27.8.15

Marples chisels

国内のインターネット オークションで Buy Now $40 で落札した鑿のセットが、今朝玄関に届いていた。


刃は、前の持ち主が機械で研いだと思われ、シャープではない上に表面が平らではなく、均等に研がれてはいなかった。
また、一番幅の広いものは柄の付け根に付いていたはずの白いリングが無く、柄が簡単に外れてしまう状態だったため、取りあえずホットグルーで接着しておいた。


まずは裏側を平らなガラスの上に貼付けた#240のサンドペーパーで平らにし、その後ダイヤモンドの砥石を使い、フリーハンドで bevel(斜面)を丁寧に研ぎ直す。

下の写真の矢印の光っている部分は burr (刃返り:バリ)で、指で触って引っかかりができたら、順に目の細かい砥石に変えて行き、更に研ぎ、最後に裏側をごく軽く研いで返りをとる。



最後にBuffing compoundを塗った皮の上で 30〜40 回ほど更に磨くと、見違えるほど切れ味が良くなる。



そのような工程を経て研ぎ上がったMarples の鑿は、以前オークションで落札した工具類の中に入っていたチープな鑿とは比べものにならないほどシャープなものになり、刃の質が悪くなくて良かったとほっと一息ついた頃には、もうランチの時間になっていた。



25.8.15

ハンドツールのみで作る Rabbet miter


これからしばらくは、ガラスと木を組み合わせたランプを中心に作っていこうと思っているのだが、板を組み立てる際に一手間かけて、これまで以上に壊れ難い構造にしようと、日夜ジョイントの勉強をしつつ、デザインを考え始めた。

今日練習したのは、Rabbet miter と呼ばれているもので、外から見ると板と板が45°の角度で組まれているように見えるが、板の中央に直角に交わる部分を作り、接着面が45°に切られた板同士をくっ付けた場合よりも少し多くなっている。

 下の写真は要らない板で試しに作ってみたもの。
セカンド トライだが、まだ数カ所隙間ができてしまっている。
目分量で(感覚で)45°を鉋で削って何枚もの板を正確に合わせるのに神経を使うよりも、マイター シューティング ボード(治具)を作って、確実に正確に削る方が効率が良いに決まっているので、使い易いシューティング ボードをまず先に製作することに決めた。

木工に関しては、まだまだ修行が足りないなと実感するばかりである。




24.8.15

梅の実とノコギリ


寒梅に葉がいっぱい出てきた。
今年は例年になく沢山の実を付けているのを発見した同居人は、しばらく嬉しそうに眺めていた。
梅干しは無理でも、梅酒くらいはできるだろうか…


今日はスタジオで鉋などを並べてある棚を少し整理したり、今度作るランプのジョイント部分を頑丈且つ綺麗に仕上げる方法を考えたりしていた。


要らない板を使って、まずは失敗無くできる自信がつくまで練習するのはいつものことだが、最近ノコギリの使い方がマシになってきて、引いた線の通りにほぼ正確に、また垂直に切れるようになり、その後の鉋がけがとても楽になった。

「少しは上達したよ」と、心の中で亡き父に話し掛けながら、一人で黙々と作業し続け、気がつくともう夕食の支度を始めなければならない時間になっていた。


先週国内のオークションで、(多分 made in Englandの)ヴィンテージの Marples 木工用鑿5本セットを3,900円弱(送料込み)で落札し、今夜スタンレーの小ぶりの鉋を送料込みで2,400円弱で落札した。
刃の質がいいといいな… と、荷物が届くまで祈るような気持ちで過ごしそうだ。



23.8.15

私は番犬か…?

今日食事をしている時、同居人が言った。
「ママが死んだら犬を飼うかな」と…
犬の名前は「ママ」にするんだそうだ。

それって、私は今留守番の番犬みたいな存在ってことか?...
何か、嬉しいような複雑な気持ち…

器用な犬に育てて、色々芸をさせるとか言っていた。
ご褒美をもらうために言われたことを一生懸命にやる「ママ」か…
将来、YouTubeとかで「ママ!」と呼ばれてけなげに芸をしている犬がいたら、それは私の代わりに同居人と住むようになった犬かもしれないよ。

散歩に行って「ママ!」って犬を呼んでたら笑えるだろうな…


頼むから、テリア(系)だけはやめてくれと頼んでおいた。
かつて飼っていた犬の一匹がテリア系で、歳を取ったら何だか汚らしい風貌になっちゃったんだよね…




22.8.15

コリアンダー入り餃子は最高!

