由を経験することになるかわからない。

母の手術もまた、無事に行われ、順調に回復してくれることを祈るのみである。







23.3.24

(多分最後の)運転免許更新

 昨日、おそらく私の人生において最後の運転免許更新となるだろう手続きを、無事済ませることができた。

ここ数年は、既に滅多に車を運転することがなくなっていて、もう免許証も要らないかなと思い始めていたのだが、それでも万が一の時のために持っていたほうがいいかも知れないと、更新に行って来たというわけだ。そこまで行くのにも、自分で運転して行ったわけではなく、同居人 T が運転して連れて行ってくれるという、いつものパターンに変わりはなかった。

車で20分ほどの場所にある AA 営業所に入ると、多くの客が居て、皆が発している言語が英語のようなそうではないような、一種異様な、雑然とした印象を受けた。(他国籍の者がほとんどだったためだろう)

運転免許関係の手続き窓口は 2 つあるのに、一つしか開いておらず、一人しかいない窓口の職員は何十分も一人の客に対応していて一向に埒があかず、それを見るにみかねたのか、別の部署に居た人が気転を効かせて私の要件を尋ねに来てくれ、彼のデスクに案内してくれた上で手続きをしてくれた。

これまでの運転免許証を出し、更新手続き代金 $22.60(¥2,000 ちょっと*65 才以下は $ 32.40)を支払うと、視力検査。非常に古い機械にしか見えない視力検査機械を覗くと、左には上から 1,2,3,4... と縦に数字が書かれていて、その右には 3 つに区切られた枠に幾つかのアルファベットがそれぞれ並んでいた。職員に「1 番の横の文字を読んで」と言われたが、かすんでよく見えず、困ったなと思っていたら、丁寧に絵を描いて、「1 番の右隣にこういう風に 3 つに区切られたスペースがあって、その中にそれぞれアルファベットが書かれているから、それを左から続けて読んでくれればいいよ」と優しく教えてくれたものの、1 番には 3 つに区切られた内の 2 つにしか字が書いてないようにしか見えなかった私は、少々焦り、見る角度を変えたりなんぞして、ようやく全部が見えるようになりホッとした。見る角度によってまるで見え方が違ってしまう機械だということを発見して、無事に視力検査をパスしたかと思いきや、次に、光の点滅がどちらかを聞かれ、「光の点滅なんて全く見えませんが...」と機械からおでこを離した瞬間、レンズを透して光るのが見えるのではなく、機械の両内側が光るんだということを理解し、若干おでこを離した状態で点滅試験も難なくパス。


私のコンタクトレンズはもう 8 年以上も前に作ったものなので、視力検査をパスできるかどうかだけが心配だったが、何とかパスできて本当に良かったと安堵した。

視力検査の後、写真撮影。そして、古い免許証は返納するため、免許証が郵送されて来るまでの間有効な運転免許証明書を書いてもらい、無事更新手続きは終了。

帰りの車の中で、T と視力検査の話をし、 T も少し前更新に行った際、おでこをつけていたら絶対に見えない場所で光が点滅することに一瞬戸惑ったことやら、画面の解像度が恐ろしく低くて、何十年も昔の機械を使い続けているに違いないと、二人して大笑いして帰路に着いた。

視力検査で焦ったものの、今回は非常に丁寧な職員に当たって、私はラッキーだったなと思った。


NZ では 75 才及び 80 才になると運転免許更新時に医師の健康診断書を添えて提出しなくてはならなくなる。健康診断をした医師の判断によっては、30 分のオン - ロード セイフティ テストを受けなければならない場合もあるらしい。そして、免許の有効期限は 2 〜 5 年に短縮されるとのことで、80 才になった後は 2 年毎の更新が義務付けられているようだ。毎回更新の際に健康診断書を提出しなければならなく、診断書にかかる費用は自分持ち。だが、免許更新手数料は年が多くなるに従って安くなると書いてあった。

日本では多くの高齢ドライバーが事故を起こすケースが頻繁に報道されているが、歳をとって反射神経やら判断力やらの衰えを実感するようになると、高齢者の免許更新は厳しくあって然るべきだと思わざるを得ない。

70 年も 80 年も何事もなく平穏に過ごして来た人が、たった一度の運転ミスでその一生を台無しにしてしまうのだということを、もっと肝に銘じて生活するべきである。


私は元々運転するのが好きではなかったので、行き慣れた場所でさえも率先して運転して行く気にはならなくなった。
幸いにもフリーランサーの T が、出かけたい時には一緒に行ってくれるので、出かけるのに全く困っていないということも大きな理由だが、公共交通機関が無料で利用できるようになっているのだから、少々時間がかかろうが、それらを利用するのが得策である。

75 才からの更新手続きは面倒になってくることを考えると、私の場合、十中八九今回が最後の更新ということになるだろう。

こうやって、一つ一つ、人生に於いて終わりを迎える事柄が増えて行き、最期には何もできない人になって、本当の終わりを迎えることになるのだ。

人は何のために生まれて来たのだろうかと、疑問を抱かずにはいられない。






21.3.24

治安の良くない地域

 比較的安全と言われている NZ だが、それでもやはり治安の良くない地域はある。

そんな地域の一つに数えられている所に家を買った H たちだが、路上に停めた H の車は既に 2 度、窓ガラスを割られ、スターター キーの部分を乱暴にこじ開けられたりするという被害に遭っている。