昨日久しぶりに同居人Hが休みを取ったので、一緒に歩いてランチに出かけた。
同居人の大好きなベトナム料理店は、我家から歩いて行こうという気力の限界に位置する所にあり、お互いに『運動のため』と自分に言い聞かせるようにして頑張って歩いてはいたが、食事の後ショッピングで数時間を費やし、最後に寄った中国人経営の八百屋で、買おうかどうしようかとしばし悩んだ重たいキャベツのおかげで、帰りは更にきつい運動となってしまった。

そのキャベツは、昨晩の夕食 "大量の餃子作り" に必要だったのだ。
我家では餃子は一度に50個作る習わしになっている。ただ単に、買ってくる中国の餃子の皮が1パック50枚入りだからなのだが、3人で50個は結構な量である。


私の包むスピードは同居人が二人掛かりで包むスピードとほぼ同じであるが、商売ではないので、ひだが均等に入っていなくても、中の具が出て来なければいいという程度のもの。(ようは、食べられさえすればいいのだ)

家の者総出で楽しみながら包む… 、私の実家でもそうだった。
仕込みの段階から家族全員が携わり、具に海老を沢山入れた『大当たり』を作る者やら、海老無しの『ハズレ』を作る者やら居て、いつも一緒に作業するのを楽しんでいる。

昨晩はコリアンダー(パクチー)を細かく刻んだものも入れた。コリアンダー好きな人には最高の餃子だ。

餃子とともに、八百屋で買って来たカイランを茹でて、オイスターソースベースのトロミのついたドレッシングを適当に作り、上からかけたものを添えたが、写真を撮り忘れてしまった。

*今日の写真は、昨日作った餃子ではなく、以前作ったコリアンダー無しの餃子。
昨日は一枚も写真を撮らなかった。






20.8.15

偽 squatty potty :)

squatty potty  なるものをインターネットで見つけ、「作って!:)」という若干便秘気味の同居人の要望に応えて、スタジオに転がっていた合板で、カスタムメイドの足置き場作りを始めた。
(フリーハンドで板に半分だけカーブを描き、それを透ける紙(私はオーブンペーパーを使う)に写し取る。
ペーパーを裏返し、反対側の端に合わせ、鉛筆の線をなぞり板に写す)

自宅で、しかも、おそらくたった一人が使用するだけなので、ファンシーにする必要など全く無かったのだが、何故だかカーブを入れてみたりして、ペイントも施してみたりと、暇でなかったら到底しないだろうことまでして遊びながら作っていた。

今回は板も買わず、ペイントもスタジオにあったもので済ませたので、何の出費も無かったが、もし仮に合板を買ったとしても$20はかからないだろう。既製品を買えば一番安いプラスチックの物でもUS$25+送料、高いものでUS$80もするのだ。簡単に作れるのに買うなんてバカらしいじゃないか… しかも、本当に効果があるのかどうかもわからないものなのだ。


湿気の多いバスルームで使うため、ペイントはエクステリア用のものを使用。一回目のペイントが乾いた後軽くサンディングし、表面をスベスベにしてから二度目のペインティング。乾かす時間が足りなかったので、ヘアドライヤーで乾かし、今日から使えるようにした。

せっかく作ったから、効果があるといいな…




18.8.15

歌を捧げて



今朝ふと思い出したこの曲は、私の幼なじみがかつてフォークデュオとして活躍した時代に、練習中の様子とカフェでライブをしていた時の模様とを録音してくれたカセットテープの中に入っていた。

幼なじみの相方は小田和正張りの透き通った声の持ち主で、この曲を歌い出した途端に、カチャカチャと陶器に当たって音を立てる金属の音に混じって、聴衆の一人が、オオーッと声を上げ、小田和正が歌っているようだと吃驚していたことまでも、いまだにはっきりと覚えている。

何十年もそのカセットテープの存在すら忘れていたが、脳裏に刻まれた記憶というのはそう簡単に消えるものではないなと、改めて思った。


17.8.15

The Last Gift

一般的に、歳をとると面倒臭いと感じることが多くなるものなんだろうか?

最近、面倒臭いと感じることが以前に比べ格段に多くなったように感じる。
特別好きではない料理や掃除などはもとより、楽しいことのトップに位置する木工に於いても、デザイニングに於いても、途中で面倒臭いと感じてしまい、やる気が一気に失せてしまうことが多くなった。

厄介な人間関係に嫌気がさすのは、大好きな手仕事に面倒臭さを感じるようになるよりも遥かに早いのは言うまでもない。
これまで全く縁のなかった人がある日突然自分の人生に入り込んで来る。そして予想だにしていなかった事態に巻き込まれてすったもんだしている内に、それを解決する努力をすることに疲れ果て、「あぁ、もうどうでもいいや」とつぶやく自分がいる。

どうでもいいや…  そう、自分のことなどもうどうでもいい。
自分のために何がどうなって欲しいとか、夢見る気持ちなどとうの昔に無くなっている。

私はただ息を引き取る時が来るまで静かに暮らしたいだけだ。
この、彼の人からの最後の贈り物を眺めながら。






13.8.15

和風に見えてしまうイスラム模様


色を塗らずにオイルだけで仕上げた小さなティーポット スタンドを、天気がよかったので、裏庭の木に吊るして乾かしていた。

透かし彫りの間から見える木々の色合いが、何だか日本の紅葉を思い出させ、イスラミック パターンまでもが日本的に見えてしまった。

まだまだガスストーブを使う毎日だが、それでもだいぶ日照時間が延び、朝食の準備を始める朝7時頃にはもうかなり明るくなっている。

日本の紅葉を思わせる写真を載せておきながら何だが、今日は肌寒いけれども明るく気持ちのいい、春の到来を感じる一日だった。




10.8.15

重ね塗り


Deep Oak ステイン 2コートの後サンディング、その後シェラック2コート。乾いたらまたサンディング。そして更にDeep Oak を2コート重ね塗り。
良い色になってきた。

ステインが乾いたので、その上にシェラックをまた塗って、今晩一晩乾かし、明日またシェラックを重ね塗りし、乾いたらスチールウールで磨いた後、ビーズワックスで仕上げとなる予定。

塗っている時思ったこと。
初めからオーク(ドングリができる木)を使っていれば、ステインなどで色をつける必要も無く、シェラックだけで問題無く綺麗に仕上がるのに、私はいつまでパイン(松)を使って面倒な色付けをしているのだろうか… 早く品揃えが良くて良心的な材木屋を探さなくては…

しかし、良質な木材を安く売ってくれる所なんて近くにあるのだろうか?




7.8.15

日本の鉋と西洋の鉋


形も削る方向も違うが、最も重要な違いは刃だと私は思った。
現在作られている日本の鉋のことについてはわからないので書けないが、父の時代の鉋の刃は西洋の物とは比べものにならないほど分厚く、また、研いだ後のシャープさがまるで違うことを実感した。
刃のシャープさが違えば、削った後の板の表面の輝きがまるで違うものになるのは言うまでもない。



刃は機械で作られたのではなく、鍛冶屋が一つ一つ時間をかけて丁寧に丁寧に打って作ったものだ。
昔は大量生産などできようはずもなく、このような専門の道具類であれば尚更、職人がプライドを持って見苦しくない仕事をしたのだということがよくわかる。しかも、長年培った『勘』が妥協を許さなかったのだ。
人間に備わった『感覚』というものは、鍛錬すればするほど鋭くなる。それなのに、多くの人々は勘に頼ることを否定し出し、機械に頼り、機械に全てを任せる道を選び始めた。


木工を勉強し始めてから、日本の大工道具を西洋人が「素晴らしい」と絶賛しているのをよく目にするようになったが、今現在も職人気質の気高いプライドを持った人たちが恥ずかしくない物作りをし続けているのだろうか…。

丁寧な仕事/良心的な商売をしていたら、さぞかし生活が苦しかろう。
それでもやはり、プライドを捨てることなく、良い物を作り続けて欲しいと願わずにはいられない。



昨日買って来たステインで、今日は二度目の重ね塗り。
今回使った色は Deep Oak 。温かみのある落ち着いた色合いになった。
ステインがしっかり乾いたら、シェラックを何度か重ね塗り、その後ビーズワックスで仕上げることになる。




日本に荷物を送る準備

YouTube で犬のコートの製図を教えてくれているのを見つけ、早速製図し、まずは試作品を作り、その後超個性的な生地を使って本番に臨んだ。 製図はいたって簡単だったが、最初に使用した布は手持ちのやや厚手のフリースだったため(緑色の布は、以前作ったもののほとんど着用しなかった自分用...