前回、2003 年 10 月にはかなり荒らされ、中はグチャグチャ。



今回 2004 年 3 月には、前回ほど頑張る気力がなかったのか、途中で諦めた模様だが、修理しなくてはならないことに変わりはない。





幸いにも二度とも車は盗まれはしなかったが、何度も修理に出さなければならず、その度に出勤はパートナーの車を使わざるを得なく、かなりのストレスとなっているのが手に取るように伝わって来た。

H がハンドルロックを装着しないとダメかなと言うので、我が家のガレージに 10 年以上眠っていたハンドルロックをあげたが、H の車は家の目の前に停めてあるわけではないので、アラームが鳴ってもすぐに状態を見に行けるかどうかは疑問だ。


ちなみに、我が家の車は家の敷地内に停めてあり、高性能セキュリティ アラームも付いている。しかも、家のセキュリティ カメラにしっかりと映る位置にあるため、もし仮に盗もうと試みても、大音量でアラームが鳴り響き、犯行の一部始終は録画されることになる。


どこの国にも、不届き者は存在するし、自分たちがいくら良い行いをしていても災難が降ってかかることは免れられないのが現状だ。

精神が病んでいる人々がこの世からいなくなることはまず無いだろう。

警察が迅速かつ的確に行動してくれることを、只々願うしかない。





12.3.24

一休み

数日前、久しぶりに買い物に出かけたら、街行く人のほとんどが長袖の装いになっていた。
最近のオークランドの最高気温は 21〜24℃、最低気温は 13〜16℃程度で、陽が照っていれば暑く、いまだ夏という感じはするが、朝晩は半袖の T シャツ 1 枚では過ごせない寒さだ。日も短くなっているのがはっきりとわかるようになった。


このところずっと、新しい販売先のサイトに掲載する英文と格闘し続けていたためか、非常に頭が疲れていた。
10 点ちょっと出したので、小休止...

小休止している間に、何故だか 1 点、驚くべきスピードで閲覧回数が増えていたものがあって、目を疑った。SNS で紹介されたわけでもなさそうに見えるし、自分で宣伝もしていないのに、何故増えているのか、全く見当が付かない。

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しばらく切らしていた鶏肉諸々をオンラインで肉屋に注文し、久々に鶏の唐揚げを食べた。
いつも買うのは皮付きのもも肉なのだが、肉の処理をしている時に、取り切れていない軟骨だの、毛だのを見るといつもゾッとしてしまう。(イカの目と直面するよりは遥かにマシだが...)
ちなみに、この国のほとんどのスーパーマーケットでは、皮付きの鶏肉は取り扱いが無く、皮付きが欲しかったら肉屋で買うしかない。何故だろうか?

料理が本業である人が『ご家庭ではそこまでする必要は無い』とよく言ったりもする、好ましくない脂肪部分や筋も、私は結構念入りに取り除きなどして、生姜やニンニクのすりおろしを多めに入れた醤油、味醂、酒を混合した漬け汁を作り、30 分程度漬けた後に片栗粉をまぶして揚げるのが我が家の定番になっている。他の味付けも試してみたい気はするものの、作る段階になると面倒くさくなってしまって、ついつい、いつもの味付けでいいやとなってしまう。
おそらくこの先も、身動きが取れなくなるまで料理をし続けることになるのだろうなと考えると、料理好きに生まれついたという人が羨ましくて仕方がない。

料理が面倒だったら、スーパーマーケットのお惣菜を買ってくればいいじゃないかと思う人もいるだろうが、この国のスーパーマーケットにも一応 "お惣菜" のようなものは売られているが、パッと見美味しそうには思えず、いつもそのコーナーは素通りなのである。

しかも、数週間前には、最大手のスーパーマーケット内でネズミが何匹も見つかったという報道があり、量り売りのお惣菜の皿の上を這い回る映像を見てしまったために、更に買う気が失せた。


日本のスーパーマーケットのお惣菜コーナーは非常に充実していて、しかも、ほとんどの場合美味しく、しかも安いときている。あぁ、実に羨ましい限りだ。


さて、今夜は何にしよう...
豚バラ肉を解凍しておいたので、豚丼かな...
あとは冷奴と、何にしよう...





11.3.24

Bon Jovi - It's My Life (Official Music Video)



もう何年も前になるが、"雲の上のお師匠さん" が、過去に受けた衝撃からいつまでも立ち直れない私を案じて、私が自分の才能を活かした道を歩めるよう手を差し伸べてくれようとしていたことがあった。

私はそれに対しての返事として、一つの作品を作り、それにメッセージを書き添えた。

側から見たら、過ぎてしまったことに振り回され、取り憑かれて、前に進むことができないことがこの上なく歯痒く、人生を無駄に過ごしているようにしか思えないとしても、これが私の人生だからと、この悪夢に支配されてしまったかのような人生を肯定し、彼の援助を退けたのだ。

どんなに惨めに思えようが、これが私に与えられた運命で、他の人とは違う、『私の』人生なのだ。

私はこの精神状態で生きることしかできない。




日本に荷物を送る準備

YouTube で犬のコートの製図を教えてくれているのを見つけ、早速製図し、まずは試作品を作り、その後超個性的な生地を使って本番に臨んだ。 製図はいたって簡単だったが、最初に使用した布は手持ちのやや厚手のフリースだったため(緑色の布は、以前作ったもののほとんど着用しなかった自分用